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誰が守ってくれたのか カイル王子Side

 ドアをノックする音で目が覚めた。

 ルーニーだろう。


 気づくと、深夜になってしまったようだ。



「お休みのところ申し訳ございません」



  俺は目を開けた。

 エミリーは寝ている。


 暗闇の中で、ゆっくりとベッドから降りて、ガウンを引っ掛けてドアまで行って扉を開けた。



「何かあったのか?」

「カーダイアが来ています。急ぎの用事だと言っています。直接話したいとここまで来たようです」



 今晩、俺がこの別荘にいることを知っている人間は限られている。カーダイアはそのうちの一人だ。


 俺はすぐに部屋を出て、ルーニーに念の為に扉の前にいてくれるようにお願いして、すぐにシッティング・ルームに向かった。図書室を兼ねた団欒の部屋だ。広々としているが、居心地がいい部屋だ。今日は肌寒いので、そこには暖炉に火が入っていた。



 ソファに沈み込むようにしている顔色が真っ青なカーダイアを見つけた時は、俺は内心どきりとした。


 彼はいつもの快活な雰囲気がまるで見られなかった。ソファに沈み込んでいた彼は俺の姿を見ると、唇を噛み締めて一瞬心配そうな眼差しで俺を見た。



 いつもかき上げられている褐色の髪は無造作に垂れさがっていて、カーダイアの綺麗な瞳をところどころ隠している。



 なんだ?

 何が起きたんだ?



「どうしたんだ、カーダイア。こんな時間にこんなところまで。何が起きた?」


「10年前、ハット・クラリッサ子爵夫人が亡くなった日のことを覚えているか?」


 俺は急にカーダイアからクラリッサの名前が飛び出して、心臓の鼓動が高まった。



 なぜ?

 さっき、エミリーもベッドの中でクラリッサの亡くなった日のことを聞いてきた……。


 二人ともなんなんだ。



「……覚えている。クラリッサがどうかしたのか?」


 俺の声は掠れていた。



「とても大事なことなんだ。あの日、カイル王子は亡くなったクラリッサ夫人にあったのか?」


 カーダイアは真剣な眼差しで俺を見ている。



「あぁ、ウィントー・パレスの広大な庭園で行われたパーティで会った。エロルーラ伯爵の結婚披露宴だ。ほんの一瞬だが彼女に会ったよ」



 カーダイアの瞳は悲しげだ。



「ウェディング・ブレックファーストがガーデン・パーティ形式で行われていて、俺が飲もうとしたお酒のグラスを彼女がいきなり奪ったんだ。クラリッサはグラスのお酒を一気に飲み干した。そんなことをする人じゃないから、びっくりした」



 カーダイアは頭を抱えた。



「それで?」

「その後、クラリッサは『元気でね』と俺に笑いかけて、フラフラとパーティ会場を後にしたんだ。それが彼女を見た最後だ。俺が彼女に別れを告げて以来、彼女と話したのは舞踏会で俺のお菓子を彼女に上げた時の1回だけだった。何年も話していないのに、久しぶりに彼女に話しかけられたのがその時だった。彼女がその後亡くなるなんて、思いもしなかった」



 カーダイアは俺の顔を悲しそうに見つめた。



 なんだ?

 どういうことだ?



「その日、ウィントー・パレスでその後カイル王子は何か飲んだか?」



 俺はその質問で黙り込んだ。

 

 あの日は、いきなり恋焦がれた人が俺のグラスを奪って飲んだから、心臓がドキドキしてしまってウロウロとあたりのテントを歩き回った。

 


 俺はその後、何を飲んだ?


 

「水だ。あの日、クラリッサの行動にドキドキしてしまってお酒どころじゃなくなった。だから、近くのテントで子供たちが飲んでいた水差しから自分でそこにあったグラスに水に注いで飲んだ。あの日は、あの後は基本的に俺は子供達のそばにいたんだ。だから、飲んでいたのは水だけで、子供達と一緒に水差しから水を飲んでいたと思う」



 俺は思い出しながら、ゆっくりと答えた。あのガーデン・パーティは、珍しく子供たちも参加できた開放的なパーティだった。父の妹、つまり叔母の息子であるエロルーラ伯爵は俺の従兄弟にあたる。彼のブレックファースト・ウェディングには、俺の従兄弟たちの子供たちが皆来ていた。



「わかった。君はそれで救われたんだ」


 は?

 何がだ?



 俺はカーダイアの顔をじっと見つめた。



「クラリッサ夫人は、カイル王子を救うためにグラスのお酒を飲んだんだと思う。あの日、エルローラ伯爵のウェディング・ブレックファーストでは、君の暗殺が仕組まれていた。毒殺だ。これは俺の推測だが、クラリッサ夫人は君がそのグラスを飲もうとしたから、身をもって止めたんだと思う。そして、クラリッサ夫人は君の代わりにその日のうちに亡くなった」


「なんだって!?」



 俺は思いもよらない話に、衝撃を受けてそばにあったソファに座り込んだ。


 あの日、彼女は突然俺の横に現れて、俺のグラスを奪って、お酒を飲み干した。俺に笑って、『元気でね』とささやいて、フラフラと披露宴会場の庭園を出て行った。



 俺のグラスをなぜ彼女が奪ったんだ……。



「そんな……なぜ?クラリッサ……」

 


 俺は嗚咽が込み上げてきて、自分の胸が締め付けられて涙が溢れてくるのを抑えきれなかった。



 そんなバカな。

 そんなことをする必要があったのか?



「もしかすると、クラリッサ夫人はそこまでの劇薬が仕込まれているとは思っていなかったのかもしれない。だから、自分が死ぬ間際まで、自分が死ぬとは悟らなかった可能性があるが……」



 俺の泣き崩れる耳にカーダイアの声が虚しく聞こえた。



「カーダイア、なぜ今そんなことを知った?なぜクラリッサの事がわかったんだ?」



 俺は泣きながら聞いた。


 カーダイアは唇を噛み締めた。彼の目は俺を見つめて青ざめていた。



「イザベル・トスチャーナだ」



 俺は目を見開いた。



「罠に嵌められて魔物に襲われそうになった俺たちを救ってくれただろ?彼女の動機を探ろうとなっただろ?」



 俺は黙ってうなずいた。イザベルの動機を確認しなければならないと、確かに俺たちは話していた。




「イザベルも、あの10年前のウィントー・パレスで行われたエルローラ伯爵のウェディング・ブレックファーストの会場にいたんだ。パース子爵の令嬢として、君が子供たちが遊んでいるテントで水差しから水を飲んでいたその近くで、当時9歳だった彼女は遊んでいたんだ」



 俺は記憶を遡った。

 青い瞳のダークブロンドの巻毛の女の子?

 


「いたような気もするが、よく覚えていない」



 俺は正直に言った。カーダイアは頷く。



「そう。当時28歳のカイル王子からすると、子供達のうちの一人にしか思わないはずだ。だが、イザベルの方はよく覚えていたんだ。子供心に陰謀が仕掛けられていると気づいていて、彼女が見ている側でハット子爵夫人が君のグラスを奪って飲んで、笑っていたことを覚えていた。酔った人みたいにクラリッサ夫人がフラフラ歩いてその場を去るのを、君が真っ赤な顔をして見つめていたと、彼女は告白した。ハット子爵夫人が君を命をかけて守った現場にいて、誰にもそのことを告白できず苦しかった、らしい」 



 俺は雷に打たれたような衝撃を受けて黙り込んだ。


 クラリッサは俺を守って身代わりに死んだのか?



「どうやら、カイル王子、君は愛されていたようだ」



 俺は泣き崩れた。



「イザベルも、カイル王子への暗殺計画をなぜクラリッサが知ったのかは分からないようだ。彼女がその暗殺計画に気付いた経緯も聞いた。10年前、パース子爵の地下室に出入している男がいたらしい。彼女は遊んでいて偶然、耳にした言葉から君の暗殺を推理したようだ」

  


 俺は呆然とカーダイアの言葉を聞いた。


 

「イザベルは、父親のパース子爵が陰謀に絡んでいると思っているそうだ。イザベルとしては、まだ確信がないらしいが」


 

 俺は頭の中がぐちゃぐちゃになった。



「おぉ、クラリッサ……」



 一人で身代わりになって死んでしまったなんて……。



 彼女を守れなかったこと、彼女に守れらたこと、そんなことも知らずに今まで生きてきたこと。


 なぜそんなことが許される?



 胸が痛くて、自分が情けなくて、クラリッサにどうしても会いたくてたまらなかった。




「今日はここに泊まって行ってくれ。遅い時間に知らせてくれてありがとう。俺にとってはとても重要なことだった。俺がクラリッサを愛しているのを知っていたのは、ほんの数人なんだ。犯人たちには俺とクラリッサの関係は悟られていないんだな?」



 俺はカーダイアに念押しで聞いた。



「あぁ、イザベルだけが気付いたんだと思う。クラリッサ夫人はハット子爵と愛し合っていた。娘のジーンも生まれていて、カイル王子とクラリッサ夫人を結びつける要素がなかった。だから、ただの偶然だと思われたようだ」



 俺はうなずいた。俺とクラリッサを結びつけるのは、父とエイドリアンぐらいだ。カーダイアも知ってはいる。エミリーにも告白したが。



 おぉ、エミリー。

 俺は彼女を今一人にすべきではない。


 彼女とは特別な関係になったのだから。



「カーダイア、ここを出て右側の廊下の突き当たりが客室だ。使える準備ができているからそこに泊まってくれ」



 俺はそう言うと静かに寝室に戻った。



 何もかもが虚しい。



 寝室の扉の前ではルーニーが待っていた。



「ルーニー、ありがとう。もう寝ていい」



 俺はそういうと、部屋に入った。ベッドの中ではエミリーが穏やかに寝ていた。俺は起こさないように、そっとベッドに潜り込もうとしたが、思い直して部屋の扉の鍵を閉めた。



 明日の朝はゆっくりと2人だけで過ごしたいと思ったから。




 目を瞑ると、クラリッサの顔が浮かんで涙が止まらなかった。


 その夜、俺は声を殺して泣いた。クラリッサに会いたくてたまらなかった。


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