蘇る青
気がつくと私は、
タイムスリップしてしまっているようだった。
胸に鈍い衝撃。
血の匂いが喉を焼いた。
吐き気をこらえる。
──死の残響が、まだ身体に居座っている。
それと同時に、手のひらに
太陽の温度を感じた。
これは、明らかな生だ。
残念ながら、私は生き返った。
ラッキーなことに、ここに私は生き返った。
・CONTINUE
誰かがコインを入れたようだ。
......説明はこれで十分だろう。理屈はいらない。
激情もなければ、花の一つもない人生。
この先......多少は彩られるだろうか?
───生きていてよかったけど、よくなかった。
どうせ、また諦めて逃げてしまうんだ。
はたまた......いや、期待はしない。
すぐに全て静まり返った。
視界が揺れる。
ふと、目の端に薄い青碧色の光がちらつくが、
瞬きすると消える。......幻か?
ポケットに生徒手帳を見つけた。
......四年前のものだ、高校一年生くらいか。
偶然ではないのかもしれない。
そう思ってしまった時点で、
もう手遅れだ。
親友の顔は思い出せる。
けれど名前は、まだ霧の向こうに沈んでいる。
今は状況の確認が先決だ。
私はゆっくりと周囲を見渡した。
───やはりそうだ。
ここは私と親友の思い出が詰まった、
ブランコと鉄棒しかない小さな公園だった。
雑木林の緑が広がり、遠くに畑の土が黒く光る。
やや湿った風が草を撫でる。
この空気、光の肌触り。
懐かしい。
けれども今は、感傷に浸っている場合ではない。
あいつに会いたい。
安心したい、あいつのせいにしたい。
そして、謝りたい。
......なぜ、私を置いてったんだ?
その一心で、あぜ道へと足を向けた。
◆◇◆
そこは、四年後に舗装される前のままだった。
砂利がごろごろ転がり、靴底あたりで
ざらりと音を立てる。
蝉の声がやけに近く、子供の頃の夏を、
そのまま切り取ったように鮮やかだ。
だが───
確かにそこにあったはずの
鈴を転がすような笑い声だけが、
どこにもなかった。
シャーシャーと鳴るクマゼミの声が、
4年前と同じなのに、どこか遠かった。
ただ一つの再会を胸に、
あぜ道を駆ける。
◆◇◆
そういえば、風を切る身体が軽い。
鏡はないが、たぶん若返っている。
怠惰な未来の身体より、空気を裂くように軽い。
その感覚に、少しだけ感動した。
走り抜けるその先に、黒い日傘の影が見える。
細く、背の高い人影。
風に白い髪が流れ、淡く光る。
──思い出した。
彼はタカナシ・マコト。
小中を共にした同級生だ。
180を超える長身。
雪のように白い肌、曖昧な性の匂いを纏った瞳。
誰もが目を奪われた。
完璧な人間──そう呼ぶしかなかった。
かつて私も、その中に混ざれなかった一人だ。
凡庸の側の人間。
だからこそ、彼のことをよく覚えている。
すれ違いざま、風が吹いた。
髪が擦れて、紙を裂くような音がした。
マコトが振り向く。
「……サカエダくん。久しいね?」
声は柔らかく、けれど妙に冷たい。
朧月のような翡翠色の瞳が、
まっすぐ私を射抜く。
心臓が跳ねる。
あの目に、時間の底を覗かれたような気がした。
「──いや、ごめん。今はちょっと」
言い訳のように口をついて出た言葉。
マコトは二重瞼の目を細めて笑った。
風がその髪を揺らし、淡く光る。
笑みは優雅で、どこか祈るようでもあった。
彼は軽く会釈をして、
私の来た道の方へ歩き去っていく。
蝉の声が、戻る。
まるでスイッチが入ったように。
私は息を飲み、また走り出した。
◆◇◆
あぜ道を抜け、住宅街を駆ける。
空気の粒まで懐かしい。
心が浮くように軽い。
焦燥はいつのまにか消えていた。
四年ぶりの再会が待っている。
胸が、弾む。
走りながら考える。
最初に何を話そう。
どんな顔をして「ひさしぶり」と言えばいい?
気づけば、あの家の前に立っていた。
白い洋風の二階建て。
一般家庭二軒分はある敷地。
黒い表札にはローマ字で──
AMANE。
そうだ、アマネ・ユウキ。
親友の名だ。
思い出した瞬間、胸が熱くなる。
だが──インターホンを押せない。
指が震える。
息が浅い。
緊張が、波のように押し寄せてくる。
──タイムスリップの話をするべきか?
脳裏に浮かぶ、あの日の笑い声。
あの信頼を壊したくない。
だから、今はまだ言えない。
意を決して、ボタンを押した。
ピンポーン。
音が、異様に大きく響く。
鼓動と同じリズムで鳴っている気がした。
ガチャリ。
扉の奥から現れたのは、ユウキの母親だった。
「いらっしゃい! ヒビトくん、どうしたん?」
懐かしい関西弁に、体の緊張がほどける。
そうだ。ここは和歌山。
私も、昔は関西弁を話していた。
「今、ユウキいます?」
自分の口から出た声が、少し他人のように聞こえる。
「ちょっと待っててな……ユウキぃー!
ヒビトくん来てくれたでぇー!」
二階から返事が落ちてきた。
「はーい! 今でるねぇー!」
──ドン! ガタガタッ!
「うわぁぁああ!」
「うへぁ!!」
階段の下で、尻もちをつくユウキが見えた。
何事もなかったかのように立ち上がり、
ニカッと笑う。
その笑顔に、胸が詰まる。
「……大丈夫か?」
「全然! 昨日ぶりやね!」
昨日ぶり。
その一言が、胸に落ちる。
そうか。"彼女"にとっては昨日なんだ。
私が死んで、四年を越えたことなど、
知るはずもない。
安堵と、言いようのない孤独。
両方が同時に胸に渦巻く。
「──せやな。昨日ぶりや。」
口から出た関西弁が、自然に響いた。
ユウキは無邪気に笑い、扉を大きく開く。
「なんやボケっとして。早よ入ってや。」
その奥には、微笑むユウキ母の姿。
あの頃のままだ。
何もかもが、ひどく優しい。
けれど──
どこかで、何かがズレているような気もした。
私は、迷うように一歩を踏み出した。
ユウキの家の中へ。
◆◇◆
時間は、確かに戻っていた。
だがそこに流れている“現在”は、
私の知っているものとは違っていた。
私は、最初から何も知らなかった。
それだけ、先に言っておこう。




