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逆さまの蝶  作者: 徳次郎
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第1章―【2】


「由木っ」

 ららぽーとTOKYO Bayの二階エントランスで声を掛けられて、陽菜は振り返った。

 期末試験の最終日の放課後、陽菜は友人と共にブラブラとショッピングモールに立ち寄っていた。

 並んで歩いていたさやとあずさも立ち止まって後ろを振り返る。

「だれ?」あずさが言った。

 後ろから歩いてきたのは中学時代の同級生、杉原すぎはら北星ほくとだった。

 体格こそ昔のまま線は細いが、背は伸びて骨格がガッチリして、男らしくなっていた。

 一緒にいたらしい仲間は、気を利かせて少し離れたようだった。

「久しぶりだな」

 目尻にシワを寄せて笑うと、中学生のひとなつっこい彼がオーバーラップする。

「ああ……杉原」

 陽菜は、何故か少し戸惑いがちに笑うと「元気?」

 放課後に塗り直したマスカラが黒々と細く、笑みを演出する。

「ああ」杉原は小さく頷いた。

 陽菜は杉原の後ろにチラリと視線を動かす。

 彼の連れは、後ろでエントランスの手すりに身体を擡げて携帯電話を開く。

 さやとあずさは、ちょうど目の前にあったベンチに腰掛けた。

 彼女達の姿を杉原はチラリと見る。

「お前、変わったな。噂は聞いてたけど」

「噂って、なに?」

 陽菜は小さく首を傾げて笑う。肩から胸に落ちる茶色い巻き髪を、指で触れる。

「あちこちで、無茶してるって」

「そんな事してないよ。べつに普通だよ」

 杉原は、陽菜の指先が触れる茶色い巻き髪を見つめた。

「そうかな……」

「そうだよ」

 短いスカートが揺れる。

 陽菜の近くは、イチゴのような桃のような、甘い香気においで満たされていた。

 あの頃……ほんのりとシャンプーの香りだけだった、少女の純白なイメージはもうない。

「やっぱ、変わったよ。由木」

 杉原はエントランスを通り過ぎる他の学生たちを目で追った。

 何処の高校も期末試験時期だから、ショッピングモールは行き交う型それぞれの制服であふれていた。

 彼は、エントランスを支える大きな支柱に寄りかかる。

「あん時から、変わったんだよ」

 陽菜は無意識に俯いていた。

「どうせ、あたしの人生はオマケなんだし。別にいいじゃん」

「オマケとか言うなよ。慶太がどんな思いでお前を……」

「うるさいな。何にも知らないくせに適当な事言わないでよ」

 杉原の言葉を、陽菜は遮った。

 ベンチで話しをしていたさやとあずさが、微かに荒げる陽菜の声に反応して振り向く。

 エントランスの手すりに寄りかかっていた杉原の連れも、遠目で二人に視線を向ける。

「でもさ……あんまり、オヤジとかには手ぇ出すなよ」

 杉原は陽菜に背を向けて歩き出すと、連れの友達に小さく『行こうぜ』と目配せした。

「別にしてねえよ」

 陽菜は、去ってゆく背中に声を投げつけた「なんにも知らないくせに!」


「今の誰?」

 再び歩き出した時、あずさが陽菜に訊く。

「中学の同級生」

「ふぅん」あずさが頷く。

「ちょっとイイ男だよね」

 さやが笑って、背中にダラリと背負ったカバンのストラップを両手で掴む。

 陽菜は何も言わなかった。そして何も無かったように

「ねぇ、あたしお腹すいた。なんか食べよ」

「うん。あたしも腹へったぁ」

 さやとあずさが声を合わせて、正面に見えるロッテリアを指差した。



 帰りは電車で帰って来た。

 幕張の駅を出て、陽菜は独りゆるゆると歩き出す。

 手を繋いだ高校生カップルが、仲睦まじく歩いてゆくのを目で追った。

 もし……慶太が生きていたら、自分も何処か初々しい姿でちょっぴり浮かれた気分であんな風に手を繋いで歩いたりしたのだろうか。

 潮の香りを含んだ風が、彼女の巻き髪を揺らした。炎天に落ちた影が、ゆらゆらと揺れる。

 ふと顔を上げると小学生が二人、自転車で走って来て交差点で停まった。

 陽菜はその交差点を渡る為、歩き続けていた。陽炎で横断歩道の白線が揺らいでいる。

 車通りは少なかった。少なかったから、彼は動いたのだ。小学生の一人が、横断歩道の赤信号を無視して前へ進んだ。

 友達が何かを叫んでいる。

信号無視で進んだ少年は、何処か得意げに友達を振り返る。

 交差点の直ぐ先はカーブしていて見通しが悪い。

 陽菜の目にトラックが見えた。

 叫び続ける友人の声が何を意味しているのか少年は気付いて、視線を移した。振り返った時、トラックがクラクションを鳴らす。

 少年の身体は硬直して、その場から動く事は出来ない。

 陽菜は自分でも知らぬ間に走っていた。短いスカートが捲くれ上がる。太股の筋肉が久しぶりに張った。

 トラックの急ブレーキに、周囲の人波は一斉に振り返る。

 海風が運んでくる白い砂の浮いたアスファルトに、トラックのタイヤがズザザっと鳴った。

 オモチャをコンクリートに落っことしたような、ガシャンという音。それはあまりにショボくてあっけなくて、取り返しのつかない響き。

「おい、ヤバくねぇ」

 少し離れた場所で、高校生の二人組みが声を出した。

 炎天下の暑いアスファルトの上には陽炎が立ち上って、ひしゃげて倒れた自転車と子供と、陽菜の身体が転がっていた。





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