まめや
俺の住む町は、四方を山に囲まれた盆地にある。特に派手な宣伝をして人を呼ぶところはないが、かといって人が全く来ない過疎地ってわけでもない。まあ、電車は大抵1両か2両編成だし、1時間に数本あったらいいなぁ…と願うくらいの田舎ではある。
俺の家は土地持ちで、町の顔役…と言ったら体裁はいいけど、面倒ごとは何でもやってくれる駆け込み寺みたいなことを代々やってる。大抵は何処そこの家の猫がいなくなった!とか、隣の家のじいさまが勝手に家の中にいるからどうにかしてくれ!とか、そういうささやかで面倒くさい相談事ばかりだ。
ひいじいさんはそれに加えて道楽みたいな小さな店を構えた。
店の名前は「まめや」
まめに働く、豆好きなひいばあさんの為にひいばあさんがいつでも一番好きなみつ豆を食べられるように、と出し始めたのが最初だ。
なんていう愛妻家だ!と感心した人達が勝手に「まめや」でみつ豆食べると恋が叶うと言い始めたおかげで今でも店は続いてる。今は暖かい時期はみつ豆とくずきり、寒い時期は玉こんを主に出しているけど、まめやの主力商品は通年みつ豆だ。
「あきちゃん、みつ豆ちょうだい」
今日もみつ豆求めてお客がやってくる。
店はひいじいさんからじいさん、そして孫の俺、秋に受け継がれた。本当なら親父が継ぐのが道理だけど、誰に似たのか味音痴で。あいつが継いだら店が潰れる!!と俺が継ぐ事になった。その決断は正しかったと思う。親父のみつ豆、何であんなに苦いんだ?謎すぎる。
そんなこんなで店を継いで3年、まあまあ慣れたと思う。
「あきちゃん、今日は倍量にして」
俺の目の前でそう言ってくるのは幼馴染のみゆき。保育園から高校までずっと一緒だった腐れ縁という名の隣の家の娘だ。肩までの髪を緩いパーマをかけていて、目鼻ははっきり、出てるところは出てて…まあぶっちゃけモテる。みゆきと付き合いたい奴らに協力してほしいとか、いつも一緒にいる俺に醜い嫉妬を飛ばしてくる奴らに優越感を覚えていた頃も俺にはあったが、それが10年も越えたらいい加減うんざりしてくる。
当の本人は本命が振り向いてくれない!と定期的にまめやにみつ豆を食べにくる。今日もソレだ。
「増量なら出来るけど」
「増量じゃ足りない。倍量にして。寒天はそのままでいい。豆だけ倍量にして」
「は?」
「なんなら寒天少なくして豆増量でいいから」
「…わかったよ」
まめやでみつ豆を出す時は、寒天をおたまで一杯分を器に盛り、別添えで豆と黒蜜をつける。プラス100円で豆増量、プラス150円で求肥やアイスを添える事も出来る。
今回はいつもの半量の寒天と豆の器を2つ、黒蜜を添えてみゆきの前に出す。増量じゃない、倍量だ。
「あっ!倍量になってる!あきちゃん、ありがとー、ダイスキー!あいしてるー!」
「ったく、ソレ、人前でやるなよ?」
「わかってるって。んんー、美味しい!」
みゆきは寒天の上にどばっと倍量の豆をのせてだーっと黒蜜をかけ、至福そうな顔をしてみつ豆を食べている。こういう顔してる時、好きだなと思う。
俺も大概だと思ってる。
みゆきを好きだと言ってくる奴らと同じで、俺はずっとみゆきが好きだ。
みゆきにとって俺はただの隣人で幼馴染で。彼女の我儘をしょうがないと言いながら聞いてくれる、昔ながらの友人だと思ってるのは、俺も知っている。だから、俺はみゆきに好きだと告げた事はないし、これからも告げるつもりはない。告げたところで想いが成就する事はないと知っているからだ。
「んで?今日はどうした?」
「んー?」
「はぐらかすな。お前が閉店間際に来る時は大抵何がある時だ」
「えへ、バレた?」
まめやの営業時間は朝9時から夕方5時まで。
「で?」
「西の公園に行きたいの」
「西?東じゃなくていいのか?」
「…うん。東は今、いいの」
少し俯いて話す姿に合点がいった。
みゆきの想う相手に、今は他の相手がいる、という事だ。それに少しほっとしてしまう自分に嫌悪する。頭を振って気持ちを切り替える。
「いつ行く?」
「えっと、他に何人か連れて行きたいんだけど」
「は?」
「ちゃんと料金払うから!お願い!」
「当たり前だ!ったく、何人?」
「3人、かな」
「ギリギリだな。それ以上は無理だ」
「わかってる。何時に来たらいい?」
まめやの定休日は水土。今日は金曜日、みゆきはそれも狙って今日は来たに違いない。相変わらずちゃっかりしている。
「移動を考えて、12時だ。昼は済ませて来い」
「12時ね。わかった」
話は終わりだ。そのまま閉店の片付けに入る。暖簾を下ろして店内の掃除。4卓しかないテーブルに各2脚の椅子を上げてざっと床を掃く。
「ねぇ、あきちゃん」
「なんだ?」
「あたしって馬鹿かなぁ?」
本命に振り向いてもらえないのに、その気持ちを捨てられない。そんな気持ち(じぶん)は愚かだろうか?といつも聞いてくる。まさか、目の前にいる男も同じ気持ちでいるなんてこれっぽっちも気付いてやしないのだ。
だから、俺はいつも同じ言葉を返す。
「ああ、そうかもしれねぇな」