悟ったカイル クラリッサSide
夜中、私は目をあけた。誰かの泣き声がした気がしたのだ。
ここはどこ?
あぁ、カイル王子の別荘だわ。
私は別荘のカントリーハウスに招待されて、そこで一線を超えたことを思い出した。とても幸せだった。
それなのに、隣で眠る誰かは泣いている。私は身動きをせず、天井を見つめていた。
きっとカイル王子だ。
彼はなぜ泣いているの?
「おぉ、クラリッサ……なんで……なんで……なんで黙ってそんなことを……」
うめき声のような声がカイル王子から漏れ出て、微かにそう聞こえた。
私は固まった。
今、クラリッサと言ったの?
カイル王子は私の名前を呼んで泣いているの?
私は身動きもせず、天井を見つめたまま、カイル王子の気配を感じていた。
「俺のために一体なぜそんなことを?君に今すぐに会いたい……おぉ……なんてばかなことを……クラリッサ」
私はなぜだか、カイル王子が真実に辿り着いたことを悟った。
私の天井を見つめる頬には静かに涙が伝った。胸が痛くて、心臓が潰れそうになり、私の中に残るクラリッサが苦しくて苦しくてもがいた。
でも、私はじっと黙って天井を見上げて目をつぶった。とめどもなく涙が溢れてきた。体が嗚咽で震えるのを必死で止めようとした。
「クラリッサ……君は死ぬべきじゃなかったんだ……」
カイル王子は泣きながらそうつぶやいていた。そっとベッドを滑り降りた彼が、よろよろとドア続きの隣の部屋に抜け出て行ったのを感じた。
私は涙を拭ってそっと後を追った。
ただただ、カイル王子が心配だった。
ドアをそっと開けると、彼が書斎の片隅のカウチの上に背中を丸めてうずくまっているのを見つけた。
泣いているの?
私はそっと近づいた。
美しい夜空が照らす窓辺に置かれたカウチの片隅で彼は泣いていた。
空には美しい黄金色の三ケ月が上り、金色に輝く星や銀色に輝く星が見えた。
彼の横顔は涙に濡れて、ブロンドの髪の毛は無造作に乱れている。それなのに、彼はとても美しかった。胸が締め付けられるような思いで、私はそっと彼に近づいた。
「カイル?」
彼がハッとして私を見つめた。私に気づいた彼は慌てて涙を拭った。
「エミリー。ごめん。起こしてしまったね……」
「いいのよ。そのままで」
私はカイル王子に駆け寄り、ふわりと抱きしめた。彼の顔が私の胸のあたりにある。でも構わなかった。
私はカイル王子を慰めたかった。クラリッサの私はここにいると言いたい。
でも言えない。
あなたを守って死んだかもしれないけれど、あなたのそばにいて、あなたに抱いてもらえて今は幸せなの。
そう言えたら、どんなにいいことか。
「お願いがあるの」
「明日、もう一度あなたの作ったミルクレープが食べたいの。わがままかしら?」
彼は泣きながら、「いいよ」とうなずいた。
「ほら、見て。月も星もあんなに綺麗」
私は涙に濡れたカイル王子の顔を両手で抱くように持ち上げた。そっと口付けをして窓の外の空に彼の視線を向けた。
「本当だ」
「愛しているわ。カイル。泣かないで。私がそばについているから。あなたを守るから」
私はそうささやいて彼を抱きしめた。
「エミリー、守ってくれなくていいよ。俺が守るから」
「愛している。大好きな人を守れて死ねたのなら、それはそれで幸せなのよ」
私はそっと言った。彼は私の顔をハッとしたように見つめて、泣き崩れた。
「いいの。いいの」
私はその背中を優しくとんとんとあやすように叩きながら、抱きしめていた。
私たちは熱い口付けを交わした。私は彼を誘った。彼は私を抱いた。
真実を知ったならば、彼の心が潰れるような気がしたからだ。私たちはその夜、抱き合って二度目の眠りについた。
なぜ彼が知ってしまったのかを、明日聞こう。私はそう思いながら眠りについた。
朝が来ると、何もかもが一転した。
私は王子の恋人として確固たる既成事実を作ってしまったのだ。かつて、誰もカイル王子とそんな関係になった者はいないと彼がベッドの中で私に告白したのだ。
「君が初めてなんだ、本当だ」
彼のブルーの瞳は私を見つめていて、シーツの中で、彼は真実を語っていたと思う。
彼は身代わりになって亡くなったクラリッサの事を思って泣き崩れていたカイル王子とは別人のように爽やかな笑顔をしていた。
「昨晩のことですが、私に全てを話していただけますか」
私がシーツの中で彼にお願いした。
「朝食の席で、話そう」
彼はそう言ってうなずいた。素早く身支度をした彼は、私のために用意されたという部屋に連れて行ってくれた。ドレスから、化粧品から、下着まで全てが新品のものが用意されていて、私は驚いた。
「君のものだ。エミリー、朝食の準備をしているから、支度ができたらおいで」
彼はそう言って、私を部屋に残して姿を消した。この屋敷には従者のルーニーも一緒にきたはずだ。他の何人かの従者もだ。この別荘には料理人もメイドもいたはずだ。
私はカイル王子自らが朝食の準備をすることに驚いたが、嬉しく思いながら身支度を整えた。
まるでクラリッサに戻ったかのようだった。贅沢な品を身に纏うことは、ひとときの幸せな気分を私に味わせてくれたのだ。




