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訪問

 朝。

 昨夜はこんなにぐっすり寝たのはいつぶりだろうと思うほどよく眠れた。

 正直、本当はまだイーサンに殺されていなくて、恐怖のあまり気を失っただけで、十年前に戻ったのは幸せな夢で、起きたらやっぱり大人だった……というオチもありうると思っていた。

 だけど私は子供のまま。夢じゃなかったのだ。

 今日もお父様は早くにお出かけになる。ほとんど毎日騎士団で稽古をしてから皆と一緒に食べられるので、お休みの時にしか家では朝食はとられない。

 昨日は朝お見送り出来なかったからと頑張って早く起きた。間に合いはしたものの、もうすでに身支度を済ませて出てお行きになるところだった。

「気をつけて行ってらっしゃいませ」

 くるりと振り向いたお父様の顔が男らしくて素敵。

「おや、朝からアメリアの顔を見られるなんて。今日はいい日になりそうだ」

 その素敵なお父様はちょっと皮肉めいて仰る。

 ……ごめんなさい。そういえば学園に行くまで、我が家で一番お寝坊なのは私でしたね。

「お父様、昨日の話、お願いしますね」

「任せておきなさい。いい先生をみつけておくから」

 昨夜言っていた剣術を習いたいという話である。

「公子様がみえるのだろう? 今日くらいはお淑やかなレディでいておくれ」

 そう言って私の肩をポンと優しく叩いたお父様は、笑っているのに少し不機嫌そう。

「お父様、ちょっと怒ってらっしゃる?」

「……可愛い可愛い娘が、婚約者とはいえ男と会うのに面白い父はおらんよ」

 そうぽつりと言い残して、お父様は行ってしまわれた。

 ふうん。父親ってそういうものなのね。そうか、面白くなかったんだ、お父様。

 でもお父様安心して。今日は何の用事で来るのかは知らないけど、イーサンには会うだけ会ったら早々にお帰り願うから。


「こちらの方が華やかでよろしいのでは?」

「パーティに行くわけじゃないんですもの。普段着でいいわよ」

 エリナが私のドレスを選んでくれるも、私はあえて動きやすい地味な服を選んだ。

 そんなに着飾る物を持っていなかったのもあるけど、今日は我が家にイーサンが来る側だ。他人の目を気にすることもないし、少しでも魅力的に見せようなんてこれっぽっちも思っていないもの。なんなら嫌われる方向で行きたいのだ。イーサンはキラキラしたものや、豪華な物を好む。それとは正反対の感じでね。

 以前の私は少しでもイーサンに良い印象を与えたくて、こういう時は見栄を張って無理やりでも新しいドレスやアクセサリーを買ってもらっていた記憶がある。今度はそんな無駄なことはしたくない。

 ……まあ、前の通りだと、ことある毎に公爵家からイーサン好みの宝飾品やドレスが送られてきて、そのうちクローゼットがいっぱいになるのよね……。

 それはさておき、我が侯爵家には、エリナと若い侍女が二人、お父様付きの執事、料理人、庭師各男性一人ずつしか使用人はいない。普段ならこれで充分回っている。しかし公爵家からお客様を迎えるとなると、失礼があってはならないので皆必死である。

 掃除に、お茶の準備に、お菓子の準備……カーテンを変えてみたり、お花を飾ったり。

「そんなに気を張らなくてもいいと思うのよね」

 私が言うもエリナは特に気合が入っている。

「お嬢様の未来の旦那様に恥ずかしいところは見せられませんから!」

 ……別に恥ずかしいことなど無いと思うけどな。このドレストル家は家庭的でいい雰囲気なのに。

 そんな中、大人達が構ってくれなくて、フェリクスが少し拗ねている。

「つまんないぃ」

 ほっぺをぷうっと膨らませた顔も可愛いわよ、フェリクス。

「いい子にしてたら、いつもより豪華なお菓子が食べられるわよ」

「ホント? じゃあ、いいこするね」

 にっこり笑った顔が可愛すぎてハグ。ああ、癒されるぅ。前はそんなにも思わなかったし、もう少し距離のあった弟だったのに、大人の頭でやり直してるせいか幼いフェリクスが愛おしすぎる。今回は弟命になっちゃいそうでちょっと怖い。

 死なせはしないからね、フェリクス。お姉ちゃんが絶対に守ってあげるから。


「おみえになったようですよ」

 執事が馬車の音を聞きつけて私に告げた。

 フェリクスと手を繋いだまま、私は玄関にお出迎えに行く。

 少しだけ、心臓がドキドキする。

 アレオン公爵家の家紋の入った豪奢な馬車から、付き人に手を添えられて下りて来たのは、見事なプラチナブロンドのほっそりした姿。

 遠目に見ても綺麗な公子様はこちらに近づいて来る。

 私の姿を確かめると、彼は顔をほころばせた。

「アメ……」

 失礼ながら、声を掛けようとしたイーサンに先回りして、私が挨拶する。

「アレオン公爵家が長子、イーサン・デラ・アレオン公子様に、アメリア・ソル・ドレストルがご挨拶申し上げます」

 本当は、ようこそとでも言えば済んだところを、わざとガッチガチの挨拶をしてみました。ふふ、カテーシーも完璧ですわよ。見た目は十歳でも中身は大人ですから。

 少し驚いた顔で一瞬固まったイーサン。でもすぐに立て直した。

「やだなぁ。そんなに堅苦しい挨拶なんかしないでよ。僕達の仲じゃない」

 ……どんな仲? いやまあ夫婦だったわけだけど。それに今は婚約者か。

 イーサンが背後に立っていた従者に何事か手で合図すると、従者は馬車から大きな花束を持ってきて彼に渡した。

 その花束を今度は私に差し出すイーサン。

「これを君に渡したくて」

 花々の向こうで、にっこりと笑ったイーサンの顔は―――。

 わああぁ……ま、眩しい。銀の髪に白い肌、蒼玉の如く輝く青い瞳。これでまだ十二歳よ?もう完成してしまっているわ。まるで自分が光を発しているかのような、輝く笑みにくらくらする。 

 悔しいことに本当に美しい子供だ。私もメロメロになってたわけだと納得してしまう。

 早くも魅了されそうになって、少し焦ったけれど、何とか平静を保てた。

 負けちゃいけない。この優し気な美貌の公子様は、後に狂気の偏愛者になるのだから。

 


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