危険な令嬢 カイル王子Side (2)
俺は懸命に応戦してなんとか無傷でい続けた。カーダイアも流石の身のこなしで華麗に敵を倒している。銃を使うのはやめた。男たちの誰も持っていなそうだったから。
だが、急にうなり声がして大きな巨体が闇に浮かび上がった。
え!?
でかい!
これに勝てる……?
やはり、昼間の北の魔物の森で暴れる者を制圧したことが、敵の怒りを勝ってしまい、腹いせに魔物に襲わせようとしているのだろうか。
エミリー。
クラリッサではなく、またエミリーの名前が心に浮かんだ。
よし、初恋拗らせは脱したかもしれない。
その時大きく宙を舞って俺に飛びかかってきた、熊のような魔物の姿が月明かりに見えた。
「カイル!」
カーダイアの鋭い声が空気を切り裂いた。
俺は今、絶対絶命だろうか。
今日、ファーストキスをしたのに、エミリーに舞踏会の衣装を仕立ててもらえることになったのに、エミリーにお菓子を食べてもらえることになったのに。
ようやく結婚しようと決意を固めたのに……。
俺は銃を構えた。飛びかかってくる巨体に狙いを定める。
そこに飛び込んで来たのは、イザベルだった。
彼女は俺の銃を叩き落として、飛びかかってくる黒い巨体に弓を放った。とっさのことで、俺は呆然として一瞬怯んだ。そこに足元に突進してくる黒い影を見て、剣で追い払った。
「罠です、カイル王子。今日はお引き取りいただいた方が良いと思います。銃声で蜂の巣を突いたように獣が飛びかかってくるはずです」
イザベルは肩で息をしながら、私に小さな声で囁いた。
「助けてくれたのか?」
俺は思わずイザベルに聞いた。イザベルは俺を振り返って、人差し指を唇に当てた。
そうか。
どこかで聞かれているリスクがあるのか。
「メイドに負けるつもりはありません。私はパース子爵の娘ですわ、カイル王子。あらゆる面であなたのそばにふさわしいのは私ですから。今日はお逃げください」
俺はカーダイアと目配せをした。
今日は退散するとしよう。敵の罠であれば、わざわざ罠にかかりに行くべきではない。
俺はイザベルの腕をつかんでささやいた。
「君も一緒に行こう」
イザベルは驚いた表情をしたか、なんとも言えない嬉しそうな表情を一瞬した。
俺たちはニールが待つ馬車まで戻った。
「えっ!なぜ、パース子爵のご令嬢がご一緒なのです?」
ニールは俺が連れてきたイザベルに驚いたが、だが俺は無言でイザベルを馬車の中に座らせて、そのまま急ぎ馬車を宮殿に戻らせた。午前中に宮殿で会った時のピンクのドレスではなく、彼女は黒づくめで男性の服装をしていた。
「君はどっちの味方なんだ?」
馬車の中で俺は彼女に確認した。エミリーと付き合うことになったというのは、俺の仲間以外には誰にも言えない秘密にしておかなければならない。特にイザベルに言うのは問題がある。エミリーに危害を加えられる可能性があるからり
俺の思い過ごしであれば良いと思うが、イザベルは俺との未来を思い描いているように感じる時がある。
俺が未来を思い描くのは、エミリーだ。ただ、それは内緒にしておかなければ、エミリーの身が危ないはずだ。
真っ暗な夜道をひたすら宮殿まで戻った。途中、道脇に潜んで待っていてくれた騎兵隊と第3火闘部隊が素早く警護を始めた。
魔物が襲いかかってくるならば、第3火闘部隊が守ってくれるだろう。
イザベルは青い目に厳しい光を宿して、馬車の外の景色を窓から見つめていた。
「私はカイル王子の味方ですわ。これは本当です。ですが、王子を守るためには敵に同化しているように見せる必要があります。今日も敵の情報を知っている私だからこそ、お守りできました」
イザベルの言葉に、俺たちは無言になった。
信じて良いのか、分からない。
表向きは、国政上の超有力者であるパース子爵のお嬢様であるイザベルは、裏社会の影のリーダーと繋がっているという2面性がある。彼女の本心は分からない。父親と自分の恋するカイル王子の間で揺れ動き、バランスを取っている。今日はカイル王子の味方をしてくれた。美人でこんな忠誠心のある令嬢なんて、そうそういない。
だが、カイル王子にその気はなし。ひたすらエミリー一直線!




