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逆さまの蝶  作者: 徳次郎
3/23

プロローグ・3

 翌日も朝から暑かった。

 木陰を抜ける風は涼しかったが、強い陽射しはギラギラと川の揺らぎに映りこんだ。

 生徒のほとんどは、昼食の野外炊飯の合間に川へ入って涼んだ。

 何人かの先生も、たまらずジャージを膝までまくって川に入る姿もあった。

 昼食時間が終わると、再び川に入る生徒も多かった。

「美智、カニいる」

 陽菜もジャージを膝までまくって水に入って、ジャブジャブと川の浅瀬を歩き回る。

「あっ、本当だ。ヒナ、捕まえな」

「やだよ、怖いもん」

 小枝を拾って、美智がカニをつつく。

 迷惑そうに、カニは横歩きを始めた。

 波打つ水面に映る太陽が、突然蔭ったのに気付いて、陽菜は空を見上げる。

 美智もつられて虚空を仰いだ。

 いつの間に現れたのか、大きな雲が太陽をすっぽりと覆っていた。

 まだ青空は見えるが、西側には黒い雲が広がっている。

「変な雲行きだね」

 美智が呟いた。

 陽射しが隠れても暑かった。だから、少々天候が崩れても気にする者は少なかった。

「雨がきそうだな」

 遠くで教師の声がした。

「少し早めに切り上げましょうか」

 隣り合って立つ教師が応える。

 青空の切れ間に、雷鳴が響く。

「うおっ、カミナリ」

「ヤダ、なんかすごい音じゃない? 近くない?」

 空を見上げた生徒が声をだす。

 再び雷鳴が聞こえる。

 近くは無いが、低く響き渡る不吉な音となって地上へ轟く。

 直ぐに雨粒が落ちてきた。

 雨を嫌って木陰に女子生徒が素早く入り込む。川幅は二十メートル以上あるが、ほとんどが浅瀬で、中ほどまで歩いて入っていた生徒も川岸に向って歩き出す。

 雨をそれほど気にしない連中は、特に急ぐ素振りは無かった。

 陽菜はそれほど気にならなかったが、美智は「あめ、あめ」と言って足を早めた。

「慌てると危ないよ。美智」

 陽菜が後を追う。

 その時、美智が川底に出張った石に躓いた。

「きゃっ」

 ジャバッと膝を着く「うわぁ、さいあくぅ」

「ほら、慌てるからだよ。きっと通り雨だよ」

 陽菜は美智の腕を掴んで空を見上げる。

 一瞬止んだかに思えるほど、小雨はさらに弱くなった。

 陽射しが射した。

 川岸に向う連中も、急ぐのを止めた。

 川岸から木陰に入ろうとしていた生徒も、なぁんだ。と向き直ったり。

 その直後、大粒の雨がザーッと落ちてきた。あまりの凄さに、一瞬で景色が煙る。

「きゃー」「うわっ、最悪っ」

 方々から叫び声が聞こえるが、そのどれもに行楽独特というべき高揚感が混じっていた。

 川岸にいた教師は、霞んで見えなくなった生徒に

「川から早く上がれ!」

「早く川から上がりなさい。焦んないで」

 集中豪雨は時に、人の想像を遥かに超える場合が在る。しかし、それに遭遇するのはごく稀な為、誰もがそれを予想できない。

「もうずぶ濡れだから、関係ねぇな」

 激しい雨音の中に声がする。

 慶太と杉原がブラブラと歩いて雑木林に向っていた。

「由木と美智って、川ん中にいたけど、大丈夫かな?」

 杉原が振り返ると、慶太も振り返って豪雨に霞む川辺を見た。

「大丈夫だろ」


 教師は、煙る川の中に目を凝らした。微かな人影が近づいては奇声だけが耳に響く。川岸へ生徒が駆け足で上がってゆく。

 四組の担任教師が、水位の異常な変化に気付いていた。

 僅か数分で自分もずぶ濡れだったが、川から目が離せなかった。

 大きな石の上にいたはずの自分の足は、もう川水に浸っている。異常な水位の上がり方だ。浅瀬だった川の中腹はどうなっているのか?

 豪雨に飛沫を上げる川の中腹は、目を凝らしてもよく見えなかった。




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