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一等車両で クラリッサSide

 鉄道に乗った私は、窓の外を田園風景が飛ぶように流れていくのを涙をこらえて眺めていた。


 秋の気配が濃厚だ。

 まもなく冬がやってくる。



 父から引き継いだ縫製工場の未来のビジョンをジーンに持たせるのはまだまだ途中だ。



 カイル王子がイザベルと結婚したら、メイドのエミリーとしてジーンのそばに戻ろう。



 そう考えただけで、涙が止まらない。




 オークスドン子爵はきっとジーンを支えてくれるはずだ。


 10年前の出来事が変わったから、本物のエミリーがハット子爵夫人として、ジーンのそばについてくれているかもしれない。



 ジーン・ハット子爵令嬢の仕立て屋は、私のデザインを元に10着のカイル王子の衣装の縫製に着手していた。それが完成した後は、ジーンとカイル王子の話し合いに任せるしかない。



 新たにカイル王子の服を仕立てる場合は、ピットチェスターに来る前に私が試作した型紙が役に立つだろう



 どうやっても、身分の差は変えられない。貴族がメイドと結婚した例はあるにはある。


 だが、一国の国王の妃が元はメイドだったというのは前例がない。


 本国ボーデランドはそれを許す国ではないだろう。強固な階級が現存しており、ガチガチの貴族社会が存在するのだから。




 身分の差が縮まる未来を私は知っている。一部の特権階級はあるかもしれないが、人口のほぼ全てが平等に扱われる世界。



 でも、今私が生きる世界はそうではない。17歳で私が恋した人は本国のプリンスだった。



 心は変えられないのに、生まれた家柄に縛られてしまう。


 軽やかに宙を舞うように、身分に関わらず愛を囁いて実らせることができる世界が本当に待ち遠しい。



 私自身が、前世の価値観がこの時代に通用しないことを知っている。



 そうだ。

 私そのものが、お金と身分に縛られているのだ。




 目をつぶって、さっきの出来事を振り返った。


 リシェル・ミドルライカーはピットチェスター駅で鳥の集団に襲われて、あるいは犬や猫に取り囲まれて、鉄道車両に乗るのを阻まれたはずだ。



 私は人生で初めて魔力を本気で出した。


 いや?

 多分違う……。



 私は10年前の死ぬ瞬間に、自分の魔力を使ったのだ。



 薄暗い部屋で薬の調合を続けていたリシェル・ミドルライカーと違って、私は自分の魔力を研究したことはなかった。だが、最後の瞬間、死に際に別人になる力を使った。



 その時の私の心残りはおそらくただ一つ。娘だ。娘のジーンの成長に付き添いたかったはずだ。



 私自身はその瞬間のことを覚えていない。


 でも、自分が死ぬと悟ったならば、きっとジーンのそばにいたいと願ったはずだ。

 


 ジーンの元にエミリーとして戻ってきたのは、ジーンの結婚が決まった日だった。メイドのエミリーが倒れて、私と入れ替わった。ジーンのそばにいたいと願った私は、ジーン付きのメイドのエミリーになった。




 サテンやタフタや絹のドレスばかりを着る人生を送るはずが、ハウスメイドの午後の制服に使われるサージ、午前中の制服に使われるピケ、洗い物仕事用のへシアンのエプロンに馴染む人生になった。




 一度メイドになると卑しい身分に成り下がったように感じるという。


 そうなのかもしれない。




 泣きながら鉄道車両の座席に座っていた私は、空腹なのに気づいた。

 

 車内販売のワゴンがやってきた。



 

「お待たせ」


 ふと、隣に座った人に声をかけられた。



「クラリッサ、どれだけ俺が愛しているか、分からない?」



 鉄道車両がそこだけ一等車両にでもなったかのように、明るくなった。私が振り向くと、カイル王子が微笑んでいた。



「クラリッサだよね?」



 私はエミリーのままのはずだ。だが、彼は私のことをクラリッサだと分かっているようだ。



 それにどうしてここが……?



「20年前、君のお父様に紋章のことを話してもらったんだ。あのマイデン家が手に入れた大きなカントリーハウスに君を迎えに行った日のことだよ。このハンカチはオークスドン子爵にもらった。ほら、ここにトルソーの紋章があるよね?」


 彼が見せてくれたハンカチには、確かに紋章が刺繍されていた。



「君はローデクシャーの森に行くつもりだろう?そして今日はレバポールのベーカー・メルの隠れ家に泊まるつもりだろう?」



 私は呆気に取られて黙り込んだ。



「クラリッサ?」


 私は不意に両頬をカイル王子の温かい頬に包まれた。



「結婚してくれる?」



 彼は私の指を優しく取って、指に煌めく大きなダイヤのついた指輪をはめてくれた。



「この指輪は君に結婚を申し込むつもりで、しばらく持ち歩いていたんだ。この前、父が君を花嫁にするのを許してくれた」



 私は涙が溢れるのを抑えきれなかった。



「君は国王が認めた花嫁だ。何も恥じることはない。必ず幸せにするから」



 私はそっと唇に温かい唇が落ちてくるのを感じて目をつぶった。嬉しい温かい涙が私の頬を濡らした。



「マイデンの君のお父様の墓に挨拶に行こう。お母様にもだ。本当のことをご両親には言おう」



 カイル王子との駆け落ちになってしまわないだろうか。



 私はそのことを心配した。



「ピットチェスター駅でたくさんの鳥に襲われている女性を保護した。そして、イザベルが証言したんだ。10年前、パース子爵の地下室で彼女を見たらしい。小さな鳥にその女性が俺の暗殺を囁いていたらしい。9歳のイザベルはそれを聞いたんだ」



 カイル王子は私を見つめてうなずいた。



「保護して、逮捕した。俺を殺すための毒を調合したのも彼女だったんだ」



 私はカイル王子を呆然と見つめた。



「彼女を捉えた後、鉄道列車に飛び乗ったから、それだけしか今は情報がない」



 カイル王子は私の手を取って、立たせた。



 見ると車両の端と端に王家の従者の制服を着た者たちが護衛のように立っていた。



「こっちに来てくれる?美味しいものを食べよう」



 私は一等車両に案内された。

 


「さあ、どうぞ」



 カイル王子に中に案内されて、私は驚いた。ロンダリー大主教が中で待っていたのだ。私はハット子爵と結婚するときに、やはり彼のお世話になった。



「実は、ピットチェスターの古城で君にプロポーズをして、大主教に説明して特別結婚許可証をもらおうと思っていたんだ。だが、君が行方不明になったとジーンに聞いて、ずっと探し回っていたんだ。後から来るはずの大主教がちょうど駅に着いて、君と例の犯人が起こした鳥の騒ぎを見ていたらしい。ルーニーが気を利かせて、鉄道に一緒に飛び乗ってもらった」


 私はロンダリー大主教の横で微笑むルーニーを驚いて見つめた。



「挙式は後で必ずちゃんとする。それは約束する。エミリー、お願いだ。俺と正式に結婚してくれないだろうか」



 カイル王子は大主教の前では私をエミリーと呼んだ。



 そうか。


 私がクラリッサだというとんでもない話は秘密にしたほうが良い。



 私はカイル王子のブロンドの髪の奥のブルーの瞳を見つめた。

 心が震える。


 私たちは運命に逆らって結婚するのだろうか。

 


「愛しているんだ。俺と結婚してほしい。後悔はさせない」


 目をつぶった。


 王子とメイドの私。

 身分が違い過ぎる。



 でも、命をかけてカイル王子を守りたい気持ちは本当だ。


 私なら、ネメシスの仕掛けてくる罠をかわせるだけの魔力があるかもしれない……。




「わかりました。あなたを愛している気持ちに嘘はつけません……結婚いたします」



 カイル王子は煌めく瞳で私を見つめて、抱きしめた。



「大主教、お願いします」

「えぇ、陛下からも必ず結婚させるようにとお伺いしておりますから」



 大主教は優しい笑顔を私に向けて、手続きを開始した。


 

 こうして、メイドになった私とカイル王子は正式に結婚をしたのだ。

 


「最初のハネムーン滞在先は、レバポールのベイカー・メルだな」

 

 カイル王子は口角を、あげて私に微笑んだ。



 最高に幸せな笑顔だった。




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