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何がクラリッサに起きたのか クラリッサSide

 支度を終えて廊下に出ると、従者のルーニーにばったり出会った。



「ちょうどお迎えに行くところでした。朝食の席にご案内します」



 彼はとても輝くような笑顔をもつ若者だ。



「ジュディスさんのことですが、一つ内緒で聞いてもよろしいでしょうか」



 彼は私をチラッと見て遠慮しがちな声で聞いた。



 あら?

 ジュディスのことが気になるのね?



「いいですわ」

「あの……ジュディスさんには……その恋人や……決まった方はいますでしょうか」 



 私はにこやかに微笑んだ。



「いえ、ジュディスにはいないはずよ」

「そうですかっ!?」



 私がキッパリと言うと、ルーニーは飛び上がって喜んだ。


 私は彼に好ましい印象を持った。



「もし、よろしければ、お店で何か小さな小物でも注文されたらいかがでしょうか。商売をするつもりではないのですが。ジュディスと話すきっかけにはなりますので」


「えぇ!そのつもりです!」



 彼は嬉しそうに笑った。



 ハット子爵邸では、使用人たちの恋愛は禁止はされていないが、間違いが起きないように注意深くメイドたちの毎月のナプキンが洗われているかをメイド頭のホエイマーさんが密かにチェックしていた。結婚するまでは貞操を守ることを推奨していたのだ。



 だが、私はどうだ。いとも簡単にカイル王子と一線を超えてしまった。クラリッサだった時は考えられないことだ。



 ウキウキした様子のルーニーに導かれて、廊下を歩いてダイニングルームに向かう間、私は心の中でクラリッサだった頃のことを考えていた。


 

 あの日、何が起きたのだろう?

 ミソサザイは何を語ったのだろう?



 廊下の窓の外にハーブ・ガーデンが見えた。私はふと立ち止まり、窓の外を見つめた。目の前の外の窓枠にミソサザイが降り立ち、私を見つめた。



 めまいを感じて私は目を閉じた。

 一瞬、真っ暗になった。



 賑やかな興奮した話し声とグラスを交わす音で私は目を開けた。



 爽やかな初夏の陽光の中で私は広大な庭園に貼られたテントのすぐそばに立っていた。着飾った紳士淑女が大勢いて、笑いながら話していた。テーブルには美しい花が飾られていて、食事の準備をしている給仕服を着ている者たちが忙しく立ち働いている。


 私は自分が美しいドレスを身につけているのを確認した。周りの広大な庭園に目を凝らす。


 ウィントー・パレス?

 ガーデン・パーティのようだ。


 ということは、エルローラ伯爵のウェディング・ブレックファーストの真っ最中だろうか。


 

 私はさっきまでカイル王子に招待された別荘にいたはずなのに、ガーデン・パーティの真っ只中にいた。

 


 多分、あの日に戻ってきたのだわっ!




 私は慌てて花嫁の姿を探そうと見渡した。


 そして、カイル王子の姿をテントの中に見つけて、飛び上がりそうになった。真っ白いウェディングドレスを着た花嫁と、幸せそうな花婿とカイル王子が談笑している。



 体が固まったように動くなった私の耳に、言葉が訛った鋭い声が飛び込んできた。



 何かしら?



 私はゆっくりと声が聞こえた方を振り返った。茂みの端に場違いなみすぼらしい服を着た男が立っているのを見つけた。その前に小さな9歳ぐらいの女の子がいた。



 女の子は明らかに体のサイズに合っていない上等なドレスを着ていた。履き慣れない靴のせいで足が痛いのかもしれない。しきりに、足元の靴をもじもじとのぞきこんでいた。



 女の子は赤毛で、ぽっちゃりとしていて、グリーンの瞳をしているた。打たれたのか、左の頬が赤く腫れて、グリーンの瞳から涙がにじんでいた。男が乱暴に前に女の子を押しやって指差した。



 男が指差した先には、カイル王子がいるテントがあった。



 男に支持されて、女の子はゆっくり歩き出した。今にも泣き出しそうだ。私の目の前を女の子が涙を目にいっぱいに溜めた表情のまま歩いて行った。手にはお酒のようなものが入ったグラスを持っていた。



 だが、談笑に夢中の大人たちは子供に気づいていない様子だ。きっと気づいているのは私だけだ。



 私は考えるより先に足が動いた。女の子の後をさりげなく追ったのだ。テントの中に入った女の子は、カイル王子が笑って話している手のすぐそばにグラスを置いた。


 そして、すでにそこにあったグラスを持って、踵を返して戻っていった。そばにいた給仕の者にそのグラスを渡して、女の子はテントを出た。



 次の瞬間、私はカイル王子が手をグラスに伸ばしたのを見た。


 グラスに手が触れそうだ。私の足は勝手に駆け寄るようにグラスが置かれたテーブルに近寄り、一瞬でそのグラスを奪った。



 カイル王子がハッとして振り返り、私の顔を見た。彼の青い瞳が心底驚いた様子で私を見つめた。



 その瞬間、私は無我夢中でグラスを一気飲みしてしまった。



 なんてことっ!?

 私、何しているの?


 

「元気でね」



 私はそれだけカイル王子に言って、テントをふらふらと歩いて戻った。飲んだ状況では何も感じない。強めのお酒を一気に飲んだようで、自分が死ぬようには思えない。



 そのまま、一気に酔いが回った足取りで、ふらふらとウィントー・パレスから逃れようと歩き続けた。




 気づくと目の前にミソサザイの姿が見えた。



 私はいまだにカイル王子の別荘にいて、廊下の窓の外に広がるハーブ・ガーデンを見つめていた。



 分かったわ!

 エミリーと私の関係が分かったわ!



 あれはエミリーのアル中の父親の可能性があるわ。


 彼女は父親に脅されて、ぶたれて子供ながらに意味も分からずにグラスを運んだんだわ。


 子供の彼女に誰も気にも止めなかったわ。


 グラスのお酒は飲んだ瞬間、強いお酒という以外に変な味はしなかった。



 ルーニーに促されて、私はそのまま廊下を歩き続けて、ダイニング・ルームに向かった。そこではカイル王子が私の朝食を用意して待っていてくれた。


 

 彼は輝くような笑顔で私を見つめた。



「エミリー」



 彼は私を抱きしめて、口付けをしてくれた。



「君の所作はなぜそんなに完璧なんだ?ドレスの着こなしも一流だ。素晴らしいよ、エミリー」



 彼は私にそっとささやいた。



 どうやら、彼はミルクレープを作っていてくれていたようだ。抱きしめられた時に、甘いクレープの香りが彼からふわっと漂った。



 私の心に締め付けられるような思いが溢れて、思わず彼を強く抱きしめ返した。



 心が震える。

 涙が溢れて、唇が震える。



 彼の命を奪おうとしたのは誰か。

 子供のエミリーを使おうとしたのは誰か。




 彼の暗殺計画は完璧だった。


 私がミソサザイから情報を得ていなければ、誰も気づかなかったはずだ。カイル王子は心臓麻痺で亡くなっていたはずだ。



 私は自分から口付けを返した。



「エミリー?どうしたの?」



 彼は少しもらい泣きしたような顔で、私の顔をのぞき込んだ。私の運命は、どうやらカイル王子を守ろうとして変わっていくようだ。今は奇跡のように幸せだ。



「愛しているわ、カイル」


 

 私はそれだけを囁いて涙を拭った。


 私は朝食の席にもう一人いることに気づいた。それがカーダイアというスパイであることは、その後にカイル王子から紹介されて分かった。



 彼がイザベルから聞き出した情報により、昨晩遅くにカイル王子が私が身代わりで亡くなった事を知ったのだと分かったのだ。





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