第十九話「研究施設」
「氷室さん。パスワードを求む」
エレベーターの右側に暗証番号入力端末が付いている。パスワードを入力しないと動かない仕組みだ。パスワードは1分ごとに作り替えられる。
『79432145』
「開いた、乗れ」
ヴィーシャ一行はエレベータに乗り込む。ピンポンと音が鳴り研究施設に到着する。
「敵影なし」
エレベーターから通路に移動する。白を基調としている通路に実験室等の部屋がある。
「グロいな」
ヴィーシャが大きなガラス張りの実験室内を見ながら顔を引きつらせる。
大勢の研究員が天井に逆さ吊りにされている。体中に刃物が刺さっていたり皮が剥がされていたり酷い有様だ。近衛たちは扉を開けて実験室の中へ入っていく。
「まだ、生きて……」
ヘレナが白人男性の研究員の首に指を当てて脈を測る。脈があるということは死体ではないつまりゾンビのような者ではないということだ。
「噛み傷や引っ掻き傷が見当たらない」
ヘレナが研究員たちの体を調べている。
「寿命が尽きるその時まで苦痛を与え続けたいって思いがひしひしと伝わってくるぞ」
「どうしますか?」
近衛がヴィーシャに質問する。
「楽にしてやれ」
近衛とヘレナそしてヴィーシャが研究員たちの頭を撃っていく。
「なに、なにを、してるの」
13日・金曜日という単語から何が連想されるだろうか? ホッケーマスクで顔を覆っている細身の男が入ってきた。マチェットを装備している。
「玩具を奪っているだけだ」
ヴィーシャはそう言うと最後の研究員に死という名の安楽を与えた。苦痛をもっともっと味わわせたい相手を勝手に殺されて、細身の男は怒っているようだ。
「ふざけないでっ!! 殺してやる殺してやるっ」
細身の男がヴィーシャに斬りかかる。ナイフとマチェットが擦れ合いギリギリと嫌な音を立てながら火花を咲かせる。
「ふぐぅすごい力だな」
押し込みに必死に耐える、ヴィーシャの体へとナイフが近づく。ヴィーシャの腕と足が生まれ立ての子鹿のようにぷるぷる震えている。
「死ね死ね死ね死ね死ねぇえええええええええええ!」
表情を伺うことは出来ないがたぶん鬼のような形相をしているのだろう。
「うらっ」
ヴィーシャが細身の男の右膝を蹴る、折れて膝がガクンとなる。一瞬力が弱まったのかマチェットを押し返され細身の男は仰け反る。その隙にヴィーシャが細身の男の右腕を切断する。
マチェットを握る右腕をヴィーシャがキャッチして細身の男の頬を殴りつけた。
「このチビ助がぁあああああああああああ」
細身の男が腰から斧を抜くと、大きく横に振るが虚しく空気を斬るだけでヴィーシャには当たらない。ヴィーシャが後ろにジャンプして回避したからだ。
「パワーはあるが戦い方はひよっこだな」
ヴィーシャがトドメを刺そうとナイフを細身の男の首に近づける。絶体絶命の窮地に立たされているはずなのに、細身の男はにやぁと笑った。
(何か策があるのか?)
「ヴィーシャ、左!」
ルーシーが牙を立ててヴィーシャに噛みつこうと飛びかかる二体のゾンビのような者の猟犬を斬り裂く。ゴリラや虎はこの研究所の実験動物だったのだろうか?
「助かった。諦めろ」
細身の男がボギボギギと音を鳴らせながら立ち上がる。そして二歩ほど歩いて前のめりに倒れる。右膝の骨が粉砕しているんだ、歩けるはずがない。
「捲土重来。次は仕留めるわ」
人皮の仮面とチェンソーと聞いて何を思い浮かべる?
「さっきから気になっていたんだが、なんで殺人鬼のコスプレを?」
「普通の姿の奴に痛めつけられるよりもイカレタ姿の奴に痛めつけられる方が恐怖心も倍増するでしょ? 研究者が死んじゃったからもう意味ないんだけど」
「そうか。スタングレネードっ」
ヴィーシャがM84を投げる。眩い光と大音響が実験室に充満する。殺人鬼がひるんだ隙に近衛たちは通路に出て走る。チェンソーの音が通路に響く。
「チェンソーの相手だけは断固拒否するぞ」
後方から殺人鬼がチェンソーを振り回しながら追走してきた。
「ガルルルル」
10頭の猟犬が前方の通路の先から突進してくる。ヘレナがM360J SAKURAを両手に持ち発砲する。弾丸は正確に猟犬の脳を破壊していき取り残しもなく片づけた。
「くそっ」
L字路を曲がろうとしたとき銃撃を受けた。8名の警備員姿の男が89式5.56mm小銃をマフィアみたいに乱射している。
「倒さないと先に進めない!」
ヘレナが応戦しながら叫ぶ。殺人鬼の足音がどんどんどんどん大きくなる。
「任せて。私が殺人鬼を成敗する」
ルーシーが軍用ナイフを構え殺人鬼に接近する。
「真っ二つになりなさい」
チェンソーの振り落としを身体をそらし、殺人鬼の後ろに回って避ける。
「嘘――」
ルーシーが絶望の表情を浮かべる。殺人鬼は左腕をチェンソーから離してスリーブガンをシャキンと出してルーシーの足に素早く構える。完全なる不意打ちだ。
「――ぐっ」
ルーシーの両足に風穴が開く。血がドバドバ溢れる。
「ルーシーに近づけさせるな!」
ヴィーシャやヘレナが殺人鬼に向けて発砲する。不適に口を歪める殺人鬼はチェンソーを盾として活用する。弾丸は刃やエンジン部分に当たり火花を散らせる。
「あぐ」
ルーシーが苦痛に顔を歪めながらゆっくりと後ろに下がる。
「やめろ!」
殺人鬼がルーシーの背後に行くとチェンソーを突き刺して肉壁にする。そして人皮のマスクを脱ぐと血だらけの口内をルーシーの左肩に押し当てやんわりと噛む。
「……し、にたくない……」
高速回転する刃がルーシーの臓器をグチャグチャにかき乱して絶命させた。
「撃たないで、お願い……しにたくない」
ルーシーの死体が涙を流しながら懇願する。引き金にかけている指が小刻みに震える。死体だと分かっているが、それでも撃つのを躊躇ってしまう。近衛の息が乱れる。
近衛は攻撃できない。
「しっかりしろっ」
近衛はヴィーシャに頬を殴られ我に返った。ヴィーシャがルーシーの頭部を撃ち抜く。近衛たちはダダダダダンと殺人鬼に向けて弾丸を射出する。
殺人鬼がルーシーを引っこ抜くと近衛に投げた。
「ルーシーの仇だっクソ野郎!」
ヴィーシャがS&W M500から50口径のマグナム弾を発射する。殺人鬼が脳髄をまき散らしながら床にうつ伏せになる。操りから解放される。
「エネミーが接近っ」
警備員姿の男たちが手榴弾を手に獲物を見つけた獣のごとく迫ってきた。近衛が小銃を構え発砲、弾丸は手榴弾に命中する。誘爆を引き起こして警備員姿の男たちは吹き飛んでいく。警備員姿の男たちの中に見覚えのある死体があった、首から提げているIDカードを見た近衛が呟く。
「第1空挺団時代の同期だ。退職したと聞いていたが……」
「知り合いか?」
「はい」
近衛たちは居住区に向かう。