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血癒島  作者: 野良クリ
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プロローグ

 赤色に彩られた校舎に銃撃音が鳴り響く。魂なき器、生徒だった肉体が重武装の男女を襲う。入り乱れる両者を見つめる、教師だった肉体が呟いたが、のどをえぐられている状態では空気が行き来するぴゅぴゅという音しか出ずその場にいる誰も意味を理解できなかった。ただ憎しみだけがひしひしと伝わってきた。

「ダリル! っ」

 木造の壁に無数の拳サイズの丸い形がボコボコと浮き出る。壁を突き破って伸びる無数の手がダリルの体をつかみ、肉を引きちぎる。血か吹き出し絶叫が轟く。重武装の男女を率いるヴィーシャが拳銃を構えた。火花が咲く。額から脳に入った弾丸がダリルの生命を断ち切った。

 廊下を埋め尽くす肉体が駆ける。飛翔する弾丸をもろともせず命ある者を求めて手を伸ばす。肉体を振りほどいたヴィーシャが目に入った教室に転がり込む。物が散乱する教室の窓ガラスを割って、ヴィーシャが中庭に移動する。仲間たちも続くが、仲間が中庭に行く時間を稼ぐために肉体の侵入を防いでいたレイフとヘクターは続くことができなかった。箒が頭に穴を開ける。そして箒の先が顎から出る。串刺しになった遺体がオブジェクトとして教室の扉前に配置された。

「射手だ!」

 校舎の二階から矢が放たれた。グレンが矢に弾丸をぶつけて軌道をずらす。矢がグレンの耳を擦って、地面に突き刺さる。射手は弓道着に身を包む女子生徒の肉体だ。複数の弓が命ある者を狙っている。

「小鳥っ煙幕を張れ」

 小鳥がスモークグレネードを中庭に投げる。紫色の煙が辺りに充満する。ヴィーシャが小声で「登れ」と指示を出す。先行する近衛とヴィーシャが一階の窓枠に足を置いて、力一杯ジャンプするそして二階の窓の外側の転落防止用の手すり(ステンレス製の棒)を利き手じゃない方の手で掴み、両足を壁に押し当てながら拳銃を構える。同時に発砲して射手を排除する。

 二階の教室に重武装の男女が入った。近衛が中庭を見下ろす。武器を持った肉体が命ある者を見上げていた。生気のない目だ。

「ひどすぎる。これが特殊な環境ってやつなのか......」

 近衛は数日前まで戦地を知らずに戦闘服を毎日着用していた。一般の部隊とは違って、特殊な立ち位置にいた近衛は軍とのぶつかり合いではなくテロリストや民間人に区別されるが国を危険にさらす人物と戦う特殊な環境も覚悟していた。覚悟はしていたが、それはあまりにも非現実的で凄惨だった。魂がないとはいえ相手は民間人だ。本来ならば守るべき相手だ。それを今、撃っている。

 彼らは現行法の上では民間人として区別される。殺害すれば殺人の罪に問われる。警察に捕まれば死刑は免れない。

 近衛は自分が『血癒島』に来ることになった出来事を思い起こす。すべては依願退職から始まった。




 習志野駐屯地。荷物を持った近衛弘正(このえひろまさ)二等陸佐と赤城小鳥(あかぎことり)三等陸佐が正門に向かっている。二人は混乱していた。上官からいきなり「依願退職の手続きが終了しました。今までお疲れ様でした」と言われ退職に追い込まれた。無職だ。身に覚えのない退職願によって依願退職など一般企業でも自衛隊でも絶対にありえないことのはずだがそのありえないことが二人にはありえることだった。


「私、頑張って頑張ってSになったのに......」

 黒髪のボブカット慎ましく控えめな胸が印象的な女性がうつむいている。赤城小鳥三等陸佐だ。自衛隊員が言うSは特殊作戦群を指す隠語だ。特殊作戦群はテロ組織の実効支配地域などで邦人救出の任を受ける可能性もあるためその地域の言葉や広く信仰されている宗教について学ぶ。一般部隊と違って相手にするのが戦車部隊や歩兵師団といった軍隊と呼ぶにふさわしい集団ではなく、重要拠点を守る兵士やテロリストだ。必然的に室内での戦闘が頻発する。そのため近接戦闘の練度は陸上自衛隊の最高峰だ。

「部下にお別れも言えないのか」

 小鳥のとなりを歩く近衛が呟く。近衛は防衛大学校卒の独身の男性自衛官だ。年齢は三十二歳のおっさん。小鳥は一般曹候補生として入隊し、今の地位まで上り詰めた二十四歳の若きエースだ。近衛はクビになった理由に少し心当たりがあった。


 数日前、上官が特戦群の能力は素晴らしいが実際に動くことはないだろう。目の前に助けを求める国民が居ったとしても国が許さない。まぁ国に属さずにやる可能性はあるけどな。こんなことを言っていた。偉い人たちが国が転覆するかもしれない瀬戸際に法律を無視して特戦群の隊員を動かせる方法を模索しているこんな噂もあるし。もしかして法律に抵触することをやるためにクビになった? 近衛は考えを巡らせている。正門前に黒塗りのワンボックスカーが止まった。正門に立っていた自衛官が怒りを含んだ顔をする。ワンボックスカーの運転手に通行の邪魔だ。移動しろとお願いするために歩み寄るが、はっとする。


 怒りが吹き飛んだ自衛官がビシッと敬礼をする。偉い人でも乗っていたのかな? 災難だなと近衛は自衛官の身を案じる。スーツ姿の美女がワンボックスカーの後部座席から降車して、近衛と小鳥に身分証明書を提示する。

「防衛省、氷室京香(ひむろきょうか)

 身分証明書には偉い人だと証明する情報が色々書かれていたが、近衛はその中でも特に気になった二文を口ずさむ。

「乗ってください」

 自衛隊をクビになったとはいえ自分の元上司よりも遥かに偉い人を無視するのは怖い。近衛と小鳥は素直に乗り込む。

 車が発進するのと同時に氷室が間髪入れず言った。

「ブラックヘブンという民間軍事会社の求人があるのですが、再就職先にどうですか?」

「契約兵(傭兵)として任務をやれと?」

「いえ。再就職の斡旋。もちろん断ってもらっても構いません」

 勘のいい小鳥は近衛と氷室の会話で自分の身に降りかかったクビの意味を知った。ブラックヘブンはアメリカに本社を置く中規模な民間軍事会社ではあるが、実力は業界一と言われている。なんでも隊員のほとんどが特殊部隊出身らしい。『Navy SEALs』『CIF』『SAD』米国特殊部隊に始まって『ザスローン』『SOBR』『SAS』『GSG-9』などなど世界中の特殊部隊が続く。各国政府がやばい案件を投げる場所がブラックヘブンだ。米国政府御用達。

「私は入社したいですっ」

 小鳥が覚悟を決める。小さいながらも訓練で培った貫禄のある手を握りしめ氷室を見据える。

「近衛さんはどうしますか?」

「......」

 自衛官になったときから覚悟はしていた。だが、考えてしまう。実際に敵を殺さなければならなくなった場合、できるのだろうか。できたとして罪に問われることはないのだろうか。保身と国防の天秤が揺れ動く。

「先輩」

 小鳥が力強い瞳をして近衛のことを真っ直ぐ見つめる。

「分かった。俺も入社する」

「血癒島の火山噴火はご存じですか?」

 近衛の耳がぴくりと動いた。


 血癒島は本土から東へ数百キロの海上に浮かぶ有人島。人口は約二千七百人。島固有の動物たち。姫咲祭や綺麗な海などを目的に毎年五万人の観光客が訪れる観光地でもある。そんな島が短時間の内に火砕流に飲み込まれるという未曾有の災害が最近起きている。小鳥も血癒島と聞いてこの災害のことが脳裏をよぎったようだ。ニュース番組は連日この話題を大々的に伝えているが、航空自衛隊による報道ヘリの追い出し。海保による海上封鎖。躍起になるマスコミを恐れて政府は沈黙する。といった悪循環によって死亡者数すら不明の状況だ。視聴者は連日同じ中身のない内容を聞かされ続けてストレスが溜まっている。そのストレスの矛先が政府とマスコミに突きつけられ、SNSは火の粉が上がる寸前だ。


「ニュースでは火山噴火(災害)となっていますが、実際は違います。暴動......いや。殺戮と言えば分かりやすいでしょうか」

「殺戮、ですか?」

 近衛と小鳥は日本では聞き馴染みのない単語が出てきたことに戸惑う。殺戮から連想されるのは殺人鬼の集団もしくはテロ組織が暴れている。この可能性だが、隠蔽するには弱すぎる内容だ。もっと恐ろしい意味が含まれている。そう二人は確信する。

「政府は本件を<希乃の呪い>という名で呼んでいます。詳しいことは言えないのですが暴動者の血が体内に入った場合は自害した方がいいと言われています」

「映画のような状況下にあると?」

「ええ。ただし近衛さんがイメージしているゾンビとは少し違います。敵はゾンビのような者です」

「ゾンビのような者?」

「奴らは人間のように武器を使い戦略を立て襲いかかってきます。人間と奴らの見分け方は目の色、赤色の瞳はすべて敵だと考えてください」

「敵のことを仮に感染者と定義する。感染者ではなくても遺伝によって生まれた時から瞳が赤の方々もいるはずだ。その見分け方では誤射を招く恐れがある」

「......引き金を引くのをためらえば待っているのは死。あなた方は監視役兼カメラマンとして働くことになるかもしれません。死なれると困ります」

 氷室は知っていた。敵には損傷がないタイプがいる。ぱっと見、人間だ。そういったタイプは人間のふりをして接近して隠し持った武器で人を殺す。体の一部がえぐれているなど損傷があれば目の色を見ずとも人間ではないと分かる。全員がこのタイプなら問題ないが、少なからず判別が不可能なタイプも確認されている。誤射を恐れたSATは瓦解し連絡が途絶だ。相手がほんとうに人間だったとしても撃つほかに安全を確保する方法はない。

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