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あの日の決定的瞬間 クラリッサSide

 私は目を開けた。隠れ家のベッドで眠ってしまったようだ。


 天窓から見上げる空は、灰色に曇っているが、雨は止んだようだ。静けさが辺りを包み、私は隣りで眠るカイル王子の静かな寝息を聞いていた。



 私の手は、隣で眠るカイル王子の手と繋がれていた。温かな手のぬくもりにうっとりとしてしまう。穏やかな嬉しさに包まれた。



 最愛の人とこんな風に眠るなんて、なんて幸せなことなんだろう。


 ずっとそうしていたい。

 心からそう思った。


 

 そのまま、私はそっとベッドから起きて身支度をして寝室を出た。



 隠れ家の入り口になっている金庫の扉のような頑丈な鉄の扉に耳を当てる。



 外に人の気配を感じなかった。


 私は思い切ってそっと扉を開けて外に出た。雨が止んだ街の通りを、そっと私は身を滑らせるように動いた。


 

 今の私は、メイドだ。

 

 

 頭の中で彼の言葉がリフレインする。



「結婚してくれる?」



 ベッドの中で彼はそう言ってくれた。私を見下ろす彼の眩しいまでの妖艶な笑みと期待のこもった煌めく瞳で胸がいっぱいになる。



 だが、彼の期待を実現することは、そんなに簡単なことではないはずだ。



 メイドと王子が結婚する?

 21世紀でも難しい。

 今の時代は、ほぼ不可能だ。

 悲しい。

 だが、現実はそうだ。



 私がいたら、王子にひどく辛い思いをさせるかもしれないのだ。



 だから、私は雨の上がった街の外に出た。



 王子から、自分の身を遠ざけるために。

 どこか遠くに身を隠すために。

 ひっそりと身を隠そう。



 父が結婚式のトルソーの紋章に隠した隠れ家は残り10箇所だ。やろうと思えば、安全に身を隠せるだろう。



 考え事をしながら、通りを歩いていた私は、あの荒くれ男どもがまだウロウロしているのに気づいて、はっとした。



 私は通りを一気に走り始めた。


 男たちの一人が私の後ろで叫び声を上げるのを聞いた。



 しまった!

 気づかれてしまったわ! 

 捕まってはならない!



 私は必死に走った。


 その時、誰かが私の腕をつかみ、通りに止まっていた馬車の方に押しやった。馬車の扉が開いて、手が伸びてきて私の腕をつかんで、中に引っ張り込んだ。


 あっという間の出来事だった。



 私は驚いてそのまま馬車の中に引きずり込まれた。



 私を馬車の中から引っ張った人物がイザベルだったからだ。



「急いで出して!」



 イザベルが御者に窓から合図をした。


 馬車は勢いよく通りを走り始めた。通りで私の腕をつかんで馬車の方に押しやった誰かも、一緒に同じ馬車の御者台に飛び乗ったのが分かった。



「さあて」



 腕組みをした、ダークブロンドの髪の青い瞳の美女は、私を冷静な瞳で見つめて言った。今日の彼女はふわふわの巻き毛を引っ詰めて、男装をしていた。



 これが本来の彼女なのかもしれない。美しいタフタのドレス姿は、彼女の仮初の姿なのだろう。




「カイル王子のところから離れてきたところを見ると、自分の立場がやっと分かったと言うことかしら?」



 彼女は足首をイライラと振りながら、言った。およそ子爵令嬢らしくない様子だ。彼女からは、武術で鍛え上げられた百戦錬磨の軍人のような気迫を感じた。



 彼女は素早く短剣を取り出して、私の首に突きつけた。



「あなた、本気なの?」

「えぇ」



 私はうなずいた。



「本気でカイル王子を愛しているので、身を引きます」



 私は震える声でイザベルに言った。


 彼女はじっと私の顔を見つめると、胸元に静かに短剣をしまった。イザベルはにっこりと私に微笑んだ。



「そう。分かったわ。あなたが賢い人のようでよかった。私も本気でカイル王子を愛しているのよ」



 イザベルの言葉に私はうなずいた。



「心底惚れているのね?」

「えぇ、そうよ」



 イザベルは満足げに私に言った。



「あなたの父が、辺境の地ノークを治めるザッカーモンド公と繋がっているのに、あなたはカイル王子に心底惚れたと言うわけよね?」



 私の言葉に、イザベルは意表を突かれたような表情になった。



「国王の弟、カイル王子のロジャー叔父は、辺境の地ノークを治めるザッカーモンド公ですよね。彼は昔、18歳のカイル王子がデートを繰り返していたクラリッサ・マイデンの親に、カイル王子とのデートを止めるように忠告していたわ。ロジャー・ザッカーモンド公は、カイル王子に結婚をして欲しくないと思っている」



 イザベルは無言になった。驚いた表情だ。



「亡くなったハット子爵夫人、クラリッサさんのことね……?」



 イザベルの顔は真っ青で、唇が震えていた。怖い顔をしている。

 


 そう、あなたはあの時現場にいたのよね?



 まだ9歳だったあなたは、私が亡くなる現場を一部始終見ていたと聞いたわ。


 子供が見て良いモノでは決してないものをあなたは、見てしまった。


 あなたは、何を感じたのかしら?




 イザベルはガタガタと震えていた。両手をクロスさせて自分の両肩を抱き、寒そうに震えている。



「イザベル、私の気持ちがわかるわよね?」



 イザベルは私の目を見つめた。



「あなたの考えている通り、私はメイドであり、カイル王子には相応しくない。あなたなら相応しい。だから、私は身を隠します。どうぞ、カイル王子を助けてあげてください。ザッカーモンド公の自由にさせないで。彼にカイルを殺させないで欲しいの」



 私の言葉に、イザベルは唇を真一文字に結び、無言で私を見つめた。そして、グッとうなずいた。



 覚悟を決めた瞳で私を見つめた。



「ザッカーモンド公にカイル王子を殺させないわ。誓うわ」



 イザベルはそう言った。



 その瞬間、私の脳裏にローデクシャーの記憶が蘇った。



 えぇ!?


 私の目の前で泣きながら口付けをして、「愛している」と囁く18歳のカイル王子の顔が見えた。

 


『約束してくれる?』


 私の今までの記憶と違う記憶が、私の頭に流れ込み始めた。


『今から10年後に開催されるはずの、ウィントー・パレスで行われるエロルーラ伯爵のウェディング・ブレックファーストに、出席しないで欲しい』



 泣きながら、ブロンドの髪を振り乱して、青い瞳に涙をいっぱいにためて、18歳のカイル王子が私にささやいていた。彼は私を強く抱きしめた。


『君を愛しているんだ。いい?愛している』


 


 どういうことなの……!?



 あぁ、まずいわ。


 今、あの27歳の私の体の中にいるのはエミリーのはずよ。


 ミソサザイの言葉はエミリーには届かないわ!



「イザベル?あなたは魔物に打ち勝てるのよね?ならば、多少の魔力を有するわね?」



 私が切羽詰まった顔で言った時、イザベルは驚いた表情で私の顔を見つめ返した。



「あ……多少はあるけど、何?」


「あの日の、10年前の行動が変わるわ!」


 私はパニックになった。


「ハット子爵夫人クラリッサがカイル王子の身代わりにならずに、カイル王子の暗殺計画が成功してしまうわ!」



 イザベルは何を言っているのか分からないと言う顔になった。



「ミソサザイ!来て!力を貸して!」



 私は馬車の中から叫んだ。

 馬車の窓を開けて、もう一度叫んだ。



 すごい勢いで死の死者であるミソサザイが馬車の中に飛び込んできた。



「イザベル、手を繋いで。あの日、私が問題のグラスを運んだのを見たでしょ。変えるわよ!私たちは、カイルを愛している。いいわね?」



 私の言葉を聞いたイザベルは「待って!」と叫んだ。


 馬車の御者台に叫んだ。



「ルーシャス!力を貸して!」



 私が驚いたことに、馬車が止まり、ルーシャス・オークスドン子爵が馬車の中に飛び込んできた。


 ジーンの婚約者のルーシャス・オークスドン!?



「あの日、彼もあのブレックファースト・ウェディングの行われたウィントー・パレスにいたの。ルーシャス、あなたの魔力も貸して。私の力はそれほどないけど、彼の魔力は私より強いから。私たち3人は、あの日、あの場所にいたのよ!」



 ルーシャスは、なんのことだか分かったようだ。イザベルから、あの日の話を聞いていたのかもしれない。私がジーンに、ザッカーモンド公とパース子爵関連の郵便物を調べて欲しいと言ったから、話が婚約者のルーシャス・オークスドン子爵にも伝わっていたのだろうか。



 私たち3人は素早く手を繋いだ。



「目をつぶって!ミソサザイ!力を貸して!みんな、あの日に戻って、問題のグラスをカイル王子から引き離すわよ!」



 私は心の中で強く願った。



 あの日に、エミリーとして戻してください!



 私に力を!

 私に変えさせてください!



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