プロローグ・2
遠くに浮かんだ三日月よりも、落ちてきそうな頭上の星屑たちが森を明るく照らしていた。
慶太は親友の杉原と夜中に部屋を抜け出すと、外壁の雨樋を伝って庭に出る。
彼はそのまま河原まで駆け抜けるつもりだったが、ふと振り返ると杉原が一階の壁に沿って忍び足で歩いていた。
「おい、スギ、どうした?」
慶太は小声で言う。
「ちょっと待ってくれ、由木にも声かけてみるよ」
「陽菜は行かねぇだろ」
「美智も誘えば行くって」
杉原は小さな小石を拾って、一階の角部屋窓に向って投げる。
コツンッと一回。
もう一回投げると、ゆっくりと窓が開いた。警戒しているのか人影は見えなかった。
杉原は窓越しに顔を出して
「ヤッホっ」
「ぎゃっ……」美智が一瞬声をだして自分の手で口を塞ぐと小声に戻り
「びっくりしたなぁ、もう。なによ、スギ」
「花火やるけど、行かない?」
窓から部屋の奥を覗くと、トランプを片手に由木陽菜の姿があった。しかし、四人いるはずの部屋には、他にひと気がない。
「他の二人は?」
「知らない、どっか行ってる」
「じゃぁ、お前らも行こうぜ」
「あと誰いるの?」
「俺がいるって事は、慶太に決まってるだろ」
美智の気持ちは決まっていた。
振り返って陽菜を誘う。
「もう 消灯の時間だよ」陽菜は小さく首を振った。
「大丈夫だよ、どうせ消灯時間になんて、みんな寝ないから」
美智は二人分の靴を手に、無理やり陽菜の手を引くと、一緒に窓から出た。
夜の河原はひんやりと冷たい風が吹いていた。川のせせらぎに虫の声が聞こえる。
星の瞬きが、川の流れと大氣を照らしていた。
「ねえ、あれ蛍じゃない?」
陽菜が声を出す。
「どれ? どこ?」
美智が目を凝らす。
「ほら、向こう岸」陽菜が指差すと、杉原も慶太も一緒に目を凝らした。
確かに川の向こう岸の長い水草付近を光る物体が浮遊してる。微かに点滅して、まるでクリスマスの飾り電球のようだ。
「すげー、俺初めて蛍みた」
杉原は高揚した声を上げると、慶太の背中を意味も無く叩く。
「あたしもっ、なま蛍初めて」
美智はピョンピョン跳ねて、杉原の腕を叩く。
慶太は一歩前に出て、陽菜と肩を並べた。背の小さな陽菜は、慶太の肩のあたりに頭が来る。
既に入浴を済ませているせいか、女性用の甘いシャンプーの香気が夜風にほんのりと鼻孔をくすぐった。
陽菜は慶太の肩を頬に感じながら、点滅して浮遊する物体を見つめていた。
「あたしたち、先に行ってるから」
花火を楽しんだ後、美智が杉原の腕を掴んで歩き出す。
「なんだよ、お前ら……ゴミ拾っていけよ」
慶太が小声で叫んだ。しかし、二人は林の間をどんどん歩いてゆく。
陽菜と慶太は仕方なく、二人で花火の残骸を拾ってコンビ二袋に入れた。
慶太がコンビ二袋の取っ手を結んで肩をすくめる「しょうがねぇな、アイツら」
「気を使ってくれてるんじゃない?」
陽菜は星空を見上げる。そんな彼女の横顔を覗き込んで慶太は
「何に?」
「な……何にだろうね」
陽菜は急に膨れっ面で歩き出す。
「おい、待てよ。どうしたんだよ」
足早になる陽菜の後を追って、慶太は直ぐに彼女の横に並んだ。
「アイツらって、微妙にできてんの?」
陽菜は慶太の腕に、小さな拳でパンチした。
「そんなわけないでしょ」
「なんだよ、何急にヒネクレてんの?」
「別に、ヒネクレてないもん」
陽菜はさらに足早になる。
「なんだよ」
慶太は彼女の小さな背中を見失わないように、一定の距離を置いて歩いた。