放課後練習
驚いたのが食堂での一件のあった日、午後の剣術理論の授業に入る前に先生が仰ったこと。
「社交界も結構だが、何を勘違いしているのか、最近は貴族の中で武家を蔑む風潮があると聞く。この国の貴族とは本来、皇帝が国を成された時に功績を立てた家臣に爵位を授けられたのが始まり。優秀な頭脳や政治手腕で功績を立てた者もいるとはいえ、実際は武力で功績を立てた者が初代、本家であるのがほとんどなのだ。他国との戦であったり、魔獣から民を守ったり……剣を振るい、己が力で圧倒的な戦果を上げた英雄達が祖。その初心を忘れず、子孫が剣の道を引き継いで、この国や皇帝陛下より下賜された領地の民を守って来た武家と呼ばれる家門こそ正統派の貴族であることを忘れてはならない」
個人的にタイムリーすぎ。先生も見ていらしたのかと疑ったほどだ。
これ、リリアーナ嬢とか普通学科の生徒にも聞かせてあげて欲しいです。いや、社交界のお貴族様にも。勘違いしている人がほとんどなので。この話からすれば、我がドレストル家は野蛮だとか蔑まれる要素などこれっぽちも無いめっちゃ正統派貴族なのですね、お父様。
……貧乏ですが。それは領民を思うがこそ。
ふと横を見れば、最初は武家や平民を見下した発言をしていた男爵家のご子息が、ものすごく真剣なお顔で頷いていた。彼等も根はいい子達だと思う。大人から間違った偏見しか学ばなかったから、ただ知らなかっただけなのだ。今では貴族以外のクラスメイトとも仲良くしている。
そう言えば、イーサンもそうだし、アレオン公爵家のご当主……イーサンの御父上も一度だってドレストル家の事を武家だからと馬鹿にしたりしない。お父様と公爵はこの学園で一緒だった時から仲がいいのもあるけど、武家の娘を息子の婚約者にしたいと言われたくらいだ。。
皇子達もそう。皇帝陛下はお目にかかったことが無いので定かでは無いけれど、少なくとも今までの言動からは全く蔑むような色は感じられない。第二皇子が剣術科に入るのも容認されたくらいだ。
一体、誰が剣を振るう者は野蛮だなんて事を言い出したんだろうか。余程の影響力のある貴族だとしか考えられない。まあ察しはつくけどね。
『武家だからどうだというの?』
第二皇子にも言われたことだし、これからは私ももっと堂々としていていようと思った。
「本当に? 私も誘ってくれるのか?」
ミチェラと計画していた試験対策を休憩時間に話してみたら、第二皇子はノリノリだ。
「入学試験をほぼ満点で合格した秀才のアメリア嬢に学術を教えてもらい、剣技で飛びぬけているミチェラ嬢に実技を教わればまさに怖いもの無し。私達三人で学年トップスリーを狙えるね!」
……いや、そこまででは無いかと。一年の間、学術試験は普通学科や医術科と一緒なので。ほぼコネ入学の貴族ばかりの普通学科はともかく、医術科の子は賢いよぉ?
まあやる気満々なのはいいことだ。実技試験はどんなものなのか初体験だけど、学術試験の方は大体わかっているからそう難しくは無い。しかし……。
「一部の教師陣が、採点の時に普通学科の大物貴族の子女を不正に優遇することがあるのが注意点ですが、さすがに皇子もおいでで、他に目立った家門のいないのこの学年ではその心配は無いと思います。最初が肝心です、ぜひ三人で成績順位一桁代を目指しましょう」
某公爵令嬢など、あの頭で一つ上の学年トップだって威張ってたからな……試験の度に先生達のポケットマネーがさぞ潤っていたことだろう。思い出すと腹立つわー。
「そんな不正もあるのか。由々しき問題だけど……同じ一年生なのに詳しいね、アメリア嬢」
おおっと。つい卒業生目線で言っちゃったけど、今は私も初試験の一年生なんだったわ。
「そ、そういうのもあるとイーサン様にお聞きしたのですわ」
「なるほど。彼はそういう贔屓が無くても優秀だし、真面目な方だから面白く無いだろうしね」
……誤魔化せた。勝手に名前使ってゴメンねイーサン。
「じゃあ、実技は今日の放課後からね。練習場は先輩達が使うから、寮の裏庭集合ってことで」
ミチェラが締めてくれて話はついたものの―――。
「なぜ公子様もご一緒に?」
「僕は普通学科で実技は無いけど、一緒に体を動かしたいと思って。邪魔はしないから」
……爽やかに嘯いておいでですが、私が第二皇子と一緒にいるのが嫌だから監視に来たのは見え見えですよ、イーサン。
「邪魔だなんて。先輩なら大歓迎ですよ!」
ミチェラは目の保養だーとか言って嬉しそうだし、皇子もやる気満々なのが居たたまれない。
ゴメンね、放課後の予定をイーサンに聞かれて、素直に言ったら着いて来ちゃいました。
「なんなら、アメリアと仲良くしてくれてる君達には休み時間に勉強も教えてあげるよ」
「自分の試験勉強はいいんですか?」
さり気に言ってはみたけど、返って来たのは無駄に美しい微笑みと余裕のお言葉。
「バッチリだよ。たまには初心に帰って一年生の問題もいいかもしれない」
さすがーとか言って素直に二人は感動しちゃってますけど、これだってきっと私と第二皇子が……以下同文。
ま、いいか。ただの学友だとその目で見ていただいたほうが、後々楽だし。
というわけで、剣術の練習開始。
練習用の剣で、一人ずつミチェラと実際に打ち合ってみる。
「アメリアは動きが速いしほぼ完璧だけど、構えるときにもう少し足を大きく開くと踏み込みが良くなるよ。ユーグ皇子は引くときに右の脇が開く癖がある。そこに隙が出来るから、意識して直せばすごく良くなるかな」
ミチェラはホントに強い。悉く受け止められた。そしてとてもよく見ている。ケビン様によく指摘されたのと同じところを言い当てたあたり本物だと思う。皇子の癖も言われてみればという程度なのに気が付くなんて。
「だけど、アメリアもユーグ皇子も悔しいくらい才能あるよね。ウチ、男がいないから物心ついた頃から父に鍛えられて来たのに、すぐに抜かれそう」
ミチェラ先生は褒めて伸ばすタイプと見た。お父上がそんな感じなのかな。きっと素晴らしい騎士様なのだろう。始めてたかだか三年くらいの私とは歴史が違うわ。尊敬しちゃう。
「ミチェラ嬢、君は本当にすごいね。一年生と思えない」
横で私達の練習を見ながら素振りしていたイーサンも驚いている。
「公子様も素振りを見ただけで実力者だなと思いましたよ」
おや、ミチェラはイーサンも見てたんだ。
「学園に来る前はよくアメリアと練習してたからね」
「勿体ないですねぇ。剣術科だったら良かったのに……」
「本当だよ。私もご一緒したかったな」
皇子も残念そうに仰る。
そうだよね。無理とわかっていてもそうだったらもっと学園生活が楽しかったろうね。
イーサンも入れて丁度四人いることなので、二組に分かれてしばらく練習して今日はおしまい。
「じゃあ、また明日の放課後ね」
「学術の方は休み時間に図書室へおいで」
久しぶりにイーサンと一緒に剣を振るったからか、また楽しかった頃を思い出してフェリクスやエリナの顔が浮かんだ。
まだ二月も経っていないけど、どうしてるかなぁ……エリナのパンが食べたいな。フェリクスの巻き毛を撫でたいな。お父様も元気かな。庭の薔薇はもう咲いたかな。
あとでフェリクスに手紙でも書いてみよう。
……とか思っていたのに、寮に戻ったら私に小さな荷物と手紙が届いていた。
手紙の送り人はフェリクスからになっているけど、荷物はエリナから。
部屋に帰って早速中を見てみる。
『ねえさま、お元気ですか。僕もおとうさまもツェリも元気だよ。寮や学校は楽しいですか? 僕ね、馬で初めて遠乗りしたんだ。とっても気持ちよかったよ。ねえさまも乗せてあげたいな。お休みにはにいさまと帰って来てね』
ふふ。フェリクスったら手紙でも可愛い。随分字も上手になったわね。
家族の元気を伝えるのに、小鳥のツェリまで頭数に入ってるのがフェリクスらしいし、休みにはイーサンと一緒に帰って来るものだと思っているのが面白い。
エリナからの荷物は何かな?
『アメリアお嬢様、朝寝坊せずに起きていますか? 食事はしっかり摂っていますか? 本当はパンを送りたかったのですが日持ちしないので。庭の花で作りました。お友達や公子様と一緒のお茶の時間ににどうぞ』
折りたたんだ手紙と一緒に小箱に入った瓶には、とりどりの色の花の砂糖漬けが入っていた。
これ……お母様が好きだったからって、よくエリナが作ってたやつだ。甘くていい匂いがしてお茶に入れたら綺麗で。
前世、この花の砂糖漬けは、もう少し後にアレオン公爵や夫人がひどく気に入られてよく公爵家にお送りしたわね。イーサンが作り方をエリナに教わっていた。ただ、食べられる花をよく知っているエリナや庭師のマーティなら問題ないけど、毒のある花もあるから気を付けないとって言っていたわね。
「うわぁ、何? 花? すごく綺麗!」
ミチェラが覗いて驚いている。貴族でない彼女は砂糖漬けを知らないんだね。
「味見してみる?」
「え? 食べられるものなの?」
スミレを一つミチェラに渡すと、恐る恐る口に入れた。しゃり、といい音がした。
私は薔薇の花びらを一枚。いい匂いだわ。
「甘くて美味しい! それに花の匂いがする。こう、貴婦人の食べ物って感じ」
素敵な感想ね、ミチェラ。貴婦人の食べ物か……考えてみたら庭の花で作ってるんだから実際はわりと貧乏くさいというか……まあ言わないけど。
「皆と一緒にどうぞって乳母が送ってくれたから、明日、イーサン様やユーグ皇子も誘って練習の後にお茶といただこうか」
「賛成。公子様とか皇子様にはめっちゃ似合いそう」
確かに。イーサンって花びらだけ食べて生きていそうな見た目だもんね。本当はパンも肉も食べるけどさ。




