表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/47

隠れ家で カイル王子Side

 高い天窓から、外に雨が振っているのが見える。


 建物は吹き抜け構造で、金庫のような扉の中に入ると大きな窓は無かった。唯一、人が入れないような小さな窓がいくつかあり、空気を循環させる役目を担っているようだ。



 外から中の様子を伺うことは難しいだろう。


 冷たい雨が降り続く外の世界と、建物の中では雲泥の差があった。建物の中は暖かく、真綿に包まれているような居心地の良さがあった。部屋がいくつも用意されているようで、全てが綺麗に整えられていた。



 こんな建物を用意できるのは一体誰だろう?



 ベッドに仰向けになり、雨が振っている灰色の空を天窓から見上げながら、俺は心に何かが引っ掛かっているのを感じていた。





 17歳で俺が振ってしまったクラリッサ。

 そして、俺を守って27歳で死んだクラリッサ。


 彼女のことを俺は思った。



 こんなことができるのは、クラリッサぐらいじゃないのか?



 ふと思った俺はハッとした。

 俺の横に今いるのは、メイドのエミリーだ。



 だが、エミリーが連れてきてたこの家は何なんだろう?


 そもそも、エミリーはなぜここを知っているんだ?


 こんな立派な調度の家は何のために準備が整えられていたのだろう?



 ベッドで静かに眠っているエミリーをそっとしておいて、俺は起き上がった。そして、建物の中を歩いて回った。



 上等なリネン類で整えられた寝具、テーブル、ソファ、全てが一級品だ。


 エミリーが着ているドレスは、どこか大陸の令嬢だったクラリッサを彷彿させるデザインだった。クラリッサがいかにも好きそうなドレスなのだ。



 スケッチブックもいくつも用意されていたが、使われた形跡がない。



 エミリーがデザインするためのものだろうか?



 俺の宮廷服は、ハット子爵令嬢ジーンの仕立て屋で、エミリーがデザインした通りの制作が進んでいると聞いている。



 ここでエミリーはデザインをしたことはないのかも知れない。スケッチブックの周りは誰かに触れられた形跡は無かった。



 ふと、高価なシガレットケースを見つけて俺はハッとした。このケースに見覚えがある。



 昔、どこかでこれと同じものを見た気がする。


 どこで見たのかまでは覚えていない。しかし、強烈に懐かしい思いがして、俺にとっては大事な記憶だという自覚があった。



 分からない。

 この懐かしい感じはなんだろう?




 俺は、今回いなくなったエミリーの場所まで、よく辿り着けたものだと思った。奇跡のようなものだった。


 

 よく助けられたよ……。

 エミリーは本当に危なかった。



 だが、クラリッサは……。

 俺はクラリッサを助けられなかった。



 俺を助けて身代わりになって自分が死ぬなんて……。


 クラリッサ……!

 一体何でそんなことになったんだ?



 あの日、クラリッサが亡くなった日のことを思った。あの時も、テントの端に止まるミソサザイを俺は見た。俺が3年後に亡くなった雪の日もイザベルの肩の向こうに、ミソサザイを見たと思う。



 俺は、いなくなったエミリーを探して走り回っていた時、雨に濡れたピットチェスターの街の中でミソサザイを見てエミリーに辿り着いた。



 何なんだろう?


 普通では街では見かけないミソサザイを、生死を分ける重要な時に見るのはなんなんだ?



 死の死者とも呼ばれるあの鳥は、それほど街中で見かける鳥ではないのに。



 あぁ、エミリー。

 クラリッサ……。

 2人の事件は同一人物の仕業だろうか。




 俺の叔父のロジャーには愛人が大勢いた。ロジャー叔父は享楽的な生活に耽っている。賭け事が大好きで、年がら年中、狩猟や競馬に興じている。



 ロジャー叔父にとっては、妻以外の女性との情事は当たり前のことらしく、彼が親しい貴族の館に宿泊するときは、ロジャー叔父の部屋の隣には必ず愛人の部屋が割り当てられていると噂で聞いていた。



 俺はそんなロジャー叔父が苦手だ。娘2人もいながら、当たり前のように愛人を連れて社交界を出入りしている叔父。そんな彼が国を治める重積を担えるとは思えない。



 俺にだって国を治める重積が担えるとは思えないのに、今遊び回っている叔父にできるわけがないと思う。そんなに国政は甘くはない。



 ロジャー叔父がエミリーを狙ったのだとしたら?



 てっきりイザベルがエミリーを狙ったのだと思っていた。だが、いざあの荒くれ連中を目の当たりにすると、イザベル自身が彼らに向かって狼藉を働くように指示するとは見えなかった。



 イザベルが奴らにエミリーに乱暴を働いても良いと言うだろうか?



 彼女は魔物から俺とガーダイアを守ってくれた。彼女は、クラリッサが俺の身代わりになって死に至る原因を作った現場にいた。子供ながらにそれを見ていて、何も感じないと言うのは嘘だと思う。




 では、イザベルの父であるパース子爵はどうか?


 パース子爵もイメージに合わないのだ。彼のイメージと、あの荒くれどものイメージがあまりに合わない。



 ロジャー叔父、パース子爵、イザベル。



 この3人があの荒くれ連中と繋がるとしたら、直感的にロジャー叔父が一番近いと思ってしまう。



 俺は奴らがエミリーの体に手を伸ばしてきた恐ろしい瞬間を目の当たりにした。頭に血が昇る場面を思い出して、俺は改めて込み上げてくる怒りで震えてしまった。



 俺は、従者がロジャー叔父の朝食トレイに彼の秘密の愛人候補からのメモを忍ばせているのを目にしたことが何度もある。


 風紀的な観点で倫理観がおかしな具合になっているのはロジャー叔父だろう。



 見てみぬフリを父もしているのだ。父にとっては弟はどうしようもない愚弟だが、弟のロジャー叔父が辺境の地を守ってくれているのだと諦めているようだ。



 辺境の地と社交界を行ったりきたりしているはずのロジャー叔父。



 俺と国王に隠れて密かに裏で何を企んでいるのか?


 本気で確認する必要がある。



 エミリーに危害を及ぼす奴らを俺は断じて許せない。


 俺の最愛の人なのだから。

 彼女に触れる奴を許さない。





 俺はベッドの置かれた部屋にそっと戻ってエミリーの様子を見ようとした。


 

「お父様のおかげです。番号は覚えておりました。マイデンの使用人は忠実でしたわ……」


 泣きながらエミリーが寝言を言っていた。



 マイデン?



 クラリッサの実家はマイデンだ。

 俺の心臓が早鐘のように打った。



 ハット子爵家のメイドのエミリーの台詞としては少々おかしい。マイデンの使用人がこの隠れ家の手入を続けていたということか?



 エミリーはマイデン家と繋がりがあるのかか?



 ハット子爵家のメイドだが、ハット子爵夫人となったクラリッサの実家と繋がっていてもおかしくはないのだが、何かがおかしい。



 不自然だ。



 何か重要なことを俺は見落としている気がするのだが……。


 それが何だか分からない。


 答えがすぐ目の前にあるような気がするのに、俺には分からない。



 俺はもやもやと頭の隅にある何かを突き詰めようと歩き回った。そして、高価なシガレットケースに再び目をやり、ハッとした。



 クラリッサの父親のマイデン氏のシガレットケースにそっくりだ!

 


 マイデン氏は確か既に亡くなっている。

 


 この隠れ家はマイデン氏が用意したものといういことか?


 だとしたら、隠れ家の暗証番号をメイドのエミリーが知っている?



 なぜ?

 『お父様のおかげで……』?



 この言葉の意味することは何だ?



 ミルクレープ!

 この世にまだ存在しないはずのケーキ!



 俺はクラリッサの言葉だけでクレープから連想して研究を重ねた。



 だが、誓ってもいい。

 こんなケーキはこの世に存在しなかったと思う。

 


 最初からエミリーはなぜこのミルクレープを知っていたんだ?


 マイデン家では当たり前に知っているものか?


 いや、違うはずだ。


 俺は18歳のあの時、エイドリアンにマイデン家の家政婦に聞いてもらったのだ。ミルクレープというお菓子は、マイデン家の使用人、キッチン頭、家政婦の誰一人知らないものだった。



 俺は泣きたくなった。

 ベッドに眠っているのは、一体誰だ?

 


 エミリーはなぜこれほどまでに、死んだクラリッサを彷彿させるんだ?


 ミソサザイが何かの付合のように付きまとうのはなぜだ?



 俺が愛する人にはミソサザイが付きまとうのか?


 それとも……?


 ミソサザイは、たった一人に付いているとしたら?



 俺は涙が止まらなくなった。


 俺が愛しているのは、たった一人で、エミリーがクラリッサだったとしたら……。



 俺の頭がおかしいのか?

 エミリーがクラリッサであるはずがないのに、そう思ってしまうなんて……。



 どうしたらいいのか分からず、俺はエミリーの手をそっと握り、つぶやいた。



「クラリッサ?」

「なあに?カイル」


 

 寝ているエミリーがつぶやくように囁いた。



 俺の胸の鼓動は心臓が止まるほど、跳ね上がった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ