プロローグ・3
翌日も朝から暑かった。
木陰を抜ける風は涼しかったが、強い陽射しはギラギラと川の揺らぎに映りこんだ。
生徒のほとんどは、昼食の野外炊飯の合間に川へ入って涼んだ。
何人かの先生も、たまらずジャージを膝までまくって川に入る姿もあった。
昼食時間が終わると、再び川に入る生徒も多かった。
「美智、カニいる」
陽菜もジャージを膝までまくって水に入って、ジャブジャブと川の浅瀬を歩き回る。
「あっ、本当だ。ヒナ、捕まえな」
「やだよ、怖いもん」
小枝を拾って、美智がカニをつつく。
迷惑そうに、カニは横歩きを始めた。
波打つ水面に映る太陽が、突然蔭ったのに気付いて、陽菜は空を見上げる。
美智もつられて虚空を仰いだ。
いつの間に現れたのか、大きな雲が太陽をすっぽりと覆っていた。
まだ青空は見えるが、西側には黒い雲が広がっている。
「変な雲行きだね」
美智が呟いた。
陽射しが隠れても暑かった。だから、少々天候が崩れても気にする者は少なかった。
「雨がきそうだな」
遠くで教師の声がした。
「少し早めに切り上げましょうか」
隣り合って立つ教師が応える。
青空の切れ間に、雷鳴が響く。
「うおっ、カミナリ」
「ヤダ、なんかすごい音じゃない? 近くない?」
空を見上げた生徒が声をだす。
再び雷鳴が聞こえる。
近くは無いが、低く響き渡る不吉な音となって地上へ轟く。
直ぐに雨粒が落ちてきた。
雨を嫌って木陰に女子生徒が素早く入り込む。川幅は二十メートル以上あるが、ほとんどが浅瀬で、中ほどまで歩いて入っていた生徒も川岸に向って歩き出す。
雨をそれほど気にしない連中は、特に急ぐ素振りは無かった。
陽菜はそれほど気にならなかったが、美智は「あめ、あめ」と言って足を早めた。
「慌てると危ないよ。美智」
陽菜が後を追う。
その時、美智が川底に出張った石に躓いた。
「きゃっ」
ジャバッと膝を着く「うわぁ、さいあくぅ」
「ほら、慌てるからだよ。きっと通り雨だよ」
陽菜は美智の腕を掴んで空を見上げる。
一瞬止んだかに思えるほど、小雨はさらに弱くなった。
陽射しが射した。
川岸に向う連中も、急ぐのを止めた。
川岸から木陰に入ろうとしていた生徒も、なぁんだ。と向き直ったり。
その直後、大粒の雨がザーッと落ちてきた。あまりの凄さに、一瞬で景色が煙る。
「きゃー」「うわっ、最悪っ」
方々から叫び声が聞こえるが、そのどれもに行楽独特というべき高揚感が混じっていた。
川岸にいた教師は、霞んで見えなくなった生徒に
「川から早く上がれ!」
「早く川から上がりなさい。焦んないで」
集中豪雨は時に、人の想像を遥かに超える場合が在る。しかし、それに遭遇するのはごく稀な為、誰もがそれを予想できない。
「もうずぶ濡れだから、関係ねぇな」
激しい雨音の中に声がする。
慶太と杉原がブラブラと歩いて雑木林に向っていた。
「由木と美智って、川ん中にいたけど、大丈夫かな?」
杉原が振り返ると、慶太も振り返って豪雨に霞む川辺を見た。
「大丈夫だろ」
教師は、煙る川の中に目を凝らした。微かな人影が近づいては奇声だけが耳に響く。川岸へ生徒が駆け足で上がってゆく。
四組の担任教師が、水位の異常な変化に気付いていた。
僅か数分で自分もずぶ濡れだったが、川から目が離せなかった。
大きな石の上にいたはずの自分の足は、もう川水に浸っている。異常な水位の上がり方だ。浅瀬だった川の中腹はどうなっているのか?
豪雨に飛沫を上げる川の中腹は、目を凝らしてもよく見えなかった。