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お茶会


 嫌でも時間は流れるもので。

 今日はお茶会に招待されたディミトリ公爵家へ行く日。

 イーサンがくれたドレスに身を包み、髪はリボンで可愛くセットしてもらった。子供なりにうっすらお化粧まで施してもらい、準備は万端なのだが……。

「ねえさま、とってもキレイ!」

「今日のお茶会で一番可愛いのはお嬢様ですよ」

 フェリクスとエリナも絶賛してくれるんだけどね。

 この後の事を考えたら憂鬱。

「ああ……行きたくない」

 何度目かもわからない愚痴を吐いた私に、能天気にエリナが言う。

「そんなこと仰らずに。ほら、お迎えが来ましたわよ」

 イーサンが公爵家の馬車でお迎えに来てくれるところから、彼の言った『計画』がスタートするのだ。

 見送りになんて来なくていいのに、エリナやフェリクスが一緒に玄関までついて来る。

 馬車の前で今日も見た目は完璧な公子様は静かに佇んでおいでだった。

 私の方を見て、微笑むでもなく、驚いたように立ち尽くすイーサン。

 あら? 珍しく何も言わないのね。期待していたわけでは無いけれど、せっかく選んでくれたドレスを着ているのだから、似合うか似合わないかくらい聞きたかったのに。

「に、似合わないですか?」

「似合うというより、君が可愛すぎて困ってるんだよ。ああ、他の誰にも見せたくない。こんなに可愛い君を見たら、誰でも絶対に恋しちゃうじゃない」

 ……ヤメテ。そのセリフ、前世で聞き飽きたから。本心かどうかも謎だけど、色んな意味で背中がゾワゾワするわ。主に死人が出そうな方で。

 エリナ、うふふって笑い声が背後から聞こえてるわよ?

 イーサンにエスコートされて私が先に馬車に乗ると、フェリクスがたたっとイーサンに走り寄って力強くお願いをする。

「おにいさま、ねえさまを守ってあげてくださいね!」

 あらあら。フェリクスったら。ホント可愛いわね。というか、もうお兄様呼びなのね……前は大きくなっても絶対にそんな呼び方をしなかったのに。

「もちろんさ。任せて」

 イーサンもお兄様と呼ばれるのが当たり前のように返事してるし。君達仲いいよね、今回。

 目標は婚約破棄なのに、地味に身内に外堀を埋められているような気もしてきたわ……。

 

 前世で散々乗ったふかふかシートの快適な馬車での移動時間は割愛して。

 計画通り、私をディミトリ公爵家に送り届けてすぐにイーサンは一旦退場。

 門のところで名乗り、お茶会の開かれる中庭へと通される途中。

「あちら、どこのご令嬢かしら」

「先程の馬車ってアレオン公爵家の家紋が入っていなかった?」

「なんて可愛らしい方なの」

「あのドレス、とても素敵ね」

 ざわざわと他の招待客の声が聞こえる。イーサン、このドレス素敵だって。馬子にも衣装で私も可愛く見えてるみたいよ。

 他のご令嬢達には軽く会釈するだけで失礼し、まずはこのお茶会の主催者にご挨拶せねば。

 いかにも公爵家らしく、財を惜しまないというレースと金糸の刺繍も豪華なドレスを纏い、本人も煌びやかなオーラを放っている金髪も見事な美少女……ディミトリ公爵家の次女リリアーナ嬢。

 性格はアレだけど、本当にお綺麗だったのよね、リリアーナ嬢は。今まだ十一だよね? 改めて見るとすでに美人だわ。私より一つ上なだけなのに、ものすごく大人っぽい。

「ディミトリ公爵令嬢、この度はご招待いただき光栄でございます。ドレストル侯爵家のアメリアと申します」

 お上品を心がけ、お辞儀でご挨拶。

「あ、あら。ドレストル侯爵令嬢。おこし下さって嬉しいですわ」

 ふふ、リリアーナ嬢が焦ってる焦ってる。

 私が白のドレスで来るなんて思ってもみなかったのでしょうね。

 一緒に笑いものにするつもりで、リリアーナ嬢が集めたのであろう後ろにいる数人。彼女達にもよく聞こえるように少し声を大きめに言ってみる。子供らしい声でね。

「すみません、我がドレストル家は野蛮な武家でございます。招待状に記してあったテーマ『薔薇の季節にふさわしい赤』のドレスも装飾品も持っておりませんでしたので、婚約者が用意してくれたドレスでお許しくださいませ」

 ざわっ、と他の令嬢達のどよめきが聞こえた。

「え? わたくしは、白月の白とお伝えしたはずですわよ」

 リリアーナ嬢はわざとらしくとぼけておいでだ。明らかに焦っているのはうかがえるけど。

「まあ、そうでしたの? ではこの白いドレスで丁度よかったのですね。でもおかしいですね。私の見間違えでしょうか? 確かに赤と記してあったのですが……あ、あら? 招待状が」

 確かめようとして、招待状を持っていないことに気が付いて焦る……という演技なんだけども。子供らしく、泣きそうな顔にしないとね。

 リリアーナ嬢は私が証拠を持っていないとわかると、いきなり高圧的に言い放つ。

「あなたの勘違いではございませんの?」

「そうですよね。誇り高いディミトリ公爵家の方が、まさかわざと私に()()間違った情報を招待状に記して、皆の笑いものにしようなど、そんな野暮なことなさるはずがありませんものね」

 図星をつかれて、明らかに表情を変えたリリアーナ嬢。

 くすくす……とギャラリーから微かな笑い声が聞こえるのは、どちらに対してなのでしょうか。

「し、失礼ですわね。笑いものにしようだなんて、わたくしがそのような事をするはず無いでしょう? 証拠はありますの? これだから武家は……」

 と、動揺しまくりで悪態をつこうとしたリリアーナ嬢の言葉を遮るように、周囲がざわざわし始めた。

 一点に向く視線の先には、白い令嬢達の花園に舞い降りた、銀色の妖精の如き麗姿があった。

 真っ赤な花束を抱え、真っすぐに私の方を目指して歩み寄ってくるのは……イーサン。

「アメリア」

 麗しい公子様は()()()()()私に微笑みかけ、そして優しい口調で言う。

「駄目じゃないか、せっかくいただいた招待状を馬車に忘れちゃ。それと、これ。君に似合うからって白のドレスを着せてしまったのは僕の責任だから、せめてこの招待状に書いてあった『赤』を守るために、花束でもと急遽用意させたよ」

 私に真っ赤な薔薇の花束を渡しながら、イーサンが招待状をひらひらと翳した。

「まあ。確かに書いてあるわ」

「わざとよね?」

「……リリアーナ様もお意地が悪いわ」

 ギャラリーの皆さん、ヒソヒソ言っているようでちょっと声が大きいですわよ。

 こうなることを見越した計画とはいえ……私と同じで、未来でも見たのかと思うほど計画通りすぎてちょっと怖いわよ、イーサン。

「あ、あの、その」

 真っ赤になって俯いてしまったリリアーナ嬢。前に嫌がらせをされた私から見ても、ちょっと気の毒になってきた。彼女だってまだ十一の子供だもの。このお茶会の主催者なのに皆の前で恥をかかされて。それでもイーサンは追撃を緩めない。

「先にご挨拶せねばならないところを失礼いたしました。僕の目には愛しいアメリアしか見えていなかったもので。ディミトリ公爵令嬢リリアーナ様、本日は僕の大事大事な婚約者のアメリアを、お茶会に招待していただき感謝します。アレオン公爵家からもお礼を申し上げないと」

 やっと気が付いたと言わんばかりに、リリアーナ嬢に向かって恭しくお辞儀をしたイーサンの所作は、私から見てもうっとりするほど優雅だった。

 ……愛しいとか、大事なって二回も言わなくていいからね?

 その後、少々白々しく周りを見渡して首を傾げたイーサン。

「おや、皆さん白だね」

「赤は私の勘違いで、白が正解だったようです」

「でも、ここに確かに赤と書いてあるよ? ひょっとしてアメリアにだけ……」

 きっ、と冷たい目で睨まれて、リリアーナ嬢はびくりと身を震わせた。わあ、さっきまで恥ずかしさで真っ赤だったのに、今度は青ざめて。お気の毒に……。

 他のご令嬢達は、そんなリリアーナ嬢の様子に失笑しておいでだ。

 さて。イーサンも含め、他の誰も知りようが無いのだけど、私が前にこのお茶会で散々笑いものにされた時、リリアーナ嬢に言われた言葉でもお返ししておこう。

「笑っては失礼ですわ。誰にでも間違いはございますもの。きっと少しお間違えになっただけですわよね?」

 よし。言ってやったわ。これ、フォローしているようで、ものすっごく腹が立つのよ?

 俯いたリリアーナ嬢の手は、ハンカチを握りしめて震えている。怒ってるよね。

 更に。

「アメリアは優しいね。良かったよ、君と婚約できて」

 トドメを刺すのね、イーサン……それ、婚約者候補だったリリアーナ嬢には一番効くはずだから。ギャラリーの皆さんもそこでうんうんって相槌を打たない。貴女達も同罪なのよ。

 リリアーナ嬢の目には涙が浮かんでいる。自業自得とはいえ、イーサンも言っていたように母親のディミトリ公爵夫人の入れ知恵だったのなら、恥ずかしい目に遭った上に、上手くいかなかったことを責められるかも知れない。そう思うとかなり可哀想。

「あの……これを。私のせいでお茶会を始める前に混乱を招いてしまったようなので、今日は帰ります。後は皆さんでお楽しみくださいませ。ご招待ありがとうございました」

 私は持っていた薔薇の花束をリリアーナに手渡し、深々とお辞儀をしてから背を向けた。。

 イーサンに肩を抱かれる形で退出しようとした私に、小さな小さなリリアーナ嬢の声が背後から聞こえる。

「卑しい武家ごときが……覚えてらっしゃい」

 バサッという音は、多分花束を地面に叩きつけた音。

 わあ。私に聞こえるということは、イーサンにも聞こえてるって気が付かないのかしら。

 案の定、イーサンが足を止めて振り返る。

 私から見えるその横顔は、虫でも見るような冷めた目をしている。

「その言葉、返しておくよ、リリアーナ嬢。覚えておくといいとね。今後、僕の大事なアメリアに汚い手を使って嫌がらせでもしようものなら……アレオン家が絶対に許さないよ。母上にもそう伝えるんだね」

 私でさえぞっとするような、冷たい声だった。

 振り返らなかったけれど、背後のリリアーナ嬢や他のご令嬢達が凍り付いたように息を飲んだのが伝わって来た。

 リリアーナ嬢、将来イーサンに消されたくなかったら、大人しくしていてね。


 もう二度と私をお茶会に誘おうなんて人はいなくなるんだろうな―――まあいいけど。


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