いきさつ クラリッサSide
「クラリッサ・マイデン、今日限りで当校を退学と処する」
え?
退学ですかっ……?
「こんな淑女にふさわしくない本に読み耽っては体の毒です。また、周りのご令嬢たちの迷惑になりますから、当校としては学校を辞めていただきたい」
貴族でもないくせに……。
平民は来なくていいのに……。
こんな言葉がヒソヒソとかわされる中、私は嬉しくて思わず微笑んでいた。
これで大手を振って退屈極まりない学校を出ていける。
「では、みなさま。ご機嫌様」
私は颯爽と学校に別れを告げた。
私は本国からは離れた場所で、豊かで自由な少女時代過ごした。しかし、いつのまにか時は巡り、自由気ままに野の花を摘んで過ごすような少女時代は終わりを告げた。
成長した私は寄宿学校に行かされ、見事に今、退学になったのだ。
私は前世の記憶を有していた。前世のことを思い出したのは、まさに寄宿学校の退学を通達された時だった。
校長のいかめしい顔を眺めているうちに思い出したのだ。
私は大陸の大金持ちの令嬢だ。
とんでもない金持ちで、嫡男長子しか継げない貴族の世襲制とは違い、父のお金は全部私に入ることになる。
退学に打ちひしがれる必要はないだろう。
思い出す限り、今世は恵まれている方だ。逆に前世は最悪な部類に入ったかもしれない。
仕事に邁進した挙句、私は処女だった。
初めて付き合うことになった男性は、私とのデートの前に私の友人と寝た。私は許せず、別れてそれっきりで、誰とも何事も起きなかった体のままだった。
仕事に邁進して忘れたかった。
しかし、職場に恵まれたとは言えない。会社は成果主義を謳っていたが、実態は全く違った。成果を出したとしても、誰かが馬鹿らしい告げ口を言うと、事実確認はせずに、全部告げ口を信じてしまう上司だった。
私の上司は告げ口大好き、常に減点評価の人だった。
問題を起こさず、何とか上手くさばく私を辞めさせたら、どうなるんでしょうとまでは言わない。ただただ、ストレスフルな職場だった。
その前世に比べれば、大陸の大金持ちの令嬢として生まれたのは幸せな方だったと思える。
いかがわしい本を読んだのは謝る。でも、男性に対して免疫ゼロで夫を探すのは大変リスクがあるのだ。
私はお転婆でいても父には許された。貴族でもない、ただのお金持ちの令嬢だったから。
だが、17歳だったクラリッサ・マイデン、つまり私の天国は、一気に終わりを告げた。
秋が始まる頃に、本国のカイル王子に心を奪われてしまったのだ。
彼は一瞥しただけで、私の心を盗んだ。
私は舞い上がった。
胸は不意に高鳴ることが多くなり、何かの病を疑って医者に診てもらった。原因は恋煩いだった。
カイル王子は、私がひとときの慰めになると思ったのかもしれない。
父に頼んで本国に居座った。舞踏会に出かけ、フルタイムワーカー並に連日連夜社交活動に精を出したおかげで、王子と顔見知りになった。
そのおかげで、カイル王子と馬車でドライブしたり、広大な森を一緒に馬で駆けたり、ピクニックを一緒にしたりするようになった。内々に婚約する流れもあった。
でもある日突然、もっと関係を深める前に、私はカイル王子に唐突にフラれた。
彼のブロンドの髪に太陽の光があたって、天使の輪のように光り輝いていたのを覚えている。木漏れ日がチラチラ当たっていたはずなのに、いつの間にか彼の髪に王冠が出現したようで、私はその時の彼の髪の輝きをいつまでも覚えている。
「クラリッサといてもなんかつまらない。それにさ、結婚するなら、せめて貴族じゃないと。なんかごめん」
それだけだ。
彼の青い瞳は、何も物語ってはくれなかった。
淡々と。
ただ、君とはもう一緒に入れない。
それだけだ。
公開されていない、婚約の破棄だった。
17歳のクラリッサ・マイゼン、我儘な令嬢だった私の心は潰れた。
この世の春から、一気に地面に叩き落とされたのだ。18歳のカイル王子によって。
文字通り、私は引きこもった。
ニート。ひきこり生活だ。
一生、引きこもってやろうとすら思った。
死にたいとすら思ってしまった。
「引きこもってやろう」と言う意志を感じる言葉より、「引きこもってしまうかも」の恐怖を感じる言葉がより心情に近かったかもしれないが。
私は一日中泣き暮らした。
前世のコンビニが懐かしかった。
漫画が懐かしかった。
スマホが懐かしかった。
それさえあれば、一生、引きこもっていても楽しくいられるのにと、毎日恨みがましく思っていた。
でも、沸々とある日怒りが湧いてきたのだ。
あのとんでも王子様を見返してやろう。
ブロンドで青い瞳の王子。
私は絶対に貴族様に嫁いでやりましょう。
本国の貴族に夫候補のターゲットを絞りましょう。
私は美しい肌の手入れを怠らず、ブロンドの髪に毎晩櫛を入れて磨き、父のお金を使って本国に居座った。
社交界のフルタイムワーカーとして、舞踏会に連日連夜参加する美しい令嬢として、一気に華々しくカムバックした。
そして、努力の成果が実り、褐色の髪にブラウンの優しい瞳を持つ、ハンサムなハット子爵嫡男に出会ったのだ。
あぁ、ここにコンビニがなくてよかった。
こんな稀少生物に出会えるなら、コンビニなんていらないと思った。
そう思えるくらいに、ハンサムなハット子爵は素晴らしい男性だった。
温かい恋というものを初めて知った。
ハット子爵は、私の魔力を知らずに私に近づいた。
私の魔力は主に人以外の動物にならなんでも効いた。薬の調合はお手のものだ。
自分の体のことはからっきしわからなかったけれども。
ハット子爵は広大な領地を持ち、屋敷も素晴らしく大きなものを幾つか所有していた。私の知り合いと寝る等という裏切りも、無かった。
結婚式は王家の結婚式を凌ぐと噂されるほどに盛大に開催された。
私が大陸から持ち込んだ持参金は、最初は屋敷の修繕や敷地の整備に少し使われた。
多くの宝石を私は持参し、カイル王子に幸せな姿をことあるごとに遠目から見せつけたのだ。
泣き崩れた姿など微塵も感じさせない、見事なカムバック!
私はそう、一人で自画自賛した。
私が幸せを見せびらかす間、カイル王子はずっと独身だった。
少し嬉しかった。
そして最愛の娘、ジーンを身籠った。
生まれた時、これ以上の幸せはないと思った。
魔力を有する者が必要な魔物がいる森が本国にはあった。しかし、私はカイル王子が対策を打たねばならないことをすっかり忘れてしまっていたのだ。彼がどれほどの苦難に直面させられているかは、全く分かっていなかった。