知らぬ間に婚約破棄されたあとで
お読み下さりありがとうございます。
※ご都合主義作品です。矛盾点はサラリと軽く読み流していただけると幸いです。
*☆誤字報告 m(_ _)m♡
ありがとうございました☆*
「これからよろしく。レオナールと呼んで下さい」
私の婚約者になるという人形のような可愛らしい男の子が、ふわふわな金髪を風に揺らし碧色の目を細めて微笑んだ。
「はい。私は、リリーラナと申します」
彼の容姿に見惚れながらも、私は笑顔を作り微笑み返した。
私の髪が柔らかな風に揺れると、長いストロベリー色の髪を『宝石のようにキラキラしていて綺麗だ』と言って、彼は触れてきた。
私はちょっと驚いたが、褒められたようで嬉しかったのを記憶している。
その日、初めて会った二つ年下である第一王子のレオナールと私の婚約が結ばれた。
今日から彼が婚約者だと父様から言われ、私は『はい』と返事をした。そこに私の意思はなかった。
とはいっても、彼の第一印象は良くも悪くもなく、私より可愛らしい王子様が婚約者になったんだなと思った。
次の日から私の生活はガラリと変わった。
将来王子妃となるために色々なことを学ばなければならなくなったからだ。
覚えるようにと言われたことを覚えるのは当たり前のことで、教えてもらったことを全て吸収するようにと教育された。
私の半身はレオナールで彼の半身が私だと、そう教えられながらレオナールの隣に立つことが当たり前の存在であるように育てられたのだ。
だからといって、私にも意思はあったし、もちろんレオナールにも彼なりの意思は持っていて。
政略的な婚約だったと後になって知ったが、お互いを大事に思い合う仲の良い関係であり、この関係は将来ずっと続いていくのだと思っていた。
それなのに、そう思っていたのは私だけだったのだ―――。
婚約者である第一王子のレオナールより2つ年上の私は、貴族学院の卒業を前に王子妃教育も無事終了していた。
そのため学院卒業後に、彼が貴族学院を卒業するまでの2年間、隣国の大学院へと留学することになっていた。
そして、大学院の入学式に間に合うように、卒業式を迎えた次の日には隣国へと出発した。
その日、馬車に乗り込むとジルベール侯爵当主である父様とダートゥル兄様、邸の皆に手を振りながら見送られ、私は日の出と共に出発した。
留学先でお世話になるハーゲルク侯爵邸へ到着したのはそれから12日後で、両親の学生時代からの友人であるハーゲルク侯爵夫妻が邸前で出迎えてくれた。
ハーゲルク侯爵家の皆さんは家族のように接してくれ、毎日の時間は穏やかだった。
しかし、留学先へと到着すると同時に直ぐに送ったレオナールへの手紙の返信は届くことはなかった。
本来ならば、レオナールには直ぐに報せたい内容があった。手紙には書くことが出来なかった内容だったために、夏の長期休暇に彼に留学先まで来てもらいたかったのだ。
何度手紙を送っても返信は来ない。その為に、読んでいるのかさえも分からない。でも、家との手紙のやり取りは出来ている。
……どうしたのだろう。
そう思うが、父様には心配させたくなかった為に、胸の内に仕舞うことにした。
なぜなら、父様から届いた書簡には、戦争が始まったことと、近々出征するという内容が書かれていたからだ。
留学先へと到着してから3通目の書簡は、ダートゥル兄様からのものだった。
父様が出征したという報せが私の下に届けられたのだ。
◇◇◇
私が留学した国は、我が国ナリーダニア王国の南側に隣接するランカル帝国。
一方で、対戦国はサンダ山脈を国境として北側に位置するアジール王国だ。戦地はサンダ山脈を越えた付近だと書簡には書かれていた。
ダートゥル兄様は文官職に就いているので、王城へといち早く報らされた戦争の状況などを知ることができる。
その後、たまに送られてくるダートゥル兄様の手紙には、父様の安否報告や簡単な戦争状況。それと離れて暮らす私への気遣いの言葉が綴られていた。
父様がいない間、侯爵家の代理当主も務めている忙しい中で、手紙をしたためるのも大変だろう。そう思うと、自身の事など口に出すのも憚られるので、当たり障りのない文書を毎回返信していたのだ。
父様が出征して2ヶ月が過ぎた頃、兄様は領地や王城を行き来する日常を迎える事となり、手紙のやり取りを一時中断した。
……戦時中であることから、王家からの手紙が控えられているのかも知れない。もしかしたら、私からも控えた方がいいのかも。
返信がないことでそう考えるが、本当ならすぐにレオナールに打ち明けて、王家の対応を聞かなければならないことがあった。しかし、終戦するまではレオナール宛へ手紙を出すことを止めることにした。
その後は、不安が積み重なる日々と終戦の報せを待つ日が続いた。
それというのも、留学先への移動中に"つわり"が始まったからだ。
それまで私は気がつかなかった。月のものが来ないことはたまにあったし、今回は卒業と留学が続いていたことから忙しい日々を送っていた為だと安易に考えていたのだ。
まさか、妊娠していたとは―――。
それは、学院を卒業する2ヶ月前の建国祭の日の夜でのことだ。
ナリーダニア王国の建国祭は3日間に渡る王国最大の催しだった。
1日目の夜にはこの国の貴族達が王城へと招待され、2日目は国賓と上位貴族が参加する最大の夜会となっていた。
第一王子のレオナールの婚約者である私は、日中の王都での催しなどにも参加していたことから、かなりハードなスケジュールをこなしていた。
2日目の夜会が中盤に近づく頃、顔色が優れず両陛下の許しを得て貴賓室へと下がらせて貰った。
夜会も終わりが近づくと、レオナールが迎えに来てくれ会場へと戻り国賓の方々へ挨拶を済ませた後で何事もなく夜会は修了した。
夜会後、国賓から得た情報の話し合いをするために、父様の帰る時間までは時間があった。
いつもなら、王宮の応接間にて待つのだが、その日は疲れた体を休めるために貴賓室の一室が用意されていた。
疲れた体に少量の飲酒をしていたために、メイドに頼んでコルセットを外すと帰るまでの間はドレスを緩めてもらった。アクセサリーも、髪留めも取り外すと体は軽くなる。
結い上げた髪も下ろすと大分リラックスし、温かいお茶を一杯飲んだところで迎えが来るまでとベッドの上に寝転んだ。
いつの間にか眠りについていたらしい。
気がつけば、重い瞼が持ち上がらない。ザワザワと全身に走る不快感。風邪でも引いてしまったのかと思うも何かが可笑しい。
重い瞼をどうにか開くと暗い部屋の中には小さなランプの灯火が見える。
「リラ、起きた?」
すぐ下から聞こえてくる優しい声の方向へと視線をずらすと、レオナールが柔らかく微笑んだ。
「レオナール。ごめんなさい。少し横になりたくて―――」
起き上がろうとするが彼は私の体を抑えている。
「……レオナール?」
良く見れば、彼は上着を着ていない。それに私のドレスがはだけていたのだ。
この後で、2年間離れて過ごすことを言われると、私は彼を受け入れた。
妊娠したことが分かったのは、ハーゲルク侯爵家に着く二日前のことだった。
国境を跨ぎ、ランカル帝国へ入った頃から体の怠さが酷くなる。そして、徐々に悪心に悩まされ始めると、侯爵家に着く前に医者に掛かることにしたのだ。
症状を尋ねられると医者から言われた言葉に頭の中が真っ白になり、体調の悪さとこれから先の不安が一気に心を蝕んだ。
ハーゲルク侯爵夫妻には、こちらに着いて直ぐに話をした。
お腹の中にいるのは、王家の血が流れている子供だ。恥ずかしいが、これからお世話になるのに、初めて帝国の地を踏んだばかりで、知人もいない場所に来たのだ。
帰りたくてもこの有り様で、どうしていいのか分からなかった。
「大丈夫だ。何も心配することはない。大学の入学を一年延ばせばいいだけだ。リリーラナ、君は元気な子供を産むことだけを考えればいい」
「そうよ、リリーラナ。ナタリーナの代わりに私を母親だと思って、何でも言って欲しいわ」
ナタリーナとは、亡くなった母様の名だ。
私が4歳になった年に病で亡くなった母様は、帝国からジルベール侯爵家へと嫁いで来たのだ。
父親が帝国へ留学した際に仲の良かった同級生が母様とハーゲルク侯爵夫妻だと聞いている。
そして、ダートゥル兄様から父様が出征したという報せが届いた頃につわりの症状が落ち着いてきた。
その頃、だんだん普通に食事も摂れるようになって、ようやく私自身の気持ちも落ち着きを取り戻してきたと思う。
ランカル帝国は、気温が高くても湿度がないため、快適に暮らすことができた。
ハーゲルク侯爵夫妻に、兄様から届いた書面を見せると夫妻へも同じ様な内容の書面を受け取っているという。
レオナールからの返信が無いことから、夫妻には色々と相談をしていたのだが、ここに来て父様もナリーダニア王国から離れたことを知ると、不安が増して隠しきれない。
侯爵夫人は、私の背中を擦りながら元気な子供を産むことだけを考えるようにと何度も私を励ました。
そして、月日が経ち無事に男の子を出産した後で彼に手紙にて私の体調がよろしくないとしたためたのだが、またしても返事が返ってくることはなかった―――。
子供を生み終え体調が戻るのを待ち、大学院へと一年遅れて通い始めた。
卒業まで残り半年という頃。終戦の報せを受けると、私はレオナールと父様に手紙を送った。
しかし、父様から返ってきた手紙にはレオナールとの婚約が破棄されたことが書かれていたのだ。
私は理由が分からずだ。彼からの返事は返って来なかったから。
それから直ぐに父様は留学先へと来てくれた。
「父様。何故、婚約が破棄されたのですか? 理由を教えて下さい」
孫を抱きかかえて嬉しそうにあやしている父様が私の言葉に眉尻を下げる。
「留学してから連絡が絶たれたと殿下は言っていた。次期王妃となる令嬢の行動とは思えぬとの判断が引き金となったらしい。それと、私がこちらに移動している中で報せを受けたのだが……ナタール候爵家の令嬢がレオナール殿下の新たな婚約者として決まったらしい。リラ、済まない。私が出征していなければこんな事には―――」
「いいえ、父様が謝る必要などありませんわ。連絡が絶たれたというなら、レオナール殿下自身が動けば良かっただけですもの。彼にとっての私は、それだけの存在だったのでしょう」
片方の腕に息子を抱くと私を包み込むように父様が背に腕を回す。父様と息子の体温がとても温かく感じた。
その3日後、父様が国へと帰るときにハーゲルク侯爵夫妻が私を養女として引き取る案を父様に告げたが、父様は首を左右に振る。
亡くなった母様に、子供たちのことは私に任せろと、子供たちを必ず幸せにすると誓っているのだと、柔らかな表情で候爵夫妻にそう告げた。
その言葉に、私も息子を幸せにしたいと思うと息子を抱く腕にギュッと力が入った。
大学院を卒業してから2ヶ月後。
大分母親らしくなってきた私は、毎日息子の世話に追われていた。
父様が来てくれたことで過去を振り切った私は、自分が進む先を模索していた。
思っていたよりも私は強い人間なのかも知れない。新たな未来を考えると、ワクワクするのだ。レオナールのことも、思い出すことがほとんどない。
そう、父様の腕の中で泣いた後にふと気づいたことがある。
レオナールに知らぬ間に婚約を破棄されたことにより溢れた涙は、悲しいというより裏切られたような気持ちしかなかった。
彼と婚約してからの私は、王子妃になる為に生きてきたようなものだ。彼との未来が急に途絶えたことで、右往左往したが。
私には私の新たな未来が続いていく。今まで考えたことがない自分のこと。新たな未来を考えるだけで胸を弾ませる自分がいる。
自分がこんなあっけらかんとした人間だったとは思ってもみなかった。
――はて、どうしたものか。
この後で息子の存在を知られレオナールの側妃にでもさせられたら……。流石にそれは嫌だな。そう考えると、息子を取られる可能性も無きにしもあらずだ。
金色の髪に澄んだ碧色の瞳をした息子は、髪の色も瞳の色も父親と同じ王族の色を持って生まれてきた。私のストロベリーブロンドの髪色も菫色の瞳の色も息子は持って生まれなかったのだ。
父様からは大学を卒業したら帰ってくるようにと言われているし。 それならば、一度国に帰って家族と話し合い、その後でランカル帝国へと直ぐ戻り就職先を見つけるのはどうか。
大学院を通して教師にもなれるし、家庭教師の職を紹介してもらうことも出来る。
小さな家に住み、使用人を1人と息子の世話を日中頼める乳母を雇えば生活していけそうだ。
息子との未来を考えると、ナリーダニア王国で生きていくことは出来ないだろうから。
彼との未来を取り戻したいと思う自分はいないし。寧ろ、レオナールとの関係に元々愛はない。
彼が将来国王陛下となり、その隣の役目を与えられたのが私だっただけだ。
『……それだけの存在だったのでしょう』
――レオナールのことを
言う資格すらなかったわね。
私の想いも、そんなものだったのだ。
それからひと月後。
ジルベール候爵家の馬車が私と息子を迎えにハーゲルク侯爵邸へとやって来る。
その中には、侍女頭のナーシェもいたことで私は彼女に抱きついた。
「ナーシェ。来てくれてありがとう。私一人では道中の息子の世話が心配だったから」
「早くリリーラナお嬢様の顔を見たくて来てしまいましたわ。他の侍女には任せられませんもの!」
「ふふっ。ねぇ、どうしてこんなに大勢の護衛がいるの?」
「戦争に出征していた騎士達のアドレナリンを正常に戻すいい時間になるからですって。景色を眺めながらゆっくりと移動することで心が落ち着くでしょう。それに、お嬢様の気心が知れた者ばかりだし、ゆっくり旅を楽しみながら帰ってくるようにと旦那様から言われていますわ」
そう言って、ナーシェが息子を抱きながら明るく私を励ますような笑みを見せる。
そうして、お世話になったハーゲルク候爵家の皆様に挨拶を終えると私達一行は帰路についた。
ハーゲルク侯爵邸を出発してから7日後。
無事に山岳地帯を通過し国境を越え、辺境伯の領地へと着く。息子の体調を考え、この地で1週間を過ごすつもりだ。
10人を超える騎士を伴っている為に、父様から預かっている封書を持ってルガルフ辺境伯様へと挨拶をしに先に城へと伺う。
ルガルフ辺境伯様は、書面を読みながらチラリと私の後ろに控えているナーシェに視線を向ける。
彼女が抱えている私の息子を凝視する。
息子の色に何も聞かず告げるでもなく、ルガルフ辺境伯様は私に視線を戻すと穏やかな表情を浮かべた。
「お父上から先に話は聞いている。此処では何の心配もしなくともいいぞ。羽根を伸ばして何日でもゆっくり滞在して行くがよい」
ナーシェがハーゲルク侯爵邸に私を迎えに来たときに渡された父様からの手紙に、息子をルガルフ辺境伯様に見せるようにと書かれていたが。辺境伯様も、息子のことは父様から聞いていると告げた言葉に安堵する。
街に宿をとるつもりでいたが、城への滞在を余儀なくすることになった。
その夜、晩餐の席に招待いただき開かれた扉をくぐると、私はすぐにカーテシーを披露することになった。
目の前にいたのは王弟であらせられるサージェクト殿下だ。
突然王弟殿下が現れたことで、全身の血の気が引くと緊張が走り冷や汗が背を伝う。息子を見られてはいけないと――。
しかし、そんな私にニコリと笑みを見せてルガルフ辺境伯様は食事が終わり次第話があると言った。
……頭の中が真っ白になる。座っているのもやっとだ。
そんな中で対面に座っていたサージェクト殿下が席を立つと私の隣にまでやってくる。
サージェクト殿下が私の隣で足を止めると、穏やかな表情を浮かべ口を開いた。
「食事の前に、場所を移して話したいことがある」
「……場所を移してでしょうか。分かりました」
「ルガルフ辺境伯。食事の前にジルベール侯爵令嬢をお借りする」
サージェクト殿下が、一度失礼すると告げるとルガルフ辺境伯様は口角を上げて頷いた。
恐る恐る席を立つと殿下から手を差し伸べられ、彼のエスコートで移動する。
突然のことでどうしていいのか分からず俯いて歩く私に、殿下は心配するなと言って優しく微笑んだ。
応接間まで移動すると私はソファーへ促され、サージェクト殿下はその対面の席へと座る。
「そう、警戒するな。ジルベール候爵から、既に話は聞いている」
瞳にかかる金色の前髪をかき上げると切れ長の澄んだ碧色の瞳が私に向けられる。
スッキリと無駄のない整った容貌の彼から向けられる視線は妖しいほどの色気があり、視線を合わせることがちょっと苦手だ。彼は王弟といっても、私と4歳しか変わらないのだ。
警戒するなと言われても……。突然、王弟殿下に応接間まで連れて来られたのだ。
……警戒というより困惑してますよと言いたい。
それに、父様から既に話は聞いているって、何をどこからどこまで? 先ずはそれが知りたい。
「父様から聞いたこととは、どういった内容の話でしょうか」
「全てだよ。それより、昔みたいに口調を戻してくれないか? 俺相手に話しづらいだろ」
「全てとは?」
「眉間にしわが寄っている。美人が台無しだ。そうだな、リラックスして話が出来るように結論から言おう」
ソファーから立ち上がり私の座るソファーの前で跪くと殿下は私の手を取る。
「リリーラナ・ジルベール候爵令嬢。私は全身全霊をかけて生涯貴女と息子を愛し守り抜くと誓う。私の妃となって欲しい」
そして、私の手のひらに唇を落とした。
――手、手のひらに?
王族が、愛の懇願をするだなんて聞いたこともない。……彼が私を愛している? まさか、そんなわけ――。
しかし、サージェクトの表情はとても真剣そのもので、冗談ではないと分かる。
愛おしい人を目の前にしたような、そんな表情を私に向けている。私の頭の中はパンク寸前だ。
「サージェクト殿下?」
「ハハッ。間抜け面になったぞ!リラックス出来たな。リラ、私の事はこれからジークと呼んでくれ」
「と、突然……困りますわ」
「そうか? では、リラも誓ってくれ。私を全身全霊をかけて愛すると。なに、今すぐにというわけではない」
王城へと王子妃教育に登城していて何度も顔を合わせたことがあるサージェクト殿下の……こんな表情を見たことがない。
いつも威厳を保っている彼が、だ。眉尻を下げ、不安を隠すかような笑みを私に向けてきたのだ。
「困るのはリラの方だよ。王家の血の引いた息子の今後も考えなければならないよ」
「わたくしは、大丈夫です。息子と他国で暮らそうと思っていましたから」
「大丈夫だ。私が守る。リラが嫌なら、いいと言うまで君に触れないことも誓うよ。そう長くは持たないが。リラと子供を守るには私では力不足だろうか? これからのリラだけじゃなくて、今までのリラも守るよ。だから、私で妥協してくれ」
「妥協だなんて……。サージェクト殿下ならば沢山のご令嬢の中から選び放題なのに私なんかが――」
「リラ、ジークだ。そうだね。選び放題だよ。でも、その中で選んだのがリラなんだが? ……ちゃんと、俺は選んだよ」
そう言った後で、彼は立ち上がり私の額に唇を落とした。
ベルを鳴らすと騎士様が書面を持って入室してくる。それを受け取った彼はそのままテーブルの上へと並べる。3枚の書面には既にサージェクト殿下の名前が書かれているそれは、婚姻書だった。
「あとはリラが名前を書けば私達の婚姻が成立する」
筆を渡されると彼はインクの蓋を開けて私の前に差し出した。
「他国に行くというなら俺も一緒にだ。最後に言わせて欲しいのは、この書面にサインをしたら……リラの心の中にいる男は俺だけにして欲しい。俺は嫉妬深いからな。恋愛結婚なのに、愛がなかったら淋しいだろう?」
「……ふふっ」
「はぁー。やっと笑った。リラの笑った顔がずっと見たかった。じゃぁ、ちゃちゃっと名前を書いちゃおうな」
悪戯な笑みを浮かべて他国に一緒に行くというサージェクト殿下の言葉に、難しい事を私のためにサラリと口に出してくれた想いだけで嬉しく思う私がいる。
王子妃教育のため王城へと登城していた頃は、辛くて泣きたかった私に気づき、いつも励ましてくれた。そのサージェクト殿下が私に愛を乞うとは――。
そんな事を思いながら殿下の顔を見れば、柔らかに微笑む表情に胸が高鳴り、気がつけば筆にインクをつけていた。
名前を書き終えると、騎士様は箱の中にそれを仕舞い退出する。扉が閉まると、すぐにまた扉のノック音が鳴る。すると、今度はメイドがワゴンを押して食事を運んできた。
軽く食事を済ませ充てがわれた部屋へ戻ろうとすると、ジークは息子に会いたいと言って私の手を握りしめた。
部屋の扉を開くと、ナーシェが泣いている息子をあやしている。その様子にジークが息子に向かって両手を伸ばすとナーシェの腕からスルリと抱き上げた。
「かーたま、だっこ。かーたまぁー」
「我が息子は泣き虫だな」
ジークが息子に向ける眼差しはとても柔らかく、同じ金色の髪に碧色の瞳をしたそんな二人の姿に私の瞳が潤む。
「リラ、この子の名前は?」
私は首を左右振る。
「実は、まだ名前が無いのです。留学が終わって、国へ戻ってから名前を付けてもらおうと思っていたのですが――」
「そうか。私が名付けてもいいか?」
「いいのですか?」
「当たり前だろう。私の息子だ」
偉大な王であった祖父の名にちなんだ名前だと言って、彼は息子を『テュルーク』と名付けた。
「テル。私が父だぞ」
「ちち?」
「そうだ。父上だ」
ジークのふわりとした金色の髪を握り、テルは瞳をキラキラ輝かせ「ちち」と何度も呼ぶ。
頬ずりするとくすぐったいらしく、もちもちした弾力のある頬を上げキャッキャッとはしゃぐわんぱくなテルは、疲れて眠るまでずっとジークのそばから離れなかった。
ジークの腕の中でスヤスヤと寝息をたて始めた小さな暴れん坊は、ふわぁと小さな欠伸をひとつする。一度開かれた瞳はすぐに閉じ、テルはジークの首に腕を回すとまた夢の中へと落ちていったようだ。
「どうして、私と結婚をしようとお思いになったのでしょうか」
「いつも眉間にしわを寄せた半べそのリラを見ては、どうにか笑わせてあげようと思って接していた。それと同時に、大人の女性に成長していくリラの笑顔を見るのが俺の喜びになり、いつの間にかリラから目が離せなくなっていた。すまない、俺はレオとリラの破談を喜んだ。そして、諦めなくてもいいのだと思い……今、ここにいる。強引だったかも知れないが、リラが嫌なら……諦めることも考えていた」
私の問いに、不安な表情を浮かべて答える殿下からの想いがとても嬉しかった。
1週間の滞在予定であったが、ジークは二人の仲を深める期間だと言って2ヶ月もの間城に滞在した。
公園へ行ったり、買い物をしたり、魚釣りをしたり。今まで色の少なかった私の世界は、いつの間にか鮮やかな色彩を持つ世界へと変わっていった。
――そして、私はそんな彼に恋をした。
私を不安にさせないためか、彼の隣にいるときは必ず私に触れている彼の手はとても温かくて。愛を語る彼の瞳はいつも真っ直ぐに私を見てくれている。一生無縁だと思っていた想いが、私の全身を巡り彼を求めているのが分かるのだ。
帰りは、ジークと一緒の馬車に乗り、父様の待つ王都のジルベール侯爵邸へ向かうことになったが、途中の街で休憩という名のデートを楽しみながらゆっくり帰路に就いた。
馬車がジルベール候爵邸の玄関前で停車すると、ジークが先に馬車から降りテルを右腕で抱えながら私に手を差し伸べる。彼の手を取り馬車から降りると父様が扉から出てきた。
「サージェクト殿下ありがとうございました。リリーラナおかえり」
「ただいま戻りました」
優しい父様の表情に心がほんわかと温かくなる。父様はジークに視線を送ると彼は小さく頷いた。
2日後、戻ってきたばかりの私の元にレオナールからの封書が届けられた。
ジークはレオナールから届いた封書を見るなり床へと叩きつけた。
それを、ソファーに座りながら唖然として見ている私に抱きつくと、お腹の上に顔を埋める。
「アイツ、人の嫁を呼び出すとは!」
「仕方が無いわ。ジークと私が今こうしていることも知らないのでしょう?」
「あぁ、レオとリラを会わせたくない。リラ、行かなくていい。いや、行くな」
「ふふっ。わがまま言わないで下さい」
爽やかにフェロモンを撒き散らすジークは、見た目と違って甘えたがりだ。当初は、嫉妬深いと冗談を飛ばしていたと思っていたが、想像以上にかなり嫉妬深い人だった。
馬車が王城の門をくぐり城までの道をカタコトと進む。テルを膝の上に乗せ隣に座るジークに緊張するなと言われても、しない訳が無いでしょう。
城の扉を入ると誰もが私達の登場に大きく目を見開く。皆の視線の前でジークが私の額に唇を落とすと皆顔を赤くして視線をずらした。
私は先にレオナールから呼ばれた場所へと赴き、その後でジークと国王陛下の私室へと行くことになっている。
「では、終わり次第私の執務室に来てくれ。テルのことは心配しなくていい。なんなら、俺も一緒に……」
「大丈夫です。一人で行けます」
心配も何も、テルはいつの間にか私よりジークに懐いてしまっている。ここで私が彼から息子を取り上げたものならば、大泣きされることになるだろう。
「テル。母上にいってらっしゃいを言おう」
「いってあーしゃい」
「良い子にしていてね。直ぐにテルの元に戻ってくるわ」
「テルの? 俺の元にだろう?」
少し不服そうな表情を浮かべる彼の腕から手を離すと、ジークは不安な表情を一瞬見せる。私は彼の手を取り、手のひらへ唇を落とす。彼の頬が赤くなったところで、私はレオナールと会うためにジークとは別の方向の回廊へと歩みを進めた。
爽やかな春の風が運ぶ仄かに甘い花の香りが漂う中。私は瞼を閉じながら対面に座るレオナール、元婚約者の発する言葉を待つ。
王宮の温室前にある四阿で、今の彼の婚約者であるヴィオレッタ様がお茶を淹れ終わると、カチャカチャと音を立てながらテーブルの上へ運ばれた。
その音で私は瞼を上げると並々と注がれている泥色の液体が視界に入るが、私は表情を変えずにカップを持ち上げる。
先に、彼がそれを口に含むと一瞬顔を歪ませたが直ぐに微笑みを浮かべて彼女にお礼を告げる。
その後で、私もカップを口に当てると淑やかに微笑んで見せた。
「2年の留学期間だったにも拘らず、3年半もの期間を費やし、挙句の果てに連絡も無かった。その為、父君のジルベール候爵と話を進め、私達の婚約は破棄とされている」
レオナールはそう言って、眉間にしわを寄せながら私をじっと見つめている。
そんな彼を前に、不安で何通も手紙を送ったのに、貴方は最低な婚約者だったと……会ったときにそう言ってやろうと思っていたが。ジークのお陰でその想いさえも伝える必要のないことなのだと思う私がいることに、私自身驚いた。
目の前で、元婚約者の仲睦まじい姿を見せられているというのに、それを何とも思わないことに笑みが溢れる。
「はい。レオナール殿下。遅くなりましたが、この度はヴィオレッタ・ナタール様とのご婚約、おめでとうございます」
私は冷静な表情を作り言葉を返すと、彼は瞬きもせずに瞳をわかりやすいほどに揺らして私を見続ける。
「俺たちの10年という婚約期間は何だったのか。俺の何がいけなかった? リラ、教えてくれないか?」
暫くの沈黙の後、レオナールはそう言って絞り出すような声で言葉を発した。
以前の私なら、彼に言いたい言葉はたくさんあったのだろう。私たちの10年間を終わりにしたのはレオナールなのに。そんなことは、もうどうでもいいことなのでは? と思うのだけど。
それに、今の彼の婚約者であるヴィオレッタ様の前で、私たちの関係を聞いてくるなんて正気じゃない。
「過ぎ去った過去の事は忘れましたわ」
ニコリと微笑んでそう返したところで、護衛が伝言を伝えにきた。
耳元で、『許容範囲の時間終了です』とジークからの伝言を伝えられる。
「両陛下との謁見の時間となりましたので、わたくしは失礼させていただきます」
そして、私はレオナールに最上級の笑みを披露し、その後で早々と席を立つことにした。
「ま、待ってくれ。リラ」
歩き出した私の手が掴まれ振り返ると、そこには焦りを含んだレオナールの顔があった。
「申し訳ございません。手を離していただけますか」
私は掴まれた手を見ると彼に視線を戻し、そう言って首を傾げた。
「リラ、君を許そう。だから私の側妃に――」
「王弟妃殿下の腕を離して下さいますか」
「い、今……何と申した?」
レオナールと私の間に護衛していた騎士が割って入る。
騎士の言葉にレオナールが大きく目を見開き、掴まれた手が離れたところで私は優雅に微笑んで答える。
「結構です。わたくしには愛する夫がおりますので。それと、わたくしを愛称で呼ぶのはお止めになって下さい。失礼させていただきます」
「王弟妃殿下だと? 俺は知らされてない……そんなばかな―――」
彼の時が止まったかのように大きく見開かれたままの瞳に今の私はどう映ったのであろう。
私たちの婚約を私の知らぬ間に破棄したレオナールの言葉に笑止する。自分の元婚約者が他の男性へと嫁いだことを知らなかったからといって、それが何だというのだろうか。
そして私は進む先へと視線を戻し、ジークとテルの待つ場所へと歩みを進めた。
「リリーラナ。先ずは愚息が仕出かした事を親として謝らせてくれ」
「陛下、頭をお上げください」
そうして始まった両陛下との話し合いの席では、私に出来ることといえばジークと両陛下の言葉を聞いて頷くだけだ。
国王陛下の私室では、私は緊張し過ぎて言葉も良く聞き取れない。そんな私を王妃陛下が心配すると、国王陛下の隣から私の右側にある一人掛けソファーへ腰を下ろし、テルを抱いてあやし始める。国王陛下も話を進めながら何度もテルを見ては笑みを零す。
国王陛下の話は私たちのことについて貴族たちに布告を出す内容だった。
戦争が始まりジークと父様が出征していた為に、レオナールとの婚約を破棄しジークとの婚姻が書類上遅くなったことで発表が出来なかったこと。その為、留学中婚姻前の出産となってしまったことと戦時中であったために他国で療養を兼ねていたこと。ジークと父様が帰還してすぐに婚約破棄に次いで婚姻は受理されていたこと。最後に、私の療養を待ってからの帰国となり出生届の提出が遅れたこととした。
レオナールと婚約中での出産という事実はどうにも出来ない事で醜聞は直ぐには消せないが。
私の留学と同時にレオナールの不貞と婚約破棄の話をナタール侯爵令嬢が学院で漏らしていたこともあり、婚約破棄の件に関しては早いうちから貴族の間で皆が知り得る事実となっていたらしい。
そして、王国一の騎士団を持ち国境を護るルガルフ辺境伯が私達の後ろ盾となって下さったことから貴族たちもその件に関しては口を噤むだろうとのことだった。
無邪気に室内を走り回るテュルークを王妃陛下が捕まえる。
「私達の孫であり、甥になったテュルークにいつまでも祝福が訪れますように」
王妃陛下がテルの額に唇を落とすと、国王陛下もテルを抱き上げ頬擦りしてから額に唇を落とした。
――そして、私達の結婚式を終戦後1年を待ってすぐの吉日に、国王陛下が無理矢理押し込んだ。
……ということで、半年後に催すことになった結婚式の準備に日々は慌ただしく過ぎていくことになった。
式の後に王弟の宮へ輿入れする予定だが、今は改装中だ。それを理由に侯爵家の別館にて親子で住んでいる。
日中は、本邸にテルを預けジークと共に城へ行く。たまにテルを連れて来るように言われると侍女のナーシェに王妃陛下のお相手をお願いする。最初の内は顔面蒼白だった彼女も、王妃陛下の朗らかさに感化され今では喜んで行ってくれるようになった。
そんな日々の中、両陛下からジークと私は陛下の私室へと呼ばれた。
「第一王子レオナールの継承権を剥奪する日が決まった」
第二王子は隣国の王女と既に婚約しており、成人後に隣国へと婿入りが決まっている。第三王子はまだ5歳になったばかりだ。その為、ジークが王太子となり、そして3年後にジークと私が―――。
「今回の息子の仕出かした責を王家も負わなければなりません。それに、直ぐにと言うわけでもないし、心の準備期間もありますわ」
「それならば、第三王子が成長してからでもいいではないですか」
「ふふっ、あの子がどんな大人になるのか分からないのに? ……国民のために分からないことを今のうちから決めることなど無理ですわ。あの子の成長を待つ時間もありません」
王妃陛下の言葉の後で、私へと国王陛下が重い口を開く。そして、国王陛下の話される内容に私は驚愕した。
それは、私が留学するために国から旅立ってから直ぐのこと。
レオナールは今の婚約者であるナタール侯爵令嬢と春の王家主催の花見の夜会にて体の関係を持ってしまった。性欲を覚えてしまった彼はその後も彼女との関係を何度か持ったのだとか。
後から知り得た報告によると、レオナールは学院卒業後に王太子となる予定だったことから、それを知ったナタール侯爵は娘を充てがったのだ。
それと共に侯爵は私からレオナール宛に届いた手紙を握り潰していた。宰相である侯爵には簡単なことだった。
国王陛下はそれを知ると直ぐに宰相を辞させたが、レオナールとナタール侯爵令嬢との仲については黙認したのだとか。
花見でのことは、すぐに影から報告があった。その後で継承権を剥奪しようと、両陛下は話し合いを始めていたらしい。
そして、その話し合いの中にはジークも加わっていたのだという。
話し合いの席では、既にレオナールと私の婚約を破棄することも話されていたのだとか。そのときにジークは、私が了承してくれるならば妃に迎えたいと両陛下に告げていたのだという。そんな中、話がまとまる前に開戦してしまったらしい。
「戦争から戻るとジルベール侯爵が王宮へと呼ばれ、レオとリラの婚約が破棄された。その事を、兄上から聞きすぐに侯爵邸に向かった。しかし、侯爵は既にリラの下へと向かっていた。急いで後を追ったんだ」
ジークは、最初の宿で父様と話す時間を設け、少しずつ誘導しながら私の話を聞き出した。そのときに、父様に私との婚約を申し出たのだという。
そして、数日間一緒に移動しながら今後の事を話し合い、父様は私の下へ向かい彼はルガルフ辺境伯に後ろ盾となってもらうため辺境伯領へ向かったのだということだった。
ジークが王城へ戻ってくると、国王陛下がナタール侯爵当主である元宰相の取り調べを終え、私の有責は無しとなった。
春の王家主催の花見の夜会にてナタール侯爵当主はレオナールに度数の高い酒を飲ませ娘を充てがったのだった。が、その後はレオナール本人の意思だったことから、レオナールの有責での婚約破棄となったのだ。
「順を追って話すと、花見の夜会での件でレオの継承権を剥奪する話が出たときにリラと婚約が破棄されると知り、その場で俺は兄上に申し出たんだ……リラの首を縦に振らすことが出来たら俺とリラの婚姻の許しが欲しいとね。終戦後、ジルベール侯爵がリラの下へ向かっているときリラに子供がいることを知り、兄上にリラの子供を自分の子供として大事に育てる約束もした。兄上と義姉上ではテュルークをどうすることも出来ない。そして、私だけが二人の孫の将来を明るいものにすることが可能だった」
――知らぬ間に……。
ジークは、ずっと私を護ってくれていた。
私のために……。
彼がたくさんの問題を解決するために、ずっと前からあらゆる手を回してくれていたから、今の私はジークの隣にいられるのだ。
ジークの言葉の後で、レオナールの今後について話された。
国王陛下は、その責においてレオナールを臣籍降下し伯爵に叙爵する考えだった。
しかし、王妃陛下が首を横に振った。王妃陛下は、私とテルの2人への罪が成立する併合罪だと言い、既に伯爵へと降格されたナタール伯爵家へ婿入りさせ伯爵家の持つ子爵位を継承させるべきだと厳しい罰を口にした。
そして、レオナールが私を有責にしたこと。それと、知らなかったとはいえ王子となる自分の息子を私生児へと追いやることとなったことに変わりないと、王妃陛下の言葉通りのレオナールの今後が決定した。
晴れやかな空の下、ジークと私は真っ白な衣装を身に纏い神の前で誓いの言葉を発すると、すぐにテルがジークに抱っこを要求する。その姿に皆から祝福の言葉をかけられ、一先ず胸を撫で下ろすことができた。
次の披露宴の前に国民へ私たちの結婚を披露するために、白を基調とした金色の豪華な刺繍のされたドレスに着替えジークが迎えにくるのを待つ。
扉からノック音が鳴り、「どうぞ」と言った後でメイドが扉を開くより先に外側から扉が開かれる。
扉から入室してきたのは息子を抱いたジークだ。
ジークはテルを抱きながら私の前まで来ると室内にいた使用人たちに目配せをする。
3人になったところで彼は腕から息子を下ろすと腰を落とし、私と息子の手をとり優しく握った。
「リラ。今から私達の新たな人生が始まる」
そう言って、ジークは柔らかな表情で私とテルを見る。
「えぇ」
「妻と息子を守ると、もう一度ここで誓う。俺に守らせてくれるか?」
「一生守ると誓って下されば」
「その誓いは簡単過ぎるな……リラが一生愛してくれれば問題ないさ。では、皆に披露しに行こう。愛する妻と子供を―――」
ジークは腰を上げ、テルを抱える。
その後で、空いている方の手に彼の手が重ねられると、指の間に彼の指が滑らかに絡められた。
ジークを見上げれば、彼は頬を染めて私を愛しそうな表情で見ている。
そんな彼に、私は今まで生きてきた中で一番の笑顔を見せて応えた。
お読み下さりありがとうございました。
誤字脱字がありましたらごめんなさい。
m(_ _)m