第4章―【3】最終話
最終話です。
宜しくお願いいたします。
陽射しを避ける為にカーテンを半分閉めたほの暗い部屋は、エアコンが唸りを上げている。
テーブルの上に置かれたクヌギで出来た宝石箱を、差し込む陽射しが照らして、乱反射したピアスのクリスタルが天井に光の輪を作りだす。
7月の最後の日、午前中に沙弥から電話があった。
沙弥もあずさも終業式の日に少し話しをしただけで、それ以来会っていない。
何時もより大分ノリの悪い陽菜に彼女達も少し遠慮気味で、時々メールは来たが話すのは久しぶりだった。
久しぶりで三人で映画でも観ようという事になった。当然その後は買い物とカラオケだろう。
陽菜も快くOKして電話を切ると、クローゼットから久しぶりによそ行きバリバリの服を物色する。
袖なしチェニックの上に半袖のカーデを羽織って黒髪を手ですくい上げると、ゆっくり落下して肩にサラサラと乗った。
控えめにマスカラを塗って、アクセサリーの入ったクヌギのケースを見る。
ブレスレットとチョーカーを着けて、ピアスは手にしなかった。
強めにかけたエアコンを切って、部屋を出る。
「あら、出かけるの?」
階段を降りると、洗濯物を抱えた母親が声をかけてきた。
「うん。沙弥たちと映画」
「キズ跡も大分なくなったね。やっぱり若いと治り早いのね」
陽菜は母親の言葉に思わず笑う。
「大知は?」
「今から部活みたいよ。まだ外にいるんじゃない」
陽菜がサンダルを履いて外に出ると、大知が自転車のカゴにスポーツバッグを押し込んでいる。
「これから?」
陽菜が声を掛けると、大知は自転車を押して「うん」
二人で小さな庭を歩く。
「姉ちゃん……最近男でも連れ込んでんの?」
門扉の前で大知は立ち止まり、小声で言った。
「な、何よいきなり。そんなわけないでしょ」
「でも、部屋で誰かと喋ってるだろ?」
大知の部屋は陽菜の隣にあるから、夜中に慶太と話しているのが聞こえるのかもしれない。
「電話よ。電話に決まってるでしょ」
陽菜の髪の毛が、ゆるい風で揺れる。
「ふうん……別にいいけどさ」
大知は自転車に飛び乗るようにして勢いをつけると、そのままグングン先に進んで路地を曲がって行った。
陽菜は大知の姿が消えてから、ふと振り返る。
二軒隣の家屋を眺めると、二階の窓に青空が映りこんでいた。
窓がガラリと開いて今にも慶太が大声で声をかけてきそうだけれど、もちろんそんなはずは無い。
飛行機雲がスッと映り込むのが見えて、彼女はホンモノの蒼穹に目を向けた。
夏雲が太陽を半分だけ隠して、雲の陰が陽菜を覆った。
クシュンっと、小さなくしゃみをする。
「ヒ、ヒナ。髪……」
待ち合わせの船橋駅で改札を出ると、沙弥が声を上げて駆け寄ってきた。
久しぶりに会った二人は対照的に変化している。黒髪の陽菜に対して沙弥の髪の毛は茶色から金髪に近い色に変わっていたのだ。
「ヒナ……黒い」
「いいでしょ」
陽菜は髪の毛に触れて「茶色、飽きたし」
「いいなぁ、あたしも黒にしようかな」
後ろから近づいてあずさが言う。
沙弥とあずさはプールに行ったとメールで報告があった通り、小麦色に焼けている。もちろん陽菜も誘われたけれど、その時は行く気にはなれないのでパスした。
金髪、茶色、黒色と三人並んで、久しぶりに盛り上がる雑談に花を咲かせながら、ららぽーとに向って歩き出す。
「ヒナ、やっと元気になった感じ」
「何それ、あたしずっと元気だったよ」
「あ、どっかの男に夢中だったからあたしら排除してたんだ」
「そんな事ないってば」
浜風が三人の髪を揺らしていたけれど、真夏の陽光を浴びる艶やかな黒髪が一番輝いていた。
慶太の墓参りをした日から、陽菜に彼の声は聴こえなくなった。
アレは幻聴だったのか、それとも彼が何処か別の場所に旅立ったのか……。
陽菜が今まで抱えていた後悔や不安や、暗たんとして鬱屈した日々が、慶太の存在となり、声になって聴こえていたのかもしれない。
彼に伝えたかった事を告げることができから……後悔の日々を払拭できたから、慶太はいなくなったのだろうか。
瞳の中にふと映る人影は、何時も彼だった。
息つく間に現れて消える瞬きの中の幻影。
思春期特有とも言うべき戸惑いの中で不安定に揺さぶられる、繊細さと果敢無さ。
それは何かに追いかけられながら喧騒と雑踏の狭間を掻き分けて羽ばたく、スワロウテイル・バタフライ。
―― 了 ――
最後までお読み頂き有難う御座いました。
実は、途中、構成を変えるというあまりやらない事をしてしまい、生きない登場人物も出てしまいました…(^^;
多少なりとも暇つぶしになりましたら、幸いです。
有難う御座いました