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夜市

 食事も会話も楽しんでお店を出ると、もう外は陽が落ちかけていた。

「美味しかったし楽しかったー! 本当に夢みたいでした」

 満足げに笑うミチェラに、皇子達もイーサンも和んだ表情を見せている。皇族や貴族相手でも変に遜るでも無く、かと言って不快にするでもなく。ホント、ミチェラはお得な性格だと思う。

 今日は寮の夕食は断って来たし、門限にもまだ少し間がある。試験も済んだから慌てて勉強もしなくていい。皇子達はこの後どうしようと話を始めた。

「どうせならもう少し皆で一緒に街を……」

 ユーグ皇子が私に声を掛けようとした時、イーサンがさりげなく皇子との間に入って来て尋ねる。 

「アメリア、今日の店はどうだった?」

「すごく素敵なお店で料理も最高でした」

「良かった。また一緒に来よう」

 イーサンに肩を抱き寄せられたわ。これは周囲に特別感をアピールしてるのね。

 そんな様子を見て、気の利くミチェラとザレス皇子はイーサンの意向を察した模様。

「アタシ達、先に寮に帰ってるから。アメリアはもう少し公子様とゆっくりして来なよ」

「そうだな。今日は街の広場で月一の夜市が立つ日みたいだよ。二人で見てくれば?」

 あら、今日が月に一度の日なのね。前世で友達とこっそり行ったという話は何度も聞いていたけれど、私は一度も行った事が無かった。庶民の市に行くなんて、イーサンが許すはずが無かったから。そもそも街に出たことすら無かったしね。

 でも今世では随分と違うみたい。

「へぇ、夜市か、楽しそうだね。アメリア、()()()行く?」

 二人でのところを強調したわね、イーサン。そこはすごくあなたらしいわ。

「行きたいです」

 というわけで、ミチェラ達のお言葉に甘えて別れようとしたのだが、納得の行っていない人もおいでのようだ。

「さ、俺達は帰るぞ。ユーグ」

 兄皇子に言われても、ユーグ皇子は面白く無さそう。まだ幼い皇子は遊び足りないというお顔だ。

「どうして? 兄上、私も夜市というのに行きたい」

「また今度な」

 結局半ば引き摺られるように強制退場になっちゃった皇子ですけど……。

 遠ざかっていく三人の会話が聞こえる。

「どうしてあの二人はいいんですか? 私も行きたいのに」

「そこは、ほら。気を利かせましょうよ」

「そうそう。ユーグ、お邪魔はいけないよ」

 ミチェラ、ザレス皇子……言い聞かせるのはそこじゃないでしょ。幾ら護衛も従者もいるとはいえ、帝国の皇子二人が庶民の夜市に行くのはちょっと危険だってところだと思うよ?

 どうでもいいけど、皇子二人を引き連れて歩いて行くミチェラのほうが、すごい事になってる自覚あるのかな。

 そんな三人の後姿を見送って、イーサンが満面の笑みを浮かべた。

「本当に気が利くいい娘さんだね、ミチェラ嬢は」

 めっちゃ嬉しそうね。イーサンが他の女の子を褒めるのを初めて聞いたわよ。やっと二人っきりになれるからご機嫌なんだろうね。

 皇子もだけど、公子様も一応侯爵令嬢の私も庶民の夜市に行くのはどうなのという疑問も残るけど、まあいいよね? 昼間は一緒に来たことがある街だし、勿論二人っきりというわけでも無くてタス様もこっそり控えておいでだ。いざとなったら私もイーサンを守ってあげられるから。


 暑くも寒くもない季節のすっかり陽も暮れた空。でも街路樹に張り巡らされた紐に吊るしてある無数の灯りに照らされて、街は昼間とは違う明るさ。

 広場に近づくにつれ、人も増えて来た。学園の制服のままなのが少し気にはなっていたのも、恐らく平民の子達だろうが同じ制服姿もちらほら見えるので大丈夫みたい。この街の人達は地域柄慣れているのだろう。

「逸れないように手を繋ごう」

 言い終わる前に、すごく自然にもう手が握られてるのですが?

 ……これ、前にも同じこと言ったよね。お茶会に行かなくて、街を二人で歩いた時。

 あの時と比べて、大きくなったイーサンの手にドキドキする。温かくて柔らかい手。

 背も随分差が開いて、私は彼の肩くらいしか無い。見上げなきゃその横顔も見えなくなった。

 昼の陽の光とも夕日とも違う、沢山のランプの光に照らされて、銀色の髪は金色に見える。いつもが氷の妖精なら、今は光の妖精みたい。歩くたびに揺れるその髪がキラキラと軌跡を残すのも、見上げた横顔に覗く睫毛も美しい夢のよう。目を閉じてまた開ければ、消えてしまいそうだから、何時間でもその姿を見ていたい。

 ああ、あんなに憎く思っていたはずなのに、こうして手を繋いでいるとホッとして、二度と離したくなくなるの。

 何だかんだで、前よりずっと私はこの人のことが好きになっちゃったみたい―――。

「そんなに見つめられると照れちゃうじゃないか。嬉しいけど」

 はっ! 私、そんなに見つめてたかしら? 気が付けばもう街の広場に着いてる。街を見ずにイーサンだけ見てたんだわ。なんか軽くショック。

「僕もアメリアだけ見てたいけど、それじゃ二人で転んじゃうからね」

「もう……」

 恥ずかしくて湯気が出そう。

 気をとり直して辺りに目を遣ると、市というだけあって様々な露店が出ている。帝都に比べて静かな印象のあった街に、これだけ人がいたんだと思うほど、大人も子供も賑やかに行きかっている。

 とりどりの布製品を売る店、果物の瑞々しい色彩、花の色、どこからともなく聞こえる素朴な音楽、笑い声、物を売る客引きの声、騒めき……何かを焼く美味しそうで香ばしい匂い、香水の匂い……色も音も匂いも雑多で、忙しくて、煩くて、それでいて嫌じゃない。初めてのはずなのに懐かしいような気もする。おかしな気分。

「食事して来なきゃよかったね。美味しそうな物がいっぱいある」

「先程の高級な店のとは比べ物にはならないでしょうけどね」

 すごく美味しそうに見えるし、いい匂いがするものの、お腹もいっぱいだ。それに、あの油が滴ってそうな何のお肉かわからない串焼きに、イーサンが齧り付いてるところなんて想像も出来ないわ。後ろでタス様も首を振っておいでだしね。

 色々見て回っているうち、先に帰ったミチェラや皇子達に何か買って帰ってあげようと、私より先にイーサンが言い出して少し驚かされた。

 こう言っては失礼かもしれないけれど、イーサンが他人に気を遣うなんて初めてだもの。

 ……いい事だよね。ホント、今回はいい感じに普通に育ったみたいね、イーサン。

「あの店は何の店だろう」

 イーサンが指差した先の露店には子供達が群がっている。遠目にはキラキラしたものを売っているように見えるんだけど。アクセサリー屋さん?

 手を繋いだまま覗きに行くと、甘い匂いがしてキラキラの正体が食べ物だとわかった。そうよね、子供が欲しがるものだもの……って、私達もまだ子供の歳だけどね。

 甘い匂いはお砂糖を煮詰める匂いだった。

「わあ、綺麗」

「キャンディなんだね。すごいな」

 細い棒の先についた動物や花などの形の色とりどりの飴が売られている。色は花や野菜の色素で着けてあるそうだ。

 庶民の子供のお小遣いで買える値段だから、安物なのだけれど、ユーグ皇子あたりが喜びそうだなということでお土産はここで買うことにした。

 ミチェラには赤い花の形、ザレス皇子には黄色い星の形、ユーグ皇子には青い馬の形とそれぞれ選んで、自分達も一つづつ買おうと選ぶ。

「これツェリに似てる」

 緑の小鳥のキャンディを指差してイーサンがほほ笑んだ。ホントだね。フェリクスがいたら絶対にそれを選ぶと思うわ。

 結局、私とイーサンはその小鳥とピンクの花の形を選んだ。

 ちょっと歩き疲れたので休憩がてらどこかに座ろうと場所を探していると、広場の中央の噴水が目に入った。

「この街の噴水も大きいですね」

「思い出すね。一緒に駆けっこした日のこと」

 うん。楽しかったよね。あれからもう三年も経ったんだな……あの時だよね、お揃いのブレスレットを買ったの。

 噴水の近くの少し人の少ない場所を見つけて、二人で並んで座った。

 見上げると月が明るくて星も瞬いている紺色の空。地上では夜市のランプの灯り。巻き戻ってからこんな時間に外にいたことってあったかな。なんだかちょっと大人になった気分。

「甘いね。でもなんだか葉っぱみたいな味がする」

「こっちはなんとなく果物の味がします」

 ……まあ、二人並んでキャンディを舐めてるというあたりがお子様だけど……。

 ぺろぺろしていると、突然イーサンが自分の飴を差し出した。

「僕のも味見してみる? はい、交換」

 あまりに自然に交換されて、何とも思わずに一口舐めると確か葉っぱを噛んだような味がした。イーサンはこっちの方が美味しいなと言ってしばらく舐めた後、もう一度元に戻した。

 そして彼は悪戯っ子のように言った。

「ふふ、互いに舐めたキャンデイを舐めたからキスしたのと同じだよね」

「ふえっ?」

 あああ! やられたっ! なぜ気づかなかったんだ! 思わず変な声が出たっ!

 情けなさと恥ずかしさで顔が熱い。絶対赤くなってるよ、私。

 更にイーサンの美麗な顔が近づいてくる。

「直接してもいいかな?」

 イーサンが真顔で大胆な事を言い出したわよ? それはまだ早いんじゃ……とか思って狼狽えるしかない。いや、でも婚約者だし? 前世はまだ子供はいなかったけど夫だったわけで、キスなんて何度もしてたから問題ない気も? なのになぜこんなに恥ずかしいんだろう。体が十三歳のお子様だから?

 更に近づいて来るイーサンに、私も覚悟を決めて目を閉じようとしたその時。

 横の植え込みからガサガサっと音が聞こえて、二人の唇の距離は離れた。

「な、何かいますね」

 助かったのか、ちょっと残念だったのか。

「動物? それとも誰かのぞき見してた?」

「見てきます」

 イーサンが苛立ったように立ち上がりかけたとき、イーサンより先に、タス様が走った。

 人が見てたんじゃ無ければいいんだけど……というか、考えてみたら従者のタス様がずっと横にいたじゃんという事実に気が付いて、軽くショックを覚えた。

 ナイスなタイミングで邪魔が入ったイーサンも、何となく間が悪そうに黙っている。

 しばらくして、タス様が戻って来た。

「こいつが植え込みの中にいました。迷子なのか、捨てられていたのかわかりませんが……」

 そう言ってタス様が抱いて来た小さな生き物。夜なのと、煤けていて色ははっきりわからないものの、くりくりした目と少し垂れた耳に既視感があった。

「くぅん……」

 弱々しく声を上げたのは小さな子犬。

 あっ、この子……!

 巻き戻る前、イーサンの剥製の中にいた白い子犬に似てる。

 ひょっとしてレニなの?


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