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再会は思いがけず クラリッサSide

「あなたがエミリーさんですか?」


 私はカイル王子が私に近づいてくるのを、スローモーションのように感じた。


 魅力が増している?

 統治力がないという噂は嘘なの?

 前より魅惑的だ……。


「あなたの腕は確かだとお聞きしました。私の服を是非お任せで仕立てて欲しいのですが」


 カイル王子は私に全く気づいていない。

 当たり前だ。


 私はどこからどう見ても、ジーンのメイドで仕立て屋を手伝っている赤毛でグリーンの瞳の太めの女の子なのだから。



「えぇ、よろしいですわ」

 


 逆三角形にシェイプするスタイルが良いだろうか。私は高いフォールカラー、ギャザースリープなどを一瞬思い浮かべて、彼を見つめた。



「おぉ、ジーン嬢にお伺いしたのですが、あなたはお菓子がとてもお好きだとか。実はオークスドン子爵の所にちょっとした差し入れをお持ちしたのですが、あなたもいかがでしょう?」



 私は彼が思いがけない事を言うので、驚いて見つめ返した。

 


「エミリー、お茶も準備したのよ。美味しいお菓子を頂いたので、是非食べましょうよ」

 


 こんな人だったかしら?


 大陸の17歳の金持ち令嬢には見せなかった気さくさを彼は示している。


 彼が作ったお菓子?

 一度も食べたことなんてなかったわ……。



 それにしてもこれほど魅力的な男性なのに、20年もの間、彼の心の一角に食い込める女性が現れなかったことが不思議だ。彼に魅力が足りないということはなさそうに思える。



「では、ぜひいただきますわ」



 私はメイドの身分でありながら、ジーンには友達のように接してもらい、カイル王子も私にお菓子を振る舞うのは当然といった態度であり、ジーンの結婚相手のルーシャスに至っては、カップにお茶を注いでくれそうな勢いだ。



 私は戸惑いながら、仕立て屋の隅に用意されたお茶の準備がされているテーブルの前に行った。



「さあ。座って、エミリー」



 ジーンが気さくに私に話しかけた。私はメイドが同じテーブルにつくことに違和感しかないと思いながら、おずおずと椅子に座った。



「これは、ガレットに似ているけど、クレープと言うんだ。フランスのブルターニュ地方のガレットはそば粉で作るが、最近、小麦粉や砂糖や卵を使ったクレープができてね。私が若い頃は知らなかったお菓子だ」



 さあ、といった様子でお皿に置かれたお菓子を私に差し出した彼に、私は絶句した。



「これがクレープですか?」



 ケーキに見える。しかも、クリーム状のものを何層も薄く重ねている。

 

 私の戸惑う質問に、彼は苦笑いして何でもないことのように言った。

 


「私が若い頃に失恋した相手がね。これが食べたいと言ったお菓子があってね。当時はなんのことだかわからなかったが、クレープを使うお菓子だということはわかった。似た名前のお菓子の感じを取り込んで見たりした。長生きしてみたら、密かに研究を重ねた結果、彼女が食べたいと行ったお菓子に近づけたかもしれないんだ。全然違うかもしれないが」



 私はびっくりして、カイル王子を見つめた。



 それって私が言ったミルクレープのことかしら?



 でも、王子に失恋したのはクラリッサである私の方だ。



「美味しいですわ!信じられない美味しさですわ」

「そうでしょう?素晴らしいんだ」



 横でジーンとオークスドン子爵が感嘆のため息をついて、カイル王子の作ったお菓子を絶賛している。2人の表情は輝き、王子はとてもはにかんだ表情を浮かべつつ嬉しそうだ。



 私も一口食べた。

 口いっぱいに広がる甘み。

 柔らかさ。

 笑い出したくなるような幸せの味。



 私は泣きながら、微笑みながら、ひたすらカイル王子のクレープを何層にもクリームで重ねたお菓子を食べた。私が言ったのとは少し違うけれど、これだ!と思えた。



「このミルクレープ、独特でとても美味しいです……幸せの味です」

 


 私が泣きながらそう言ってお茶を飲むと、カイル王子が不思議そうな表情で私を見つめた。



「これがそれなの?その……ミルクレープという?」

 


 私はうなずいた。



「独特ですが、これはまさにミルクレープというケーキだと思いますわ。カイル王子、とっても美味しいです」



 泣きながら言う私に、カイル王子は瞳を見開き、次の瞬間には涙を溢れさせた。



「そうか……そうなのか……これが彼女が言っていたミルクレープか」



 震える声で胸を抑えて泣くのは、今度はカイル王子の方だった。



「ありがとう!本当にありがとう。もう、確かめようがなかったから…」



 私はこの世にいないですからね。

 私は切ない痛みを感じて、うつむいた。



「ありがとう。今日、君にこのお菓子を食べてもらって、少しは彼女への想いが浄化されたように思う。まるで、彼女に食べて認めてもらったような錯覚に陥った」



 カイル王子はそっと私にハンカチを差し出して、自分ももう一つ取り出して、涙をハンカチで抑えた。


 私も自然な流れでハンカチを受け取り、涙を抑えた。


 ジーンとオークスドン子爵は、そんな私たち2人を静かに微笑みながら見守るように見つめていた。


 


 お茶が終わると、私はカイル王子を採寸した。いつも仕立て屋に来た時に、お針子さんたちが私の周りを飛び回ってやっていた事を真似したのだ。



「あの……仕立てなくて、デザインだけで宜しいでしょうか?」



 私はおそるおそる聞いた。

 私はクラリッサだ。

 縫製は出来ない。

 


「かまわないよ。本当は仕立てもしていただきたいが、君は部分的に記憶喪失なんだろう?ジーン嬢から聞いた。無理はしなくていい。ただ、お願いがある。時々でいいから、私の作るお菓子を食べてくれないか?その……無理強いはしないから、嫌ならそうはっきり言ってくれてかまわない」



 私は完全にクラリッサだった。

 メイドのエミリーの立場を忘れた。

 


「お迎えにきて下さるなら、よろしくてよ」



 カイル王子は衝撃を受けた様子で、ハッとして私を見つめた。

 


「君のその言い方……いや、その……ある人にそっくりだからびっくりして」



 私は焦った。


 そうだ、私は今はメイドのエミリー!

 何をえらそうに上から目線で!

 


「ごめんなさいっ!大変失礼いたしました」



 焦る私を優しく笑って見つめるカイル王子。



「いや、いい。逆に新鮮で凄く良い」



 彼は私が持つメジャーをそっと束ねて、そばのテーブルに置いた。両手を彼の手がつつむ。


 私の心臓は危険なほど跳ね上がった。

 


「エミリー、明後日なら私は時間が作れる。朝早いのだが、7時に馬車で迎えにくる。いいかな?」



 私は思わずジーンの姿を探した。ジーンは少し離れた所から、私たちの様子を見つめていた。ジーンが勢いよくうなずいた。

 


「はい、お待ちしております」



 私がそう答えると、王子は嬉しそうに微笑んだ。20年後の王子は、歳をとっても素敵で、よりシャイで、より積極的で、より魅力がましていた。


 私は若くて貧しい太めのメイドのエミリーとして、再会したのに、王子はなぜかそれがちっとも気にならないようだ。





ついに再会!

運命の2人ですが、クラリッサは別人になっている。ミルクレープはかの有名な喫茶チェーンでずっと後に発売されるもの。当時はまだ存在しない。前世が2020年代の社会人の私だけが知っていることになる。


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