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王子とイザベル クリッサSide

 私の記憶からすると、彼はこんなに輝く瞳で人を見つめる人ではなかったと思う。


 18歳の彼からすれば、はるかに大人になっていて、でもどこか18歳の頃のカイル王子の面影が残っていた。



 あぁ、とても好きだ。

 どうしよう……?

 この気持ちを抑え込まなければ。



 「エミリー!」と呼ばれてエスコートされた時、胸がドキドキして、お腹の奥から湧き上がるような、宙に浮いているような、心がときめくのを感じた。


 でも……。

 もしかして!?

 今のカイル王子は、いつもこういう風に他の若いメイドにも良くしてくださるの?


 そんな……。

 彼は若いメイドをつまみ食いするような……?


 それだと色々、カイル王子は残念な方向に成長されてしまったということになる。



 私はあまりに彼が私に親切に振る舞うので、心配になった。確認すると、彼の年齢は38歳になっていた。



「よく、メイドを宮殿にお連れになるのですか?えっ!あの……いえ、この質問はその……私のような者が王子様とご一緒の馬車に乗っていること自体があり得ないと言いますか。おこがましいと言いますか、夢のようと言いますか……」

  


 私は自分で質問をしていて、しどろもどろになった。



「いや、君が初めてだ。君がお菓子が好きだということと、一昨日君と初めて会ったわけだが、君がある人を彷彿させるんだ。なぜだか分からない。あと、本当に舞踏会用の衣装を新しく仕立て直したいという切実な目的がある」



 私はその回答で、クラリッサである自分をカイル王子が覚えていてくれたことに深い感動を覚えてしまった。17歳で振られて引きこもるほどの失意に陥った自分を、カイル王子はしっかりと覚えている?


 「ミルクレープ」の時といい、彼は自分が振ったはずの私のことを覚えているようだ。

 


 泣きたくなるような気持ちになった。

 嬉しいのか、情けないのか……。


 あれから随分と経つ。

 18歳のカイル王子は38歳になっていた。


 クラリッサである私は、この世から10年前に27歳で去っていた。

 


 その私を、17歳でデートをしていた頃の私を覚えていてくださるなんて……。



 メイドであるエミリーとしても、既にこの世に存在できなくなったクラリッサとしても、カイル王子の話したことは、深く心に沁みた。



 カイル王子のためにできることはしよう。


 私はそう思い、自分が持ってきたデザイン画を見せた。一昨日カイル王子にお会いした後に、お店に用意されていたスケッチブックに描いたものだ。


 私は転生者のクラリッサの未来の記憶も持っている。エミリーになる前の、クラリッサとして22歳まで生きた、デザイナーになりたかった頃の記憶も持っている。


 それらの全てを使って、カイル王子のために洗練された衣装デザインをいくつか用意した。



 大丈夫だ。

 宮廷衣装については、前世ではネット販売で購入した本も持っていた。私ならカイル王子をより洗練されて、魅力を際立たせる衣装を考えられるかもしれない。


 

「これは?君がデザインを考えたのか?」

「さようでございます。今より、よりシンプルで着心地が良いものをと考えました」


 その瞬間、ハッとした様子でカイル王子はエミリーである私の瞳を見つめた。彼の青い瞳が煌めき、溢れる思いがあるような不思議な瞳で、私を射抜くように見つめた。 



 私は体の芯から捉えられてしまったようになり、動けなくなった。彼の魅力に完全に捉えられてしまった。



 あぶない……。

 再びカイル王子に心が持って行かれてしまう。


 ときめいて……。

 このまま全てを捧げたくなってしまう……。



「ごめん。君に思わず見惚れてしまった」



 カイル王子にささやように言われて、私は息が止まるかと思った。全身が震える。幸せなのは間違いない。でも、体が信じられないと震えてしまう。



「えっ!あ……すまない。これは……その……こんなにワクワクした気持ちになるのは、実は久しぶりなんだ。じっと見つめてしまい、不快な思いをさせてしまったらすまない」



 カイル王子は真っ赤になって謝った。

 18歳のカイル王子は、17歳の私に対してこんな態度を取ったことはなかったと思う。私は突然のことで、本当にドキドキして、宙に浮いてしまっているかのように、体がとろけそうだった。



 スケッチブックを持つ手が思わず震える。 



「いえ……こんなことは初めてで。気の利いたことを言えずに申し訳ございません」



 私は身体中が恥ずかしくて真っ赤になってしまったかと思った。メイドのエミリーとして、自分がはしたない考えに陥っていないかと、気の遠くなるようなときめきの中でどこかで思った。同時に、この恋心を止められそうも無いのではないかとも自覚していた。



 馬車がつくと、裏口から宮殿内に案内された。 



 薔薇が伝う小さなコテージが新しく建てられていた。私が17歳の時は無かったコテージだ。その庭先でお茶をしながら舞踏会衣装について決めるらしい。お菓子も用意したと聞いて、私は胸が弾んだ。



「あら?カイル様!」


 突然、女性の声に声をかけられて振り向いた。ふわふのダークブロンドの巻き髪を靡かせて佇む一人の女性がいた。彼女は、一瞬で射るように私を見た。


 青い鷹のような瞳が、私の全身をくまなくチェックしている。ジーンにもらった刺繍入りの靴、エミリーがジーンの仕立てを手伝ったという赤いドレス、ハンドバックまでを一瞬でチェックした。



 これは……完全にカイル王子のそばにいる女性を警戒する視線だ。

  


 彼女のドレスは淡いピンク色で、大きく袖は膨らんでいた。ピンクの無地の絹タフタの生地で全体的に光沢があるものだ。タフタとは、表面が平らで滑らかで、光沢のある絹織物だ。全体的にふわふわ可憐な雰囲気のドレスを着ている。彼女の瞳は青かった。



 彼女は、表向きは優雅に優しく可憐な令嬢という雰囲気を醸し出していた。



「やあ、イザベル。こんな所で会うなんて奇遇だね」

「はい、カイル様。父が今朝忘れ物をしまして、届け物に参りました。そちらのお方はどなたですか?」


 カイル王子が私と彼女を引き合わせてくれた。


 イザベル・トスチャーナ。

 私は記憶を辿った。



 パース子爵のところのあの小さなイザベルかしら?



 ジーンと同じくらいに生まれて、確かお誕生日に遊びに行ったわ。



 あのイザベルなの?



 私は彼女が誰だかわかった。パース子爵としても、娘をカイル王子と結婚させたいのだろうと悟った。



「それはそうと、カイル様!今度乗馬にまた行きたいのですが、ご一緒してもよろしいですか?」



 イザベルは明らかにカイル王子に媚を売ってきていた。上目遣いでカイル王子を見つめている。そんなことをしなくても、イザベルは十分魅力的だ。



 私は自分の立場を思って、唇を噛み締めた。私はカイル王子とは釣り合わない。イザベルのような令嬢の方がお似合いだ。



 私は貧しいメイドなのだから。

 クラリッサとしてもとっくに振られている。


 急に自分がみすぼらしい存在に思えて、縮こまりそうになった。

 


「あぁ、いいね。日曜日はどうだろう?」


 カイル王子が快活にそういうと、イザベルは飛び上がって喜んだ。無邪気に喜んでいる姿は、19歳の無邪気な令嬢そのものだ。


 私は急速に気持ちが沈み込んで、地面の奥深くに落下したような気持ちになった。



 私は何を夢みたんだろう?

 カイル王子が私に惹かれるなんてことはありえないのに。

 


 イザベルはカイル王子の手をふわりと握った。



「ありがとう!ご連絡をお待ちしておりますわ」


 そしてイザベルは、私の姿を上から下まで蔑むような視線で見るなり、勝ち誇った様子で踵を返して、去って行った。

 


 私は悲しかった。

 すぐそばの木に止まるコマドリの声が耳に入った。


 意識を人間から周りの動物たちにうつした。


 カイル王子に振られて引きこもっていた時に、そうやってその場をやり過ごす術を身につけた。悲しくて仕方がない時は、意識を一旦、そこから引き離して、自然界の音に耳を傾けるのだ。

 


 北の魔物の森?

 不意に聞きなれない不穏な言葉が耳に飛び込んできて、私はハッとした。



 コマドリを見つめる。

 北の魔物の森で、暴れる者がいる。

 特殊な薬を仕込まれた餌が意図的に撒かれた。

 


 その解毒は……?


 

「コマドリか。可愛いな」


 不意にカイル王子の声が耳に飛び込んできて、私は彼を見つめた。38歳になった彼は、この王国の未来の国王だ。彼に伝えなければならない情報を私は入手している。


 私は思い切った。



「北の魔物の森で、暴れる者がいるそうです。何か特殊な薬を仕込まれた餌が撒かれて、それを食べたそうです。赤い実のなるナンテンの木の葉が効くかもしれません」


 違う。

 ナンテンは前世の時の木の呼び方だ。

 この時代は何……?

 

 下を向いて考え込んだ。 



「ナンディーナリッチモンドという名前かもしれません」



 その瞬間、エミリーである私を通して、カイル王子は遥か遠くを見つめるような、愛おしい者を見つめるような優しい視線になった。彼は感動したような何かに動揺したような表情を浮かべた。それが何なのかわからない。



 彼は私の言葉を噛み締めて、大きくうなずいた。



 カイル王子は、薔薇の花が壁を伝うコテージの方に私を優しく誘導した。


「ここでちょっと待っていてくれないか?お茶もお菓子も用意してある」



 それだけ言うと、彼は走り去った。


 私は呆然とその様子を見送った。

 私の言葉をカイル王子は真剣に受け止めてくれたように思った。


 私はコテージの庭先に用意されたテーブルのそばの椅子にヘナヘナと座り込んだ。


 すぐにコテージの中からメイドらしき人が現れて、にこやかにお茶の準備を始めてくれた。


 コマドリは私を見つめて、微笑んだように思ったが、分からない。







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