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奉唱の聖女~聖女の祈りは魔獣には届くのです

作者: Tayu

 ゴトゴトと音を立てながら、わたしの乗る馬車が王都から離れて行きます。馬車はこのまままっすぐに辺境へと向かうのでしょう。

 わたしは小窓にかかるカーテンを少しだけ開き、遠ざかっていく王城を見つめました。


 「……わたしがいなくなっても、大丈夫、よね?」


 わたしはこの国、ブラウンシュヴァイク国で生まれ育ちました。実家は男爵家であり、貴族の末端に属しています。いずれはごくごく普通の男爵令嬢として、どこか釣り合いの取れた家へと嫁ぐと思っていました。

 それが一変したのは12歳の時の魔力検査で、わたしの持つ魔力が聖属性だとわかった時からでした。

 

 この大陸はちょうど中央を南北に走る山脈を挟み、右側に広がる森には魔獣が、左側の平原には人々が暮らしています。平原側は西の海沿い、中央、森に面して北と南の4つの国が支配していて、わたしの住むブラウンシュヴァイク国は森に面した南側の国になります。


 森に面している北と南の国は魔獣の影響を受けるため、西や中央の国に比べると、聖魔法を使える者が強く求められています。

 聖属性の魔力を使える者たちは聖女、あるいは聖人と呼ばれます。聖属性と一言で言っても使える魔法は色々です。魔獣に対し攻撃魔法が使える、防御魔法が使える、あるいは魔獣から受けた傷を癒せる……などですが、聖属性魔法は魔獣に対し有効な魔法なのです。

 そのため、国では聖属性魔法が使える者は歓迎されているのでした。

 

 しかし、なぜかここ20年程、この国には聖属性魔法が使える者が現れませんでした。

 それが4年前、魔力判定でわたしが聖魔法を持つと判明したことで、国民はもちろん、王族や貴族も大喜び。

 やっと現れた聖女を歓迎しての事なのでしょう。あっという間に第二皇子ヴィクトール様との婚約を結ばれ、王宮へと連れていかれたのでした。


 初めてお会いしたヴィクトール様は一つ年上の14歳。輝く金髪に空色の蒼い瞳。いかにも王子様といった容貌でしたが、冷たくわたしを睨みつけていました。

 きっとヴィクトール様はわたしとの婚約を希んではいなかったのでしょう。押し付けられたと感じていたのかもしれません。

 

 それでも一応婚約者となったのですから、少しでも仲良くできればと頑張ってはみたのですが、ヴィクトール様の冷たい態度は変わることはありませんでした。

 その代わりではないですが、王様や王妃様、王太子でもある第一王子様はわたしの事をとても気遣ってくださいました。


 ヴィクトール様とは打ち解けられませんでしたが、他の方々は皆様親切で、王宮の居心地はそれほど悪いものではありませんでした。

 


 ですが、ほんの1時間と少し前、わたしはヴィクトール様から婚約破棄を宣言されました。そしてそのままシュタウディンガー辺境伯へと嫁ぐようにと言い渡されたのです。

 

 王様も王妃様も王太子様も視察や外遊に出ていたため、ヴィクトール様を止められる方は誰もいませんでした。

 

 

 わたしは小窓のカーテンを閉め、前を向きました。

 これから向かう辺境は王都よりも魔獣の数も被害も多いはず。小さな魔獣ぐらいしか現れない王都よりも、わたしの仕事はたくさんありそうです。

 心残りは王様や王妃様にきちんとしたご挨拶ができなかったことでしょうか。とても優しくしてくださったのに。

 

 「南の辺境……どんなところかしら」

 辺境伯とは仲良くできればいいのだけど。期待と不安が入り混じります。

 

 王都を抜けた馬車は森へと入り、まっすぐに南の辺境へと向かうのでした。


 

 

 途中、いくつかの町や村で休息をとりながらわたしは南の砦へと向かいました。きちんと護衛も付けられましたが、街道沿いに進んでいたこともあり魔獣に遭うこともありませんでした。

 

 辺境の砦の手前の街で休憩を取るため、馬車が止まります。と同時に馬車の外から声がかかりました。

 

 「聖女様、シュタウディンガー辺境伯が聖女様をお迎えに来られています」

 辺境伯様?わざわざお迎えに来て下さったのでしょうか。

 「……ドアを開けてください」 

 

 どきどきしながら、わたしはドアが開くのを待ったのでした。

 

 

 

 ゜。――゜。――゜。




 それは突然の王家からの知らせだった。

 「どうかしましたか?」

 手紙を読んだまま固まってしまった俺に、側近のアンリがいぶかしそうに声をかける。

 「嫁、が……来る。王家が俺の嫁を決めた。もうこちらに向かっているらしい」

 「嫁、ですか?王家が決めた?まあ、前から色々言っていましたからね。フィリベルト様がなかなか奥方を迎えられないから……」

 納得するように頷くアンリを俺は遮った。

 「相手は、聖女だそうだ」

 「!?」

 その言葉にアンリも驚いた表情になる。俺は黙って王家からの手紙をアンリに渡した。


 聖女は魔獣に対抗する力を持つ者だ。

 20年程聖女の出現がなかったブラウンシュヴァイク王国にやっと現れた聖女は、王家からも国民からも大歓迎された。王家は聖女を取り込むため、第二王子を婚約者にあてがったのは有名な話だ。

 

 2人目の聖女が現れたという話は聞いていない。とすると、やってくるのは第二王子の婚約者だった聖女だろうか。こんな辺境へ大切な聖女がやってくる。


 王家が大切な聖女を手放すか。いやいやいや……ありえない。

 

 よく言えば慎重、悪く言えば臆病なあの国王が、計算高い王都の貴族たちが、国唯一の聖女を手放すはずはない。


 王都で何があったのだ。


 「あー、本当に、いらっしゃるのは聖女様のようですね」

 

 手紙を読み終えたアンリが顔を上げて俺を見た。

 「しかも、できるかぎり速やかに結婚するようにとか書いてありますよ。どうするんです?」

 「どうするって言われても……そもそも、本当に聖女が来るのか?」

 「聖女様じゃなくても、フィルベルト様の奥方様がいらっしゃると思えばいいのでは?これで嫁探しに苦労しなくてもよくなりますよ」

 あっけらかんとアンリが言う。

 俺は軽くため息を吐いた。

 

 この手紙はいわば王命だ。拒否することはできなくはないが、王家の顔をつぶすのも得策ではない。

 

 確かに嫁は探しているが、こんな辺境に来てくれるという女性はなかなかいない。なぜ聖女が嫁として来ることになっているのかはわからないが、来てくれるというのなら歓迎する。大歓迎だ。

 

 「……ともかく、聖女様、というか、その女性に会ってみよう。明後日にはセローの街に着くだろう。迎えに行く。なるべく早く会って話を聞きたい。オノレにも話をしておいてくれ。あと王都で何があったのかも調べておけ」

 「承知致しました」

 もう一人の側近に伝言を頼み、俺は手紙を読み返した。

 

 

 

 ゜。――゜。――゜。





 「聖女様、シュタウディンガー辺境伯が聖女様をお迎えに来られています」

 「……ドアを開けてください」

 御者の呼びかけに答える声が馬車の中から聞こえた。

 ドアが開くと同時に、俺は頭を下げた。

 

 「聖女クリスタ様。砦よりお迎えに上がりました。フィリベルト・シュタウディンガーと申します」

 馬車のドアが開く。俺は顔を上げた。

 

 馬車の中にいたのは小柄な少女だった。長い銀の髪に白い肌。白のローブ。全体に白く清らかな雰囲気をまとわせながらも深い緑の瞳がとても印象的だ。

 俺は聖女が馬車を下りるのを助けるために手を差し伸べる。

 にこりと笑って聖女が俺の手に自分の手を軽く重ねた。

 

 ふわり、と聖女が馬車から降り立った。さらり、と銀の髪が流れる。

 軽い。まるで空気そのもののようだ。

 

 そうして地面に降り立った聖女は思っていたよりもずっときゃしゃで小柄で、背は自分の胸のあたりまでしかない。

 

 「はじめまして。クリスタ・フリーデルと申します」

 聖女は迎えに来た俺たちに、きれいな笑顔で挨拶を返してくれた。



 「ここからはわたしたちが護衛に加わります。お疲れではありませんか?少し休んでから砦に出発しましょう……後ろの二人はわたしの部下のアンリとオノレです。彼らをあなたの護衛につけます」

 部下の二人を紹介する。

 「よろしくお願いいたします」

 聖女は頭を下げた。

 


 「それでは……」

 俺が聖女に話しかけようとした時、遠くの方で何か叫び声が聞こえた。見ると馬がこちらへ向かって駆けてくる。

 

 急ぎの知らせだ。

 

 俺は待機させておいた馬に飛び乗ると聖女をそのまま残し、駆けだした。



 伝令は砦からで、森で魔獣の動きを確認したとの報告だった。

 伝え終えると、部下はすぐに砦へと急ぎ戻る。

 俺は聖女の元へと戻ると、馬の上から聖女へ状況を説明した。



 「聖女様、慌ただしくて申し訳ないが、森で魔獣の動きが確認されたらしく、わたしはすぐに砦に戻らなければならなくなりました。聖女様はあとからゆっくり……」

 「わたしも一緒に行きます」

 俺の言葉を遮り、聖女は叫んだ。その勢いに、俺は一瞬ひるむ。

 「しかし……」

 「魔獣が現れたのでしたらお役に立てると思います。大丈夫です。一緒にお連れ下さい」

 

 俺は一瞬だけ考えたが、か弱そうに見えても彼女は聖女だ。

 「……わかりました。馬の用意はできないので、一緒に乗っていただきます」

 俺は頷くとはするりと馬から降りる。

 「失礼します」

 「……え」

 そして聖女を抱き上げると横座りに馬の背に乗せ、自分も聖女の後ろに座る。


 驚いた顔で自分を見上げる聖女の顔が面白くて、俺はちょっと笑いだしそうになるがぐっと耐える。

 「それでは参ります。掴まっていてください」

 そういうと馬を走らせた。

 

 最初は必死にしがみついてきた聖女だったが、すぐに馬上になれたようで少し経つと色々と質問してきた。

 

 「魔獣は砦の近くに現れたのでしょうか。もうどこかで交戦中ですか」

 「いや、魔獣が、砦の方へと向かって動いているらしいのです。砦に近づく前に何とかしなければ」

 「まだ、砦からは離れている?」

 「そうです。まだ砦からはかなり離れてはいるようです」

 「……でしたら、わたしを魔獣が良く見える、砦の一番高い場所に連れて行っていただけませんか」

 しがみつきながら一生懸命に話をする聖女がかわいい……俺は素直に頷いた。

 「聖女様の仰せのままに」

 

 俺たちはまっすぐに砦に向かって駆けて行った。

 部下の二人も離れずにぴったりと後ろをついてくる。

 

 15分ほども走ると森に向かって聳え立つ砦が見えてくる。

 「もう少し、ご辛抱ください」

 俺は砦を前に、馬の速度を上げた。

 

 砦の入り口に着いた俺は馬を下りると、聖女を抱きかかえそのまま走り出す。

 「辺境伯様!!」

 腕の中で聖女が叫ぶ。

 

 「しばらくご辛抱ください。砦の塔までお連れします」

 「……わたし、」

 「わたしがかかえて走った方が速いでしょう」

 

 ちらりと見た聖女の顔はこれ以上ないくらいに真っ赤だった。

 

 

 聖女を抱いたまま砦にあふれる部下たちの間を走る。

 そうしてあっという間に砦の城壁の中で一番高い場所に着いた。そこからはさらに高い位置にある見張り台にも上ることができる。

 

 「……聖女様」

 俺の声に今までうつむいていた聖女が顔を上げる。真っ赤な頬に、少しだけ目がウルウルしていた。俺はそっと聖女を城壁に下した。

 「ここが城壁で一番高い場所です……こちらの塔の上が見張り台で、一番高い場所になります。塔の上に上られますか」

 「魔獣は……」

 「向こうです」


 俺は眼下に広がる森の、ざわざわと蠢いている場所を指さした。その蠢きは少しずつ砦の方へと近づいている。

 聖女の目も、その蠢きを捉えたようだ。

 「あれが、魔獣でしょうか」

 「あの樹が蠢いている所に魔獣がいます。樹をなぎ倒しながら砦の方へ移動しているようなので、砦に着く前に討ち取らなければなりません。わたしもこれから部隊を率いて……」

 「お待ちください」

 聖女が俺の言葉を遮る。

 「砦まで、魔獣が来なければいいのですね」

 「それは……」

 「追い払えばよろしいのでしょう?」

 聖女の言葉に俺は頷く。

 「魔獣が砦に近づかないのでしたらかまいません」

 聖女も頷いた。

 「少しだけ、お時間をくださいませ」


 聖女は俺に笑顔を向けるとそのまま城壁のぎりぎりまで進み、動く森を見つめた。

 そして両手を胸の前で握りしめると目を閉じ、ゆっくりと息を吸い込む。


 祈りを込める聖女の胸のあたりがぽうっと光り、柔らかい、優しい光がゆっくりと聖女を包み始めた。

 光はどんどんと明るく深く大きくなりやがて聖女の全身を包み込む。

 

 聖女は天に向かって両手を伸ばすと、ゆっくりと目を開き蠢く森を見つめ口を開く。


 祈りの声。

 聖女の口から、高く、低く、歌うように流れ出る。

 それは聖女のまとった光と共に上へ上へと吸い上げられ、やがて空へ上った光は粒となって森へと降り注ぐ。

 きらきらと輝きながらゆっくりと下りてきた光の粒は森へ触れると一瞬弾けるように輝き、消える。


 ぱらぱらと降り注ぐ光はやがて弱くなり、最後の粒が弾け、消えた。

 森はしんと静まり返り、傾いた太陽の光が木々をオレンジ色に染めていた。



 ざわっと森が蠢いた。

 そしてその蠢きは、森の奥へ向かって動き始める。


 「魔獣が……帰っていく」

 呆然と森を見つめる俺に、聖女が振り返った。

 「もう、大丈夫だと思います」

 振り返り、にこりとほほほ笑む彼女の頬も髪もその瞳も、オレンジ色に染まっていた。

 ああ、目の前のこの女性は、こんなにも小さくて細くてか弱く見えるこの女性は、本当に聖女なのだ。


 

 俺は一歩下がり片膝をつくと、恭しく聖女を見上げた。

 「聖女様、フィリベルト・シュタウディンガーは一生涯あなたに忠誠を誓います。わたしにあなたの剣となる栄誉をお与えください」

 俺の言葉に、聖女はただただ驚いている。

 「どうか、一言、許す、と言ってください」

 俺はそう言うと、剣を抜き、柄を聖女の方へ向けた。

 困ったような聖女だったが、俺が動かないのを見ると小さな声で一言「許します」と頷いたのだった。


 

 俺は聖女の手を取り立ち上がる。


 「実は、こんな辺境の地に本物の聖女様が来られたことに驚いているのですが……王都で何があったのでしょうか」

 「そう、ですね……」

 俺の言葉に、聖女は少し困ったような表情になる。

 

 「わたしの婚約者が第二王子殿下だったのはご存じですか」

 俺は頷く。こんな辺境でさえ、誰もが知っているほど有名な話だ。

 「その、第二王子とあまり打ち解けることができなくて、それで、殿下とは婚約解消になりまして、その代わりに、あの、辺境伯様に嫁ぐように、と……」

 真っ赤になりながら聖女はもごもごと説明する。

 「それは、国王が?」

 「いえ、第二王子殿下が」

 「……ということは、あなたはわたしと結婚するためにここまで来たのですね」

 「………………そうです」

 ますます赤くなりながら、聖女は頷いた。


 

 彼女が頷くと同時に、俺は彼女を抱え上げ、これ以上ないぐらいの全力で砦の教会へ向かって駆け出した。

 聖女は腕の中で驚いたように俺にしがみついている。俺は聖女を気遣いながらも全力で走った。

 聖女が俺の腕の中に降りてきたのだ。この幸運、このまま離してなるものか。


 

 王都から届いた書簡は本当だった。やってきたのは本当に聖女だった。

 しかし、どうやら第二王子の独断らしい。

 あの国王の事だ。いつまた聖女を王都へ戻せと言い出すかもしれない。いや、あの王なら絶対に言う。

 

 その前に、結婚してしまうのだ。

 王家からの手紙にもなるべく早く結婚しろ、と書いてあった。その命に従ってしまえばいい。


 「手が空いているものは、教会に集まれ!結婚式を執り行う!砦にいる奴ら全員に伝えろ!」

 俺は叫びながら教会へと走った。


 砦の端に小さな教会がある。もちろん司祭もいる。

 教会に行き、司祭の前でサインをした後、司祭から祝福を受けることで結婚が成立する。

 邪魔が入る前に結婚してしまうのだ。


 砦の端にある教会の前で、俺はそっと聖女をおろした。

 そうして教会のドアを勢いよく開けて叫ぶ。


 「神父殿!」

 「……フィリベルト様?どうされましたか?」


 司祭が驚いた様子も見せずにゆったりと俺の方へと近づいて来る。


 「今すぐ結婚したい。式を挙げてくれ」

 「おや、それは喜ばしいですね。おめでとうございます……お相手は、こちらのお嬢様ですか」

 司祭は俺の横に立っている聖女に視線を向ける。

 「………………聖女、さま?」

 「わかるのか?」

 「はい、魔力が違いますから。そうですか、聖女様がこの辺境へといらして下さるのですね」

 「それで、すぐにでも式を挙げたいのだ」

 もう一度繰り返す。

 「わかりました。ではこちらへ」

 にっこりと頷く司教は、祭壇の前まで俺たちを導いた。


 「フィリベルト・シュタウディンガー、その方はクリスタ・フリーデルを妻としますか」

 「はい」

 司祭の問いに俺は頷く。

 「クリスタ・フリーデル、その方はフィリベルト・シュタウディンガーを夫としますか」

 「はい」

 聖女も頷いた。

 「それでは、この二人の前途に祝福を」

 キラキラとした輝きが俺と聖女を包み込む。

 「今、この時より、この二人を夫婦と認めます」

 司祭の声が終わる前に、わあっという歓声が教会の中に響き渡った。

 

 気が付くと、狭い教会の中は砦の騎士たちでいっぱいだった。

 驚いた表情を浮かべた聖女だが、俺と目が合うとにこりと笑った。



 その翌日、ちょうど婚礼パーティー中に王から聖女を王都へと戻すようにと使いが来たが、もちろん突っぱねた。

 もう婚礼は済んでいて、聖女は辺境伯家の一員となったのだ。今更王都へ戻すはずがない。

 

 王都とでのいきさつを聖女に聞き、諜報からの報告を照らし合わせたが、やはり婚約破棄は完全に第二王子の独断だった。

 しかも王子は聖女の事を「毎日塔の上で何かを叫んでいるおかしな女」などと言っていたらしい。

 聖女の祈りも知らず、のうのうと王都で守られていた第二王子。魔獣の恐ろしさに触れる機会もなく、聖女の存在を甘く見ていたのだ。

 

 王はそんな第二王子を北の辺境へ送り、直接魔獣の恐ろしさを教えることにしたようだ。

 今頃聖女のありがたさを実感していることだろう。

 

 

 王からは定期的に聖女を戻せと連絡が来るが、それには沈黙を貫いている。

 何よりも聖女……クリスタがここにいたいと言ってくれるのだ。ならば俺はその望みを全力で叶えるだけだ。

 それにクリスタのおかげでほぼ魔獣の姿が見られなくなったこの地から、クリスタがいなくなると知ったら部下や領民たちがどんな騒ぎを起こすかもわからない。最悪、王都まで取り戻しに行かないとも限らない。もちろん先頭は俺だろうな。


 

 クリスタが辺境に来たその日から、夕刻となる少し前の時間には砦の一番高い場所に立つ。

 そしてクリスタは森へ向かって、魔物へ向かって語りかける。

 その声は魔力を纏い、森へと向かって注ぎあふれる。

 

 魔力を纏った声は俺には何を言っているのかはわからない。それでも高く、低く、歌うように聖女の口から流れ出る。

 俺はその横で、クリスタとこの辺境の地を守ると誓うのだった。

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