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国王陛下へ クラリッサSide

 型紙を使う仕立て職人が現れたのも19世紀だ。ジーンのお店にはまだない。それを作れば、色違い、アクセント違いで、同じパターンの服を揃えられる。


 私はぼんやり頭の隅でそんなことを考えていた。ミシンができたので、中産階級の婦人も工場で大量生産されたスカートを買える時代だ。ただ、ボディ部分の型紙はまだない。


 まず、カイル王子用の型紙を作ってしまえば、色違いで色々作れるかしら?



 私がデザインについて話し始めたところで、生垣の向こうから、若い従者が急いでこちらにやってくる姿が見えた。カイル王子に急用があるようだ。私が視線をそちらに向けると、カイル王子も一緒に振り向き、さっと立ち上がった。



 従者は興奮気味に小声で報告した。



「うまく行ったそうです!」

「やはりそうか。分かった。国王にも報告をしてほしい」



 カイル王子は嬉しそうに力強い言葉でハキハキと話している。


 さっと踵を返すようにして、若い従者が去った後、カイル王子は私を不思議そうに見つめた。



「あなたが言った通りにしたら、北の魔物の森で暴れる者を制圧できたそうだ。今回の制圧は非常に素早かったそうだ」


「良かったですわ」



 私はホッとした。だが、次の瞬間に起きた事には驚愕した。


 私の手をそっと握り、カイル王子は恭しく手にキスをしたのだ。



 えっ!?

 クラリッサの時にもされたことがなかったのに。



「ありがとう!本当にありがとう、エミリーのおかげだ」



 私は彼が大きな喜びを抱いているような様子に、心打たれた。


 そんなに嬉しいことだったのですね。


 カイル王子にとってはとても大事なことであるのは間違いない。昔の、まだ17歳だった当時は、王子の肩に降りかかる大きなプレッシャーを理解していなかったのだ。


 私はキスをされた手が赤く荒れていることに恐縮した。



「手が荒れていて、申し訳ございません」

「何を言う……あなたの全てはとても美しい。でも良かったら、クリームをあげよう」


 カイル王子はそうささやき、ポケットから陶器の小さなハンドクリームのケースの入った箱を出した。



 それは、17歳の私がカイル王子に教えてあげたものだ。大陸製のお気にいりのハンドクリームだった。こんな風にカイル王子から渡されると、不思議に感慨深いものがあった。


 

「ありがとうございます!」



 私は思わず嬉しくて、恐縮することも忘れて受け取った。今は朝から洗濯仕事が必ずあるのだ。これほどありがたい贈り物はないと思った。



「良かった。君へのお礼はこんなものでは済まないと思っている。でも、どうして、さっき事件のことが分かったのかな?」



 私はカイル王子の質問に思わず動揺した。

 

 本当のことを教えて良いのだろうか。

 遠く記憶を探ってみても、クラリッサの頃の私は王子に自分の魔力のことを打ち明けなかったはずだ。



 ならば、メイドのエミリーとしては、本当のことを教えても大丈夫かもしれない。



「あの……コマドリが教えてくれたのです……」



 カイル王子はその言葉に、さっきのコマドリが止まっていた木を見上げた。紅葉する葉の間に、さっきまで姿の見えていたコマドリの姿はもうなかった。



「コマドリ?君は動物の声が聞けるのか?」



 カイル王子の声はうわずった。驚いている様子だ。私は静かにうなずいた。



「私の力は秘密でございます。私はデザイナーになりたいのであって、魔女や占い師になりたいわけではございませんので、普段は内緒にしております」 



 私は正直な気持ちを打ち明けた。



「エミリー、これで大手を振って、君を僕のそばにいてもらうことができるかもしれない」

 


 カイル王子は良いことを思いついたと天を仰いで笑った。実に嬉しそうだ。どこか得意そうでもある。



「王国の危機に瀕する事件を君は解決した手腕がある。これは国王にも報告される。あなたの知恵と力は、宮廷衣装に限らない僕の衣装の全てのデザイナーとして、僕があなたに会う理由の裏付けになる。国王としては、あなたと僕が会うことを認めざるを得ない」



 王子の煌めく瞳が私をとらえた。

 


 私がカイル王子のおそばにいる?

 デザイナーとして……? 



 私は心が震えた。そばにいられるのは本当に嬉しい。


 傷つくことが見えていたとしても、今はそばにいたいと思った。私はカイル王子のことが好きだから。


 頬が期待で火照る。


 私が17歳でフラれたことにこだわっているからカイル王子のことが気になるのだろうか。


 いや、執着ではこれほど心がときめかないと思う。

 


「あなたの力は国王以外には内緒にしよう。ただ、国王には会ってもらう」



 私はとんでもないことになったと思って青ざめた。


 17歳でフラれた時は、国王にも至近距離で会っていない。ひたすら遠目で眺めただけだ。



「国王に……?」


「そうだ。私のデザイナーなのだし、今日の北の魔物の森事件を制圧できた立役者は、エミリーなのだから」

 


 私は圧倒される思で、体が震えた。

 とんでもないことになった。 


 貧しいメイドが国王陛下にお会いするなんて、あり得ないことだ。ジーンが衣装を見立てて貸してくれたことに感謝した。

 

 今日の私は恥ずかしくない格好をしている。

 


 だが、宮殿内を移動する時、パース子爵がねめつけるようにカイル王子の後ろを歩く私を見ていたことに私は気づいていた。


 身がすくむ思いをした。


 親子共々、カイル王子のそばに近づく女性に警戒しているようだ。


 彼の全身から「邪魔者はお前だ」と言われているように感じた。



 メイドの分際で私は何をしているのだろう?



 政略結婚すら実現せず、18歳からこのかた38歳になるまでカイル王子が独身なのだ。周りが花嫁候補を巡って熾烈な争いをしているはずだ。



 私は愚かなクラリッサのままなのだろうか。


 エミリーになってもカイル王子の周りを飛び回るなんて。

 


 あわよくば、「つまらない」と言った言葉を前言撤回させることができるとでも?



 もし、クラリッサのことをどう思っていたのか、もう一度聞けたら、私は諦めることができるのだろうか。


 どうだろう……。



 邪魔者として、パース子爵に認識されたような貧しいメイドとしては、カイル王子から離れた方がいいのかもしれなかった。

 

  


諦めることなんてできないと思う。だって運命の相手だから。でも、クラリッサは自分の身分を悲観してしまう。

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