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誰が敵か クラリッサSide

 私は今、カイル王子に手を引かれて、別荘の廊下を歩いている。



 どうしようもない甘いときめきを感じる。



 私の胸はドキドキしていた。ずっと好きだったカイル王子がこれほど自分を欲してくれることに、素直に女性としてときめきを感じていた。



 嬉しい……。

 信じられない幸せだわ……。



 彼は優しかった。昨晩、二度目に抱かれた時、ソファで私はふんわり押し倒された。彼に抱きしめられたとき、どうしようもなく幸せを感じた。



 素肌は、月明かりで彼にも見えたに違いない。彼は夢中で私を愛してくれた。彼はどこまでも優しくて、情熱的だった。私たちは無我夢中で互いを求め合ったのだ。



 エミリーとしては初めてだったから、体には違和感がある。



 でも、そんなことを気にしていられないほどの年月をかけた一途な愛が私の中に存在したのだ。




 私の父は縫製工場を世界に11箇所持っていた。口癖は、お前が本気でやればできないことはないというものだった。だが、私は花嫁学校を退学になり、すぐに本国のカイル王子に恋をしてしまった。父の仕事を学ぶ事を辞めて、失恋して実家に引きこもった。



 父と一緒に世界中の縫製工場を視察に回っていた少女時代は、父が私に何を期待していたのか、汲み取ることができなかった。だが、今なら少し分かる。長年の恋が成就した今は。



 父は私に夢を持って仕事に邁進することを期待していたのだ。私がデザイナーになりたかった夢は、カイル王子に夢中になった途端に私の中では忘れ去られた。どんなに父が落胆しただろうと思う。失恋した私は引きこもり、父が世界を昔のように旅しようと誘うのを断り続けた。



 その後、奇跡的に、私はカイル王子を見返してやろうと奮起することで外の世界に再び出た。だが、それは着飾り、フルタイムワーカーのように社交界で舞踏会に出席し、貴族の殿方を選ぶことに邁進しただけだ。父の仕事を学ぶ事をまたもおろそかにした。



 私の中で、カイル王子に「貴族でもない令嬢」と失恋する瞬間に言われた言葉が、心に深く刻まれていたのかもしれない。だから、結婚相手を選ぶ時に貴族にこだわったのかもしれない。私なりのリベンジだったのかもしれない。



 今私は、金持ちでもない、貴族でもない、ただの貧しいメイドになった。だが、私はカイル王子に愛されているようだ。



 ジーンを手伝って、各国の縫製工場の相談に乗ろう。私は父から経営に関する術を少女時代に教え込まれている。娘のジーンには授けることができなかった父からの教えをジーンに授けよう。



 そうよ、お父様は亡くなっている……。

 私も亡くなっている……。

 でも、エミリーとしてはジーンを支えられるわ。


 

 メイドのエミリーのような娘でも手にできる価格帯の服が大量生産できる時代を、私は前世で知っているのだ。


 どんな貧しい娘でも、ある程度頑張れば綺麗で手頃な服を楽しく手にできる時代が来るのを知っているのだ。ジーンにそこを目掛けて何をすれば良いのか教えよう。



 この日の朝、私の意識はカイル王子に恋をしたことで置き去りしてきたことに意識が初めて及んだのだ。



 お父様、不甲斐ない娘でごめんなさい。

 今ならお父様の気持ちがわかるわ……。



 貴族令嬢のイザベルは私と同じ気持ちかもしれない。カイル王子に激しい恋をしているのは間違いないだろう。



 私がカイル王子と一線を超えたと知ったら、パース子爵親子は私を排除しようとするだかもしれない。本気で私をどこかに追いやろうとするはずだ。



 カイル王子がイザベルに会うのはすごく嫌だ。だが、あの日、クラリッサだった自分が飲んだ毒について、誰が仕込んだのかを知りたい気持ちも強かった。





 窓の外に再びハーブ・ガーデンが見えた時、私は鳩のピーブスが窓脇に止まるのを見た。



「待って」



 どうしたのかしら?

 よくこの別荘が分かったわね!



 私は慌てて窓を少し開けて、鳩ピーブスが私に囁くのを聞いた。ハット子爵邸はこのカイル王子の別荘があるカントリー・ハウスからは距離が少しあるのだ。




「毒物に詳しい人を見つけた。オークスドン子爵邸の広大な森林を抜けていくと、湖があるだろう?その先に住むミドルライカー博士が非常に詳しいらしい。それから、カイル王子の叔父、国王の弟は、この街に何度もやってきているようだ。彼は身分を隠していると思われるよ。これは鳩仲間からの情報だ」



 私はうなずいた。


 ピーブスは飛び立った。ハット子爵邸に戻るのだろう。



 私は心にある確信めいたものが浮かんだ。



 父の縫製工場はインドにもある。そこで、カイル王子の叔父に会ったことがあった。大陸にある自宅で、私は母が父に話していた会話を覚えている。



「国王の弟のロジャーは、王座に未練があるかもしれないわ。クラリッサがカイルに近づくのをやめるようにそれとなく言われたのよ。クラリッサがカイルに夢中でデートをこっそり繰り返している時よ。あの時は黙っていたけれど」



 私が失恋した後に実家に引きこもっていた頃だ。偶然、父と母が会話していたのを聞いたことをふと思い出した。



 私の母は、大陸の自宅でまだ生きているはずだ。財産は娘であるクラリッサにほとんど遺産相続されて、私が死んだあと、娘のジーンに私の分は全て遺産相続された。



 私がそう遺言書を作成したからだ。



 父は母にも十分な蓄えを準備していた。私は父の葬式に大陸に戻った時のことを覚えている。ジーンはとても幼かったから、覚えていないはずだが。




「ロジャーは王座に未練がある」


 あの時、確かに母はそう言っていた。



 カイル王子に子供がいない今、王位継承権第2位は、叔父のロジャーになる。彼が辺境にこもっているという噂は真実ではないのかもしれない。鳩たちの情報網はばかにはできない。



 カイル王子の叔父のロジャー、パース子爵、エミリーのアル中の父親。この3人が繋がっていたとしたら?



 17歳の私がカイル王子に近づくのをやめるように叔父のロジャーが私の母に言ったとしたら、メイドの私がカイル王子の恋人になるのはどうなのだろう。もっと、ダメなのではないか。


 

 私は一瞬、ゾッとする寒気を感じて後ろを振り返った。



 私がカイル王子と一緒に居続ける事をよく思わない人がいる。



「エミリー、おいで」


 私の最愛の人は、煌めく瞳で私を優しく見つめて口づけをしてきた。



 今、一緒にいられる間は何もかも忘れてこの人の愛を受け取ろう……。


 

 3度目の愛の行為は、切なさも増して私は最高に幸せなひとときを過ごした。カイル王子の温かな胸の中に包まれて、果てしない喜びを感じた。






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