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孤独


 とても清楚でシンプルだけど、上質なレースをふんだんに使ってあって、飾りボタンは真珠。子供用に少し丈の短いそのドレスは、綺麗と言うよりは可愛らしい。

 すごくお高そうよ……と下世話なことも考えてみた。

「こんなに素敵なドレスを私に?」

 うんうん、とにこやかに頷いてから、突然イーサンが真顔になった。

「ディミトリ家のお茶会に招待されたんだって?」

「え? なぜそれを?」

「ふふ。僕の情報網を舐めちゃいけないよ。大事なアメリアの動向は全て、ちゃんと掴んでいるから安心して」

 それ、安心できなーい!

 逆に怖いわよ! なんなの、ひょっとして私ってすでにイーサンに監視されてるの?

 ま、まあ多分その辺はきっとイーサンも大袈裟に言っただけだと信じておくとして。

「初めての招待状が送られて来たので」

「もう行くって返事をした?」

「ええ。だって断れないじゃないですか。相手は公爵家ですし」

 まあね……と、小さく呟いてから、またそれはそれは美しく微笑んだイーサン。

「このドレス、お茶会に着て行くといいんじゃない?」

 おお! まさに白だし。これだと今回一人浮くことは無い。

 でも待って。

 意地悪でわざと間違った色を伝えてきたことを、本来はこの地点で私が知っているはずが無いのだ。前はまんまと騙されて笑いものにされたわけだし。確かにまた同じ目に遭うのは嫌だけど……。

「決められたお色じゃないと失礼なんですよね?」

 一応知らないふりをして招待状をイーサンに見せてみた。薔薇の季節の赤って書いてあるやつ。

 イーサンは見るなりすごく不機嫌そうな顔をした。

「フン。やっぱりね。ディミトリ夫人とリリアーナのやりそうな事だ」

 あれ? イーサンは違うのを知ってるのかな。

「これ、嫌がらせだよ。これを律儀に守って赤いドレスなんか着て行った日には、君一人が笑いものにされて恥をかかされる。他の招待客には白って指示を出してるからね」

「どうして公……イーサン様はそれをご存じなんですか?」

「あの性悪母娘のことだからそのくらいのことは読めるよ。それに、君に贈るドレスや宝飾品を選びに行った時、他の貴族のご令嬢が白っぽいドレスやリボンを注文していてね。そのうちの伯爵家のご令嬢がディミトリ家のお茶会に合わせてと言っていたのが聞こえたから」

 他のご令嬢の話に聞き耳を立ててたり、そもそも私にドレスを送るつもりだったとか……なんかもう、ツッコミどころ満載なのはこの際いいとして。

 そうか。色々考えて私が騙されると気が付いたのね。だからイーサンはこんなに朝早くから白いドレスを持ってきてくれたんだ。

 先のことを考えたらものすごく複雑だけど……こんなにも考えてくれて嬉しい。

「大事なアメリアを笑いものにしようなんて許せないからね。でも、他の者はともかく、流石に僕もまだ二大公爵家の人間には手出しは出来ないし」

 わぁ。他はともかくって……リリアーナ嬢、公爵家令嬢にお生まれになって良かったですわね。前の通り私を虐めたおしていたら、貴女もイーサンに消されてましたよ。っていうか、まだって言ってる地点で殺す気満々ですからね。

「教えてくださってありがとうございます。でも、こんなに素敵なドレスを私が着て行っても本当によろしいのですか?」

「もちろんさ。アメリアを美しくするためならもっともっと色々送りたい」

 いや、そこそこで結構ですので。

「僕とリリアーナを婚約させようと、本当にしつこかったからね、ディミトリ夫人は。まだ諦めていないようだし。僕にはアメリアしか考えられないのに……あの母子には一泡吹かせてやりたいじゃない。そこで、僕にもう一つ考えがあるんだけど―――」

 こっそり耳打ちするようにイーサンはある計画を打ち明けた。

 ちょ、顔近い。耳元でとってもいい声で囁かれて、息が掛かってってもう!

 内容云々より気恥ずかしさで、ひぃーってなった私だった。

 なんだか不本意ではあるけど、こうなったらイーサンの計画に乗って、助けてもらうしかないわね。

 そんな状況の中、突然ぐぅううーと私のお腹が空腹を訴えた。やだ、そんな大きな音で!

「か、体を動かしたので……っ」

 朝食前に剣の素振りをしてたから。ああ、お腹すいたよぅ。お子様の体は成長するためか代謝が半端ない。

「公子様は……」

「名前」

 ツッコミ早いなぁ。では訂正してもう一度。

「イーサン様は、朝食はお済みですか? まだならご一緒に?」

「実は皆が起きる前にこっそり抜け出して来たからまだなんだ」

 そう言った直後に、イーサンのお腹もややお上品に、くぅと空腹を訴えた。

 思わず二人で顔を合わせて笑った。

 こういう、普通に笑いあえる仲でずっと行けたら、私はイーサンをもう一度愛せるのに。


 いつもの従者がいないなとは思っていたけど、まさか朝ごはんも食べずにこっそり抜け出して来ていたとは。

 でも、イーサンとフェリクスと一緒に朝食を食べた時間は本当に楽しかった。

 公爵家の物とは比べ物にならないほど質素だろうけど、料理長特製の野菜のスープとエリナ特製のパンをイーサンはとっても気に入ったみたいだ。

「こんなに美味しくて幸せな朝食は初めてだよ。食事はいつも一人だから……」

 そう少し寂し気に呟いたイーサンがすごく気になった。

 公爵家には使用人も沢山いるけど、彼等はさすがに一緒の食卓にはつけないとしても、歳が離れてはいるけどお姉様もおいでだし、公爵様も公爵夫人も健在だ。なのにいつも一人で食べてるんだね。

 公爵夫妻はとても優しそうな方々だし、お姉様も上品で良い方だった覚えがある。イーサンも特に疎まれているようでもなく、跡取りとしてとても大事にされていた。でも私が知っているのは前回でも表向きだけなのかもしれない。

 寂しいよね。一人での食事って。まだ子供なのに―――。

 ひょっとして、イーサンの性格が歪んでしまったのは、育ち方に問題があるのでは無いだろうか。深い孤独が自分の好きなものに対する過度の執着に変わったのでは……? 本当は優しくて甘えん坊な少年に育ったかもしれないのに。

 もし。もしも。

 イーサンが愛情を示すのに度を越した執着や嫉妬さえ見せず、他の人を不幸にする狂気を見せなければ。今からでも、彼の心を埋めてあげられたら変われるのでは?

 私はこの人を憎まずに、また好きになれるのかもしれない。

「じゃあ、お茶会の時に」

 大慌てで迎えに来た従者につかまり、イーサンは名残惜しそうに帰って行った。

 帰り際、私はイーサンに声を掛けた。

「また、一緒に食事をしましょうね。皆で一緒に」

 その言葉に、イーサンは陰の無い少年らしい笑顔で頷いた。


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