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危険な令嬢 カイル王子Side(1)

 エミリーをハット子爵邸まで送り届けた後、俺はいくつか仕事を片付けてスパイの伝言された通りに待ち合わせ場所に出向いていた。


 紺碧の海を見下ろす鷹の巣村の外れまで来ていた。螺旋階段に続く坂道や階段を登ってここまでやってきたのだ。辺りは真っ暗で、昼間は青々と見える海が真っ黒で、海岸に打ち寄せる波が遠くに聞こえている。


 

 人影がさっと現れた。腰を低くして俺の様子を伺っている。



「カーダイア、遅れて悪い」



 俺は人影に謝った。辺りは既に暗くなっているので、人影の顔までは分からない。


 辺りを素早く見渡すが、通りに他の人影は見えない。



 訓練場で時間を費やし過ぎたかもしれない。もっと早く来るべきだったんだ。



 近衛兵たちの訓練を少し見て、第3火闘部隊の様子をチェックしたかった。今日は特別な待ち合わせだったのに、遅れたのは間違いだったと俺は思い直した。


 従者のニールは崖下の少し離れた場所で馬車と共に俺を待っている。



 カーダイアは怒ってるのか……?



 影が少しも動かないので焦った。


 この黒い人影はカーダイアではない?

 だとすると……もっと距離を取らねば。

 


 俺は後ろに後ずさった。



 カーダイアは俺のスパイだ。一国の王子が依頼するスパイ業務は、国家機密か生死を問われるような任務内容ばかり。彼は32歳で優秀だった。



 うん?

 なぜ、動かない?

 カーダイア?



 俺が焦って目を凝らすと、ヒクヒク肩が震えているのが見えた。



「カイル王子、ファーストキスなんだって?」



 半笑いのカーダイアの声だ。



「誰に聞いた?」



 俺はイラっとして聞き返した。間違いなくカーダイア本人だ。



「そう.ファーストキスだ!38歳でようやくだが、それがどうかしたか?」



 俺はムッとしたが、開き直った。せいぜい皆でおちょくれば良い。

 


「あれだけモテモテなのに、ファーストキスもまだだったとはギャップあり過ぎだ。それはそうと、今日の北の魔物の森の制圧がうまく行ったのは、彼女のおかげだという話は本当か?」


「そうだ。彼女のおかげだ。ちなみにお付き合いすることになったので」



 俺は少し誇らしげにカーダイアに胸を張って言った。俺にとっては人生初の展開で、実に嬉しいことだ。



「ふーん、良かった。でもやっと辿り着けた幸せに舞い上がっている場合じゃないぞ。今日はあの男に会う」



 カーダイアは立ち上がり、鋭い目つきで俺のことをジロッと見た。見事に暗闇に埋もれる黒い服装だ。



 確かに舞い上がっている場合じゃない……。



 どこにでもいそうな褐色の髪、これと言って特徴のない様子だが、よく見れば綺麗な顔をしている。カーダイアはそんな男だった。


 あまり印象に残らないのに整った顔立ちで、スタイルもほっそりとしていて筋肉質な体をしている。人混みの中でも目立たないものの、いざとなると思い寄らない大立ち回りができる。運動神経もよく、武術の面でも頭脳の面でも優秀な男だ。



 カーダイアは酒も強い。

 彼に付き合って飲んだら身がもたない。俺は立場上、酔わないことに決めているが、カーダイアの場合はどこまでもザルのように飲めた。



「エミリーさんはメイドだが、カイル王子との結婚を夢見る令嬢やその家族や親戚の貴族の面々は、彼女の存在を許すかな?」



 すっとカーダイアが近寄ってきて、ぼそっと囁いた。



「それがどうした?」



 ガーダイアが俺に言いたいことは分かっている癖に、俺はとぼけた。カーダイアは俺の周りを歩きながら、綺麗な顔を恐ろしいほど笑顔にして言った。



「ご令嬢たちは許さないでしょうねぇ。狙っている独身貴族の権化のような王子が、いきなりメイドと初めての恋とは。エミリーさんの身に危険が及ぶのでは?」



 俺は図星のところを突かれて、グッと言葉を飲み込んだ。ゆっくりと言葉を選ぶ。



「まだ知られていない。カーダイアの耳に入れたのは、ニールだろう?面白半分にあれこれ吹聴するつもりか?笑いたいだけなら、そっとしておいてくれないか。エミリーの身に危険が及ばないように、しっかりと手を打つもりだ」



 ニールのやつ、勝手に俺の恋の情報をカーダイアに連携してくれるなと内心焦った。



 恐ろしく素早い情報網……。

 俺がエミリーに口付けをした瞬間は、あの部屋にはエミリーと俺しかいなかったはずなのに。



「その手を打つというのは、結婚するということ?」



 俺はカーダイアに案内されながら、歩いていたが、その言葉にハッとして足を止めた。



 なんで分かる?

 そんなに分かりやすい思考回路だろうか。


 メイドと王子が結婚するなんて王道だろうか?


 いや、正気で俺が考えているとカーダイアが読み当てることが恐ろしい。



「そうだ」



 俺は何を当たり前のことを聞いて、といった態度で平然と答えた。カーダイアは俺のスパイだ。ならば、知っておくべきことだ。



「おぉ、反対されるほど恋は燃え上がるねぇ。38歳でまさかメイドと結婚するとは、王国の民の誰も思わないから」

 


 俺はそれ以上言わせなかった。カーダイアの口を塞いだ。


 カーダイアも気づいて、すっと黙った。



 罠かなのか?

 嵌められた?



 俺はカーダイアに目配せした。


 俺とカーダイアの周囲に何かの気配を感じる。人間ではなさそうだ。



 前回の処刑ルートでは、この経験はなかった。そもそも、処刑されなければ裏社会のリーダーと会おうともしなかったはずだ。



 初恋を拗らせてまくってまずい状況だった俺が、38歳にしてようやく前に進めようとなった。その途端にこれ危ない目に遭うなんてなんと人生は皮肉なことだろう。



 エミリー。



 クラリッサではなく、咄嗟にエミリーの顔と名前が頭に浮かんだ。


 ここでやられたら、女性と決定的なことが何もできずに38歳で死んだ王子として歴史に名を刻むのではないか。


 お菓子作りが大好きで、王政には疎い間抜けな王子としてだ。

 


 カーダイアと俺は背中合わせに立った。腰ベルトから銃を抜いた。左手では剣を抜いた。どちらの武器を使うかは、何の魔物かによる。


 最初に飛びかかってきたのは、男たちだった。激しい乱闘になった。


 英気に乏しいと噂される俺は、騎兵隊と武術の訓練に明け暮れていることもあり、あまり知られていないことだが武術は得意な方だ。


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