第二十二話「奪還」
血癒希乃の引き渡しから2日後。東京都道318号環状七号線。
『護送車を確認。一般車の姿はない』
護送車とパトカー数十台が環七通りの鹿浜橋を走行している。
「よし、停車させろ」
上空を飛行するAS350 B2(ヘリコプター)内からヴィーシャがヘレナに狙撃を命じる。護送車のタイヤに亀裂が走り萎む、運転手が急ブレーキをかけて停車させた。
何事だ! とMP5を装備する機動隊員(銃器対策部隊)が数名降車して辺りを見回している。ヘレナは鹿浜橋から約800m離れている狙撃ポイントに伏射中だ。
ヘリコプターが鹿浜橋に着陸した。近衛たちは降り立ち攻撃を開始。
「本部――ぐが」
パトカーの無線機を使って本部と交信中の警官がゴム弾の洗礼を受け倒れる。
「急所は外せっ殉職者が出れば警察が熱くなる!」
『エネミーの制圧完了』
銃撃戦に慣れていない制服警官、機動隊員(銃器対策部隊)を全滅させるのにそんなに時間はかからなかった。敵の人数が少なかったのも理由だが。
「ヘレナ。援護を頼むぞ」
『了解』
ヴィーシャが護送車の中に入っていく。
「……誰、なの……?」
希乃は拘束衣目隠しヘッドホンによって身体の自由を奪われていた。
「私だ。お前の望みはなんだ?」
ヴィーシャは目出し帽を脱いで素顔を晒した。そして、希乃の目隠しとヘッドホンを外して視覚と聴覚の自由を取り戻させる。
「自由になりたい」
「私たちが守ってやる。その見返りにその力を世界のために使ってもらう」
ヴィーシャの衛星電話がけたたましく鳴り響く。電話主は氷室京香だ。
『護送車を襲ったりしていないでしょうか?』
「していないが、なにかあったのか?」
『希乃を奪おうと企む何者かに攻撃されています。こんなことをする可能性がある集団はあなた方しか思い浮かばなかったため電話したのですが!』
「仮に我々が攻撃していたとしてもなにも問題はないだろ? 任務は(契約は)すでに完遂している。希乃をどうしようが我々の自由だ。もう我々に対する指揮命令権はあなたにはない」
「ヴィーシャ。敵機っ軽機関銃!?」
ベル 412EP二機が上空にホバリングする。一機が軽機関銃をぶっ放して近衛たちを牽制する。その隙にもう一機が特殊急襲部隊員たちを懸垂下降させる。
S350 B2が軽機関銃によって破壊され退路を断たれる。近衛たちは車のホイールやエンジンブロックの影に隠れて5.56mm弾から身を守る。アスファルトに無数の凸凹が形作られパトカーや護送車はボロ雑巾のような酷い有様となっている。
「包囲される前に片付けるぞ」
特殊急襲部隊員たちの武装はMP5A5。人数は10人。
「エネミー3ダウンっ上空からの攻撃が邪魔だっ」
鹿浜橋上には障害物が少ない、隠れることが出来るのは数十台のパトカーと護送車だけ。特殊急襲部隊は防弾盾持ちの隊員とうまく連携しながら接近、射撃を交互に繰り返し近づいている。
『風速、よし、狙撃できる』
ベル 412EP内から軽機関銃を射出中の隊員が目をギュッとつぶる。ヘレナが放ったライフル弾が軽機関銃のバレル内に吸い込まれるように潜入して破裂させたからだ。破片が隊員の手共々飛び散る。断末魔が辺り一帯に轟いた。
「邪魔者が消えたっ防御から攻撃に移行して一気に叩くぞ」
「特殊急襲部隊全滅を確認。どうしますか?」
特殊急襲部隊を倒せたが、かなりの時間をロスしてしまった。日本の警察官は戦闘力は低いが連携力は高い。非常事態または事件が起きたら瞬く間に該当地域を完全封鎖してしまう。封鎖されたらじわじわと追い詰められ捕まる。
一人一人の力は弱くても集団の力は世界最高レベルなのが日本警察の特徴だ。地上から逃げるのはもはや不可能に近い。
なら空から逃げる? 無理だ、航空機がない。では海から? 船舶は簡単に手に入るが警備艇にすぐに見つかり海保にどこまでも追いかけられる。
「警察は地上と海上は封鎖できても海底は封鎖できない」
近衛たちは防弾チョッキや武器などを捨てるとエアーフィン(簡易潜水器具)を口に銜えそしてフィンと水中メガネを付けると荒川に飛び込む。東京湾まで泳いで潜水艦に搭乗する。
ヘレナも無事に潜水艦に搭乗する。潜水艦の艦長とヴィーシャは友人みたいだ。
(艦長がどこの所属かは詮索しないでおこう)
潜水艦が日本の海域から姿を消す。