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厚顔無恥

 今回は学園生活も結構楽しい。

 剣術科に入ろうなんて露ほども考えた事が無かった十年前を、激しく後悔するくらいに充実した日々だ。勉強だけじゃなくて、実技で体を動かすのは気持ちがいい。

 ぶっちゃけ貴族ばかりの普通学科のように気をつかわなくていいのが一番ね。ミチェラ達みたいに友達も出来たし。

「アメリア、イキイキしてるよね。そんなにいいなら、僕も剣術科に入れば良かった」

 イーサンはよくそう言うけど、天下のアレオン公爵家の跡取り息子にそんな事が許されるわけも無い。ちょっと剣の練習をするだけで反対されまくって、こっそりウチに来てたのにね。

 でも楽しかったなぁ。フェリクスやイーサンと庭で剣の練習をした日々。半分以上エリナの美味しいパンで一緒に食事するのが目当てだったけど。イーサンにとっても幸せな時間だったならいいね。

 思い出してつい頬が緩んでいたのか、気が付けばミチェラがにんまり笑って覗き込んでいた。

「何? ニヤニヤしちゃって。公子様のことでも考えてたんでしょ」

 そうといえばそうなんだけど……私、そんなにニヤけてたのか。やだ、恥ずかしい。

 ミチェラがうっとりした表情で言う。

「綺麗よねぇ、公子様。何でも入学から三年の今までずっと学年トップの成績だそうよ。頭も良くてあれだけ素敵で、皇子様に継ぐ高貴なお家柄で、性格も良くて婚約者一筋なんて完璧じゃん。ホント、アメリアってば恵まれすぎ」

 ふうん、イーサンはずっと学年トップなのか。普通学科は周囲がコネと寄付金で学園に入ったような方がほとんどだし、頭は良かったものね。性格がいいかどうかは……今のところ狂気じみてはいないけど、結構私以外には腹黒いところもあるわよ? でも、言われてみたら色々完璧すぎるわね。

「……親同士が勝手に決めたことだけど、こんな貧乏貴族の娘なのに恵まれすぎてて他の貴族のご令嬢達に疎まれるのは迷惑だけどね」

「あー、嫌な感じのお貴族様いるもんねぇ。そりゃ嫉妬したくもなるだろうけどさ」

 むぅ。ミチェラにさえわかるのか。まあいいや、今のところ前よりはずーっとマシだからね。

「それより、もうすぐ試験でしょ? 剣術科は学術試験だけじゃなくて実技試験もあるじゃない? ミチェラは自信ある?」

「あー、実技はバッチリだと思うけど、学術試験は……」

 ミチェラは剣術科で一番の実力があるって先生も言ってたもんね。反面、勉強はあまり好きじゃないみたい。私とは逆だね。

 実際私の場合は勉強は二回目だからなんだけど。

「じゃあ、私が休み時間に勉強は教えるから、代わりにミチェラが放課後に実技を教えて」

「いいねぇ。ユーグ皇子も誘ってみよう」

 それはちょっと……皇子の事が嫌いなわけでは無いし仲間はずれにはしたくないけど、あまり別の男子と絡むとイーサンが煩そうな気がするんだよね。


 学科が違うと嫌な相手にそこまで会うことも無いし、前世ではほとんど関わり合うことの無かった面々がなぜか私に好意的に接してくれるのもあり、前のようにお茶会に無理やり呼ばれて熱いお茶をかけられたりみたいな派手な意地悪は今のところされていない。

 それでも一部の貴族のご令嬢達は食堂などですれ違った時などに、やっぱり嫌味を囁いたりするけれど、もう慣れているのでまた言ってるわー、くらいにしか思わない。

 今日もお昼にイーサンと食堂のいつもの席で待ち合わせていたところ、経済学の授業が長引いたイーサンが遅れ、私が一人で待っていると、待ってましたとばかりに二年生のお姉様方がおいでになった。

「あら、席をお間違えでないこと?」

 ……リリアーナ嬢のとりまきその一のご令嬢だね。

「剣術科はもっと隅っこの方がよろしいのはなくて?」

 その二。面と向かっては言う勇気は無いくせに、後ろに立って聞こえるように言うのよね。

「遠回しに言っても理解出来ないですわよ。野蛮な武家の娘のくせに、高貴な公子様の婚約者を辞退しないような厚顔無恥な方ですもの」

 あー、ご本尊も参戦ですか。わぁ、今日はストレートに来たわね。

 公子様の婚約なんて皇帝陛下もお認めにならないと出来ないのよ? 辞退しないとか言われましても、私にそんな権限ございませんわよ。出来るなら巻き戻った瞬間にしてるわよ。それに野蛮な武家とか言ってますが、誰が貴女達の安全を守るために剣を振るってると思ってるんだろうか。世間知らずにも程があるわ。そんな幼稚な人に厚顔無恥とか言われるとは。

 今日はさすがに頭に来たけど、言い返すのも馬鹿らしいので俯いて無視していると、それがリリアーナ嬢には余計に気に入らなかったご様子。

「ちょっと、聞いてますの?」

 はぁ、もう面倒ね。嫉妬するのも勝手だし、幾らまだ十四の世間知らずのお嬢様とはいえ、言っていい事と悪い事の区別もつかないような人の話など聞くわけないじゃないのよ。もうここまで来たらいっそ清々しいほどのお馬鹿さんね。

 リリアーナ嬢がテーブルにバンッと手をついた時、周囲がしんとしたかと思うと、聞き慣れた涼やかな声がした。

「リリアーナ・ニキ・ディミトリ公爵令嬢。僕のアメリアに何か用?」

 あ、イーサンだ。相変わらず虫けらでも見る目ですね。

「どうせまた、とりまきと一緒にアメリアちゃんに難癖でもつけてたんだろ」

 この声は第一皇子ね。今日もご一緒でしたか。

 今度黙って俯いたのはリリアーナ嬢だった。今回は現行犯だ。学園どころかこの国のツートップに逃げることも出来ずにテーブルに手をついたまま固まっている。とりまき令嬢達はじわじわと後ずさりしておいでだけども。

「わ……わたくしは、ただ……」

「ただ、何?」

 イーサンに氷のような冷たい目で見られ、リリアーナ嬢は震えて身を翻したが、数歩も行かせてもらえなかった。

「ふうん、断りも無しに逃げるんだ?」

 そんな風に言われて、逃げる勇気は無いだろうね。

「ホント懲りないよなぁ。アメリアちゃんを虐めたところで、世界がひっくり返っても自分がイーサンの婚約者の座につけるわけが無いのに。つーか、その陰湿で性悪なのが敗因だってことに気がつかないあたりが、なんともアタマ悪いって言うか……拗らせた嫉妬は見苦しいな」

 第一皇子、キッパリハッキリ言いますね。その通り過ぎてフォローのしようも無いですが。私、さっきそのアタマ悪い人に厚顔無恥って言われましたけどね。

「ザレス皇子、リリアーナ嬢の姉上は皇子の婚約者ではございませんか。将来の義妹君の事を頭が悪いなんて言い方は良くありませんね。せめて頭が残念くらいに。それ以外はその通りですがね。世界がひっくり返っても僕の婚約者は変わりませんし、アメリアは嫉妬するに値しますから」

 イーサンも言うわぁ。『悪い』より『残念』の方がより陰湿に聞こえるのは気のせい? しかも笑顔で言っちゃうし。

 皇子もイーサンも、本人に言うと言うよりはわざと聞こえるように会話している感じだ。いつものご令嬢方の嫌がらせと同じ。周囲にだって聞こえているだろう。

 ちょっとリリアーナ嬢が可哀想になって来たかも……とか思うわけないじゃない。今日は本当に頭に来たので、私も加わってみる。

「イーサン様、野蛮な武家はやはり公爵家からの婚約の申し出を辞退するべきだったようですね……すみません、厚かましくて」

 しおらしく俯いて言ってみましたことよ。告げ口しちゃうなんて卑怯だとは思うけど、ホントに言われたし、嘘つきじゃないからね。

 これにはイーサンも飛び上がらんばかりに怒りを露わにした。うん、知ってた。絶対怒るって。

「何言ってるのアメリア! そんな事を言われたの? 信じちゃいけないよ、そんなの!」

 ちょっぴり種火をつけてあげたので、更に怒ったイーサンの追撃は続く。

「僕は前に警告したはずだ。覚えておくといいと。僕の大事なアメリアに嫌がらせなどしようものなら許さないと。アレオン公爵家が黙っていないと言った。君はその警告を無視した覚悟はあるんだね」

 冷たい冷たい、聞くものが凍えるような声。

「あと皇室もな。高位貴族の婚約は皇帝陛下がお認めになって初めて成立する。陛下の決定を否定するのは皇帝に盾突くも同じだぞ」

 皇子まで参戦されたので、話が大きくなったのは予想外だったけどね。まあ事実だけども。

 ここまで言われると、さすがにリリアーナ嬢でも自分の無知を悟っただろう。敵に回してはいけない相手を怒らせたことを。

 公爵令嬢は真っ青な顔で泣きながら走り去った。私にごめんなさいの一言も残さなかったのは、ある意味ご立派だ。

 ……いつも一緒のとりまきですら、誰も追いかけてあげないんだね。それだけは気の毒だった。


 しばらく周囲は静かにどよめいていたけれど、やっと平穏が戻って来た。

「アメリアごめんね。遅くなったばっかりに嫌な思いをさせて」

 イーサンが普段の声のトーンに戻った。いつも感心するわ、私に対するのと他の人へとの温度差。

「イーサン様が謝ったりしないで下さい。大丈夫ですよ、慣れてますし。それより、さっきは私の代わりに怒ってくれてありがとうございました。皇子も……」

 ちゃんとお礼をいっておかないとね。多分、いくらなんでももう虐められないだろう。アレオン家と皇室を敵に回してなお、今まで通りだったら感動しちゃうよ。

「いい娘だねぇ、アメリアちゃんは。それに引きかえ……俺、あれが義妹になるなら婚約破棄してぇ。出来ればディミトリ家以外の娘がいい……こう言っちゃなんだが、イーサンみたいに一度も婚約者を愛しいとか思ったことねぇし。年上だしさぁ」

 おおっと? 第一皇子が不穏な事を言いだされたわよ? 

「同じ公女なら、どうせララミアも年上なんだし、イーサンんとこのセリア姉と婚約すれば良かった」

「遅すぎますよ。そういう話があった時に断ったのは自分でしょう。残念ながら姉上は既にアリョ伯爵家の次期ご当主と婚約しましたし、なんならもうすぐ結婚式です」

 従弟同士のものすごく内輪な話をしているようで、将来の国母になろうかというお方を決めるお話ですよ? イーサンの姉上のご結婚の話だって、アリョ伯爵家と言えば代々皇帝の筆頭補佐官を務める名門中の名門の御家柄ですよ? 皇子と公子様の会話のスケールが半端無い。そんな軽いノリでいいんですかね?

 というか、妹のせいでララミア様が一番とばっちりをくっている気がしますが……すみません、ホント。前世でお見受けした事がありましたが、お美しくてしっかりした淑女という雰囲気の方なのに。

 と、ここで思い出したようにイーサンが皇子に言い放つ。

「どうでもいいので、いい加減僕とアメリアの二人っきりにしていただけませんか。昼休みは短いです。皇子はいい娘でも探して一緒に食事しておいでになればよろしい」

「イーサン、冷たいなぁ……」

 しっし、と手で払われて、文句を言いながらも素直に席を外しちゃう皇子って……。

 不思議な人だなぁ、第一皇子。確かに言動は軽いし、皇子なのにイーサンの方が偉そうに見えちゃうけど、噂のように性格に難ありで皇太子に出来ないって感じじゃない。端々にやっぱり気品も感じるし、頭は結構切れそうに思うのよね。

 イーサンったら、せっかく助けてくれたのに追い払わなくても。


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