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失恋 カイル王子Side(1)

カイル王子、23歳。超絶イケメンが初恋をこじらせる5秒前。あなたが振った彼女は、あなたの運命の人だから。



 我が国ボーデランドを混乱に陥れようとしている誰かが、王子の地位を脅かそうとしているらしい。


 王子とは、英気に乏しいという噂、統治力は無いが見てくれだけは良いという噂を持つ『俺』のことだ。


 そう国王である父も、父の忠実なるしもべであるエイドリアンも、熱心に俺に忠告してくるが、俺はいまだに対策が打てずにいた。


 王国の未来の王妃の重積を担える女性を選ぶという作業は、気の滅入るような仕事だ。魅入られてしまったという理由だけで選ぶことが出来ない。


 23歳、独身、未経験。


 ファーストキス未経験。

 いちゃつき未経験。

 女性とことをなす未経験。

 もちろん男性ともない。


 国の世継ぎ。

 種を残すことへのプレッシャー強め。



 社交界シーズンが幕開けする前から憂鬱だったが、実際に幕開けすると、今年も憂鬱極まりない隠遁とした気分にさせられた。


 新たな未来の王妃選びの地平線の先には、血みどろの戦いか、王国が傾くような陰謀の渦が待ち構えている。


 そうならない未来を模索する必要に駆られている。しかし、どうやって妃を選べば良いのか、もはや分からなくなった。

 


 魔物が住む森で何かが起こっているという報告もある。


 ため息が止まらない。王国の民が若い俺に救世主像を求めているのは分かるが、俺が救世主を求めてたいくらいの状態だ。何しろ、俺は英気に乏しいと、既に民に見抜かれているのだから。



 

 で。

 舞踏会の真っ最中に俺は逃避中。




 よし、いい感じだぞ……!

 折り込みパイ生地のこの菓子は、生地を6段に重ねていく。


 三つ折りを重ねてもいいが、今日は6段にした。


 間には、そうだな……。

 杏のマーマレード。

 それからリンゴのジュレ。

 それからフランボワーズのコンフィ。


 砂糖の衣で覆う?

 うーん……。



「リチャード!まだそこにいたのか!」


 その声に俺はハッとして顔を上げた。


 俺はまたキッチンに忍び込んで、お菓子を作っていた。なんだか今日はミルフィーユの気分ではないかと急に思い立ったからだ。

 

 ボスに見つかって、恥ずかしくなった。


 壁の花になっている令嬢たちが必死に俺を見つめるのを知っている。壁の花でもなく、華やかな蝶のようにダンスフロアで舞っている令嬢たちも必死で俺を見つめている。そんな事は知っている。だが俺は、皆が憧れるようなそんな立派な人物ではない。



 王子になり損ねた菓子職人の気分だ。


 菓子職人であれば、英気に乏しいと非難めいた噂など流されないだろう。


 惨めな自分の気持ちをなんとかやり過ごすために、こっそりキッチンに隠れた。こういう時は甘いお菓子が、精神健康上は有益だ。



「凄いな!これはなんだ?」

「これは……折り込みパイ生地のお菓子で、パリで考案されたものです」


 俺は謙虚にボスに答えた。

 料理長であるザッカリーは、俺の正体を知らない。

  


 彼は、俺のことをパティシエ見習いのリチャードだとすっかり信じ込んでいる。ザッカリーは、実は俺が王子だと知ったら気を失うかもしれない。普段から彼には遠慮なくどつかれているのだから。



「うまいな……よし、今夜の招待客に出そう!」

「やった……」



 俺は嬉しくて嬉しくて笑みが溢れた。

 しかしだ。


 まずい……!



 冷や水を浴びせられたかのように一気に気分が落ちた。国王の第一従者であるエイドリアンが、厳しい表情で走るようにやってくる姿に気づいたからだ。



「料理長、あとはやっておくので。給仕係の様子を面倒見てください」

「わかった」

 


 俺は身振り手振りで、舞踏会の軽食の補充が足りているかの方に、料理長の意識を向けることに成功した。

 

 サンドウィッチやアイスクリームやワインやビスケット、そういう軽食しか出ない舞踏会だ。料理長は最終チェックが終わったら、休憩室に引っ込むだろう。



 舞踏会の軽食の中に、甘いお菓子があったら?少しは令嬢達の気分も和らぐのではないか。



 俺はそんなことを思ってキッチンにいた。



 正直に言うと、今日の舞踏会は退屈過ぎた。



 何せクラリッサも幸せそうな笑顔を振り撒いて来ていたし……。ハット子爵との間に娘も生まれて彼女は実に充実した表情だった。



 俺とクラリッサの間には、正直ロマンスの進展はなかった。婚約しそうになってら破談した。


 だが、17歳のクラリッサは俺のことに熱心に見つめていたのは知っている。それに俺も気づいていたから、彼女と隠れてデートを繰り返してみた。だが、関係を進める気にはなれなかったから、俺から別れを告げた。



 にもかかわらず、クラリッサがハンサムな子爵と結ばれて幸せそうだと身につまされるとは、どういうことだろう?



 俺はこそこそと俺は尻尾を巻いて、王国の未来を担えるか皆が不安がる『カイル王子』でいることが辛過ぎてキッチンに逃げ込んだ。



 自分で分かっている。俺は王子には到底向いていない。



 未来の国王などという重責を担える器ではない。魔物の森をなんとかできる力量も計画も持ち合わせない。今のところは、王国を混乱に陥れようとしている『誰か』の思う壺の王子でしかない。




「カイル王子!」


 鋭い声で責めるようなトーンで名前を呼ばれて、俺はゆっくり振り返った。


 やっぱりな。

 エイドリアン。


 

 父の忠実な僕であるエイドリアンのお出ましだ。苦言を呈す気満々であることは、顔を見ただけで分かる。

 


「王子!せっかく王子の結婚相手を探すために開かれた舞踏会ですぞ!こんな所にまた隠れていかがなされたのですか?」



 幼い頃から俺を知っているエイドリアンは遠慮がない。



「全く、元カノのクラリッサ様があれほど美しく充実して幸せそうな……」

「戻る!ただ、空腹だったから菓子を取りにきただけだ」

 


 俺はエイドリアンに最後まで言わせなかった。



 クラリッサを振ったのを蒸し返さないでくれよ。


 俺は彼女にそれほど興味がなかった。

 


 それにあの時、国王である父もエイドリアンも、未来の王妃は貴族でなければならないと俺に忠告した。つまり、大陸の大金持ちの令嬢でしかないクラリッサの時間を無駄にする事を避ける必要があった。あの時は彼女はまだ17歳だった。無駄なことに時間を費やすより、社交界で別の若くてハンサムな者を探した方がよっぽど良い状況だった。

 

 

「ボーデランドのプリンスらしく、早くお戻りください!そろそろ不在に気づかれます」


 エイドリアンは口やかましく俺に捲し立てた。

 


 ストップ!



 俺はエンドリアンの口にミルフィーユを投げ込んだ。



「うぁ……っ!これはなんと。羽が生えているかの如く軽く甘い菓子……絶品です」


 俺はエイドリアンの素直な言葉に満面の笑みになった。


「でしょう?」


 俺は素早くパティシエ見習いの白い装束を脱ぎ捨てた。下には舞踏会に現れる王子の衣装を着込んだままだった。



「ここぞという人に、この菓子を今宵、捧げよう」



 俺はエイドリアンに気取ってそういうと、パティシエ見習いの装束を小さく丸めて隅の棚に隠し、ミルフィーユを乗せた皿を2つ恭しく両手に持ち、おどけた挨拶をエンドリアにして、キッチンを颯爽と後にした。




はい、仕上がりましたね。

その菓子、あなたの初恋を蘇らせる時限爆弾ですよ。23歳で自分の振った女性の魅力に後から気づく。でも取り返しがつかないです、王子。


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