恋 エミリーSide
私が太めだから、誰も私に見向きもしない。
私が貧乏だから、誰も私に見向きもしない。
私が孤児だから、助けてくれる人なんて誰もいないかもしれない。
あの日は、雨が激しく目の前の緑の葉っぱを打っていた。聞こえる音は全て土砂降りの雨の音だった。視界は悪く、目の前のもの以外は雨でよく見えなかった。
私はひとりぼっちで家の外にいた。
子供だったから、この世界には実は自分以外は存在しないのかもしれないと思っていた。だって、誰も助けてくれないから。
周りは見えているだけで、本当は世界には自分一人しかいないのじゃないかと思った。
父は数ヶ月家に帰ってきていなかった。お酒を飲んで暴れる父はいない方がマシだ。祖母が亡くなって途方に暮れている私は、11歳だった。
このまま私も死ぬのかもしれない。
でも、その時、木の下で途方に暮れている私を大人の男性が見つけてくれたのだ。彼は立派な服を着ていて褐色の髪にブラウンの瞳をしていた。彼は驚いて私を見つめ、すぐに手を差し伸べてくれて、助けてくれた。
その人は私に温かいお茶をくれて、温かい食事が出される場所まで連れて行ってくれた。
雨が止んだ頃、私はその男の人の屋敷まで馬車で一緒に連れて行ってくれた。
それが、ハット子爵だった。
11歳の私を救ってくれた旦那様だった。
ジーンという12歳のお嬢様がいて、お嬢様にも私は大歓迎された。子供のメイドだった私に、お嬢様は読み書きも教えてくれた。
私は手に職をつけて、お嬢様の仕立て屋を手伝って一生生きて行こうと思った。
こんな私に恋人ができるなんて、夢のまた夢だと思っていた。
それなのに。
ハット子爵夫人と入れ替わって数日経った。
元々、子供の頃からよく知っているお屋敷だから、周りの皆のこともよく知っていたこともあり、何とか奥さまの振りをしてやっていけた。
偶然、私の夫となったハット子爵である旦那様は、私の正体を知らない。
このまま、孤児の自分を隠して、このまま、貧乏だった自分を隠して、何もかもごまかして生きていけるのだろうか?
あの、何も手に入らず、何も食べ物を買えず、暖炉にくべる薪もなく、寒さに凍えた日々のことを覚えている。
例え子爵夫人になっても、あの日々のことは夢の中でも忘れられない。私は偽物の子爵夫人だ。
今宵、きっと私は素敵な憧れの旦那様に求められる……。
妻として……。
あぁ、旦那さま。
ただ、あなたのそばにいることができたら、ただそれだけで私は嬉しい。
私はあなたに恋をしてしまった。
本当はいけないのに……。
彼の妻である本物のクラリッサ様は今、どこにいるのだろう?私がこんな美しくて魅惑的な夫人と入れ替わったら、バチが当たるのではないだろうか。
胸がドキドキして苦しい……。
裏切っているような気持ちになる。
私はあなたに恋をし続けて良いのだろうか。
ただ、そばにいれたらそれだけで良いのに、あなたは私をクラリッサ様だと思って
、もの凄くよくしてくださる。
今日の午後、キスをされて抱き寄せられた。
「今晩はいいね?」
囁かれて、私は真っ赤になってうつむいた。
「クラリッサ、そんな恥じらうなんて、初めての時みたいでこっちがドキドキするよ」
旦那様は驚いた様子で囁いた。
旦那様はご存知ない。
私はクラリッサ様ではなく、メイドのエミリーだ。
何も男女のことを知らない私がお相手が務まるだろうか。
これ以上進めて良いのだろうか。
もし、私が拒んだら、妻に拒まれたとあなたは傷つくでしょう?
一体、私はどうしたらいいのでしょう。
***
私は寝室で抱き寄せられた。
私は生まれて初めて恋をした。
これほど愛おしそうに見つめられたら、幸せ過ぎる。
旦那様に抱かれて幸せだ。
例えようもないほど幸せだ。
体が重なった。私は自分でキスをせがんだ。
「クラリッサ、可愛いよ。新鮮だ…」
逞しくて凛々しいハット子爵の鍛えあげられた若い体が私には眩しくて、ときめいてしまった。
もう、戻りたくない。
このお方のおそばにいたい。
私は熱烈に愛されて、そう願ってしまった。
クラリッサの事情で入れ替わったエミリー。幸せになってくれないと。いきなり貴族の奥方になる。そんな人生は羨ましいですが、大変なこともあるかもしれない。
旦那様に恋をした。結構なことじゃないですか…ハット子爵はクラリッサと恋に落ちた方で、素晴らしい方ですからね。