表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ようこそ燐光喫茶室へ  作者: 豊川バンリ
9/29

第2話 グリューワインとフラミンゴのお菓子の家(4)

***


 真夜中、セノイはティーサロン・フォスフォレッセンスの半個室のテーブルにつき、何やら読書にふけっていた。

 百合の窓からそそぐ月の光が、彼のするりとした肌をより蒼白に染めている。


 手もとにティーライトキャンドルが差し出され、セノイは顔を上げた。灯りの差し入れ主の老執事・デュボワが、柔和な微笑みを浮かべながら言う。


「精が出ますね。しかし、目を痛めますよ」


 セノイが礼を言い、読んでいた本を一旦閉じると、モーヴピンクの洒落た表紙が現れる。


「なかなかおもしろいので、つい。人というものは哀しく、そして深遠ですね」


 強烈な百合の香りが辺りに立ち込めた。ふたりはしばらくしんしんと清められた沈黙の中におり、やがてセノイのほうから再び口を開いた。


「うるさいくらいの静寂の中、誰にも聞こえない叫び。闇を吸い上げて育っていく、誰も……私しか、知らない植物。

 女の肉を食う蝿。真夏の見舞いに選ばれ、どろどろに溶けたチョコレート。そういうものを、あんなに陽気で活力に満ちた彼女でさえ、知らねばならない世界」


 やや間があって、デュボワが言った。何か大きなものを、例えば人として生きる命を(いた)むような口調で。


「知らずに生きていく人もいますよ、セノイ」


「そのほうがいいと思いますか?」


 鳩の血の色をした瞳から逃れるように、デュボワが目を伏せる。

 そして、テーブルに置かれたままになっていた銀のカルトンに寝そべる、小さな百合を見つめて言った。


「私は答えを持ち合わせません。ただ、これからも続けましょう。やがて絶えゆく種の、誰にも聞かれなかった、顧みられなかった傷を収集し、保管に務めましょう」


 セノイがカルトンから百合をそっとすくい上げる。蛍の光のような淡いグリーンの寂光(じゃっこう)が、ふわふわと揺らめくように立ち(のぼ)る。


「ええ、優しく悼みましょう。これからも」

 

 そう言ったセノイの背には、いつの間にか大きく白い翼が現れている。しかし、右の翼は根本から斬り落とされ、痛々しい傷痕をさらしていた。


 彼はゆったりとテーブルに肘をつき、そっと右目の下の泣きぼくろを撫でた。



~第2話 グリューワインとフラミンゴのお菓子の家 Fin.~

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ