第七話「模擬戦終了」
「優勝はヴィーシャたんのチームにゃぁあああああああああ!!」
「ヴィーシャ、たん? 子供扱いするな」
「優勝賞品はMAV! おめでとうございますにゃ」
「おぉそれは良いな」
MAVは建物内部の探索や監視、屋外での盗聴や盗撮などに使われる超小型のロボット兵器だ。鳥のような形状をしている。主に特殊部隊が使う。
「敗北チームの代表にはシュールストレミングのプレゼントがあるにゃ。そのまま食べろにゃ」
おっさんが必死にシュールストレミングを口に運ぶ。苦しみに歪む様子を酒のつまみにするヴィーシャのテンションは高い。
「先輩も飲みましょうよ」
近衛が椅子に座る。食堂のテーブルの上にはストリチナヤ(ウォッカ)やプロセッコ(白発泡ワイン)などなど世界中のお酒が並んでいる。日本酒もある。
「どんどん飲め飲め!」
ヴィーシャが近衛のコップにロシアの酒を注ぐ。背丈があれだから警察が見たら職質だろうなっと心の中で思いながら近衛はヴィーシャの国の酒の味を堪能する。
「近衛はよく頑張ったな。M2重機関銃の弾雨に飛び込むとは恐れ入った。漏らしてしまうほどビビっていたのに誇りに思う」
(おまえが無理やり盾にしやがったんだろうが)
「漏らして……しまう……?」
呟いた小鳥が近衛を見つめる。近衛は目をそらす。
「ああ。M2重機関銃の脅威が去ったとき、安心したのか涙を溢れさせながら……それほどの恐怖だったのにチームのために盾になったんだ。なかなか出来ることではないぞ」
近衛が真顔になる。ヘレナが近衛に耳打ちをする。情報を得た近衛は少しからかってやろうと思い至った。
「ボス(ヴィーシャ)は怖い話が大好物だったと記憶しているのであります。夏と言えば怪談!」
「ちょっと待て怪談を好きだと言った覚え――」
「あれれ上官ともあろう方が、怪談に怯えるなんてありえないと思うのでありますがもしかして怖いんですか? たかだか怪談ごときに獲物に追われるウサギのように震え情けなくやめてくれなんて慈悲を請うなんてありえないですよね? ボス」
「――うぅ。そういえば好きだと言った覚えがあるな……」
ヴィーシャの目はうるうるだ。実に萌える表情だ。その場の全員が思ったことだろう。ヴィーシャたんマジ天使っと。
「第一陣はわたしが。これは有象無象の死体があちらこちらに転がり銃撃音が常に鳴り響いている、戦地での猟奇殺人事件の真相を追究する物語」
ヘレナが怪談を話し始める。無表情が相まって冷たい空気が流れる。ヴィーシャはだらだらと汗をかきながら非常に情けない表情をしている。
「1972年。ある将校名前は仮にヴィーシャとするが……」
「撤回求むぞっ!」
ヴィーシャが涙目になり腕を振り上げながら抗議をするがヘレナは華麗に無視。
「将校は元部下の嫁セシリアに恋をしてしまう。セシリアは夫と会えない日々が続いて寂しさを募らせていました。将校はセシリアの心の隙間につけ込んでベットに押し倒し行為に及んでしまう。ある日、将校も戦地へと赴くことになりました」
「昼ドラみたいだな」
恐怖心が和らいだのかヴィーシャの震えが止まる。
「将校は戦地の本拠地で書類整理をしていた。そこに小汚い制服の男がやって来て、大尉が呼んでいます。案内しますからついてきてください。と報告に来ました。将校は浜辺へと向かい、翌日原形が分からないほどグチャグチャになって発見された。犯人は誰でしょう?」
「……」
ヴィーシャが無言になる。ガタガタと震えだし息が荒くなる。一度油断(安心)してから再度恐怖が襲いかかってくると恐怖心が二倍になってしまう。
ホラー映画で物音を聞いてバッっと振り抜いたら猫でほっと安心して正面を見たら幽霊がいて心臓が飛び跳ねた経験があると思うが、人間は一度安心すると衝撃が大きくなる。
「将校の腕に『妻を寝取りやがって』と言葉が彫られていたため軍は味方に殺された疑いがあると捜査をしましたが難航しました。将校が寝取ったのはセシリアだけ。その夫である元部下は数年前に戦死している。殺せるはずがないでもそいつ以外に動機がある人間がいない。
サイラスという心霊学者が1996年に幽霊は生者に触れることが出来るのかという調査を行い出来ると結論づけました。将校の衣服からセシリアの夫の指紋が検出ことを証拠としています。
生者に触れることが出来てしまう幽霊も存在する。ヴィーシャが今まで葬ってきた者たちの中にセシリアの夫みたいな幽霊がいなければいいなぁと願っています」
「ゆ、幽霊なんてありえないありえない私は認めないぞ」
「わたしは霊感が強い。ヴィーシャの後ろにたくさんいる」
ヘレナは不気味に微笑む。ヴィーシャは「ひぅ」とあまりの恐怖に心の平穏を保てなくなり壊れたロボットみたいに意味不明なことを呟き始める。色素を失い真っ白になっている。
「ボス安心してください。幽霊なんて存在しません」
小鳥がヴィーシャに抱きついて頭をなでなでしている。
(上官だよな?)
「ほんとうに?」
小鳥がだらしなく、にへら~っとしながらヴィーシャの頬をスリスリする。小鳥だけではなく他の女性たちも一様にヴィーシャとうらやましいことをしている。
「近衛。我々はあっちで飲もうか」
グレンがおっさんのチームが晩酌中のテーブルを指さして言う。あそこにはルーシーがいるが女子会みたいな雰囲気に耐えられない近衛は移動する。
「ふふ。ここに座って一緒に飲みましょう」
問題児ことルーシーがトントンと叩いたフォールティングチェアに近衛が座る。
「な、なんでしょうか」
ルーシが近衛の胸部をエロティックに触ってきた。危険な女に興奮するはずがなく恐怖だけがゾワゾワと近衛の心中に湧き上がってくる。汗が止まらない。
「私、強い男を屈服させるのが大好きなの」
「強い男がご所望ならグレンとか最高の相手だと思うんですけど」
近衛が仲間を売る。
(ここに連れてきたのはグレンなんだから責任取れよな)
「お年寄りはちょっと……死んじゃうかもしれないし」
目をそらしながら答えるルーシ。
(こいつにも人の心があるんだな)
「ルーシーは仕事変えたらいいと思う。もう軍人やめて女王様になれば?」
「それは無理。私がいじめたいのは弱っちい豚どもじゃなくて強い狼だからそうあなたみたいな強くて逞しい男じゃなきゃ興奮できないのぉ」
戦闘狂×ドS=ルーシという方程式が近衛の頭の中に思い浮かぶ。強い敵と戦い倒していじめることに性的興奮を感じるヤバい女。戦場で出会いたくない奴だなと近衛は思った。
「近衛。ヴィーシャが呼んでる」
ヘレナが近衛の襟首を掴んでずるずると引きずる。ヴィーシャが酒盛りをしているテーブルまで来た近衛がヴィーシャに敬礼をする。
「?」
ヴィーシャが不思議そうに近衛を見上げる。
「話があるって」
「嘘をついた。近衛が困っていたから連れてきた」
(ルーシーの魔の手から救出してくれたということか。ヘレナは良い奴だな)
「ありがとうございます」
「年上に敬語を使われるとムズムズする。友達と同じように接して欲しい」
「助けてくれてありがとな」
「ん」