授業初日
「へえー。あの代表挨拶してた皇子様も剣術科なんだ」
只今学園の校門近くの店でミチェラと遅めのランチ中。
「皇子、おチビちゃんで可愛いよね、めっちゃタイプ」
「おチビちゃんって……同い年よ? それに私と同じくらいだったわよ」
「アメリアは女の子だもん。アタシなんて大きいからちっちゃくて可愛いのって羨ましいの」
確かにミチェラは女の子にしたらかなり大きいものね。太っているわけでもノッポなだけでも無くて、がっしり感があるのは、幼少期から騎士を目指して鍛えて来たからだろう。私から見たらミチェラが羨ましいよ。
でも前回見て来たから断言出来る。ミチェラでも一年半か二年後には背も抜かれて可愛いって言うよりカッコいい皇子になるんだからね。
ああ、同年代の女の子と普通に話しながら食事出来る日が来るなんて。
第二皇子に引き留められ、やっと解放されたと思ったら、今度はイーサンに捕まって寮に帰るのが遅くなったにも関わらず、待っててくれたミチェラに感謝しかない。
三年生のイーサンは授業があるので渋々教室に帰って行ったけど、第二皇子と私が話していたのがお気に召さなかったみたい。嫉妬深いのはやはり今回も健在だ。
とはいえ慣れで適度な距離を保っていたのと、リリアーナ嬢達の嫌味から皇子が庇ってくれたのを見ていたらしく、触れ合ったりせずにあれ以上近づかなければいいとあっさり引き下がってくれたあたり、前世とは随分違う。
だが―――。
「……どうでもいいけど、その貴族っぽいお兄さんはなぜずっと一緒?」
ミチェラが私の背後の席を見て言う。
そうよね。私も気になってはいるんだよ。寮の玄関を出た時から……いや、イーサンと別れて私が寮に戻る時からずーっと、タス様がおいでなんですが? 他の高位貴族の子女は護衛に従者を連れている事がほとんどなので、傍から見れば違和感は無いだろうけど、あなた、私じゃなくイーサンの従者じゃありませんでしたかね?
「タス様、公子様に私の監視を命じられましたか?」
「すみません、侯爵令嬢を自分の代わりに見守れとの主の命令は絶対なので……俺の事は壁だとでも思っていただければ」
……答えたり謝る壁など聞いたこと無いわ。
呆れはするけど、たとえ自分の信頼する従者であっても、イーサンが他の男を自分の代わりに私につけるなんて、前世では考えられられなかったこと。そのくらい心の余裕が出来てイーサンが普通に育ってる証拠だと思うと、いい事なのかもしれないと思うことにした。
私は納得しても、貴族でないミチェラにはちょっと気の毒に思うので一応謝っておく。
「ミチェラ、なんかゴメンね……」
「公子様はアメリアのことが大事過ぎるんだろうね。いいじゃん、愛されてて」
そうあっさり言ってくれるところが好きだわ、ミチェラ。
「でも、折角のカッコいいお兄さんだから、どうせなら後ろの席にいないでこっちで一緒に食べればいいと思うよ?」
そんなミチェラの言葉に、照れたように壁はこっそりこちらへ移動した。ついでのことを言うと、私達の分のサンドと飲み物も支払ってくれた。ありがとう、イケてる壁。女の子としか喋ってないよって報告しておいてね。
入学式の翌日からは授業開始。初日一時限目からいきなり剣術実技なのには少し驚いたものの、この科に入った実感が持てて張り切っちゃう。
「女であろうと、皇族、貴族であろうと特別扱いはしないぞ。心しておけ」
授業担当の先生が最初の開口一番そう言い放った。主に皇子と私の顔を見ながら。この中で皇子の次に爵位の高い家門なのがウチの侯爵家だからかな。
望むところですわ。これっぽっちも特別扱いなどして欲しくないからここに来たのですもの。
皆、それぞれの番号を付けた揃いのベストを渡されたのも区別しない姿勢の現れかな。
剣術科に今年は女子が四人もいるのは、私がそうだったように騎士見習いの試験を女性が受けられなくなったからだ。私以外、皆貴族では無いけど小さい頃から剣の道に憧れてそれなりに鍛えて来た子達ばかり。その上、学問の試験も合格して来たのだからすごいよね。
男子には貴族の子息も結構いる。ウチと同じく武家がほとんど。しかしそれ以外の家門もチラホラいる。彼等はどうやら平民よりは優遇されるとでも思っていたのだろう。特別扱いしないという言葉に不満げにブツブツ言っている。
そんな声を無視して、先生は授業を進める。
「まずは、始めの合図から止めと言うまで素振りをしてみろ」
先生の言葉に「えー?」と声を上げたのはそういう家門のご子息達だろう。
「構えて……始め!」
これまた不平の声など無視して、先生が合図を出す。
ミチェラも他の女の子達も切れのよい動きで素振りを繰り返している。斜め前の第二皇子も元気よく素振りしておいでだ。姿勢がとても綺麗で、初心者とは思えない感じなので、きっと鍛錬なさっていたのだろう。
私も巻き戻ってからほぼ毎日欠かさず素振りをして来たなぁ……フェリクスも毎日続けてるだろうか、などと考えながら剣を振るう。
―――長いな。なかなか『止め』の声が掛からない。もうかれこれ二十分は振ってるわね。
「こら、そこ! 休むな」
先生に注意されてる子がいるのは、きっとさっき不平の声を上げてた貴族の坊っちゃんあたりかな。だけど人に気を取られている余裕は無いので素振りを続ける。
ケビン様が素振りの姿勢や太刀筋でその人の才能や強さがわかると言っていた。きっと先生もそれを見極めるためにやらせていると思うの。
この先生は貴族の出では無いが、努力と才能で功績を上げて上級騎士まで上がった方だそうだ。そういう先生に習えるなんて素晴らしい。
でも私も疲れて来た。模擬刀だけど重く感じるし手も痛い。またマメが出来ちゃいそう。そろそろ終わらないかな……と思っていたら、やっと先生の声が掛かった。
「止め!」
大半の生徒がへたり込むのを、満足げに見ながら笑った先生の顔は優しげだ。
「よし、よく頑張った。今年の新入生はほとんどが及第点だな。皆なかなかいいが、特に一番、四番、六番、十一番、十六番は基礎がしっかり出来ていて素晴らしい」
一番の男の子は褒められてすごく嬉しそう。四番は私だ。ミチェラは六番。思わずミチェラとハイタッチ。自分の番号も呼んでもらえるなんて嬉しい。厳しいだけじゃなくてちゃんと一人ずつよく見てくれるのがいい先生だと思う。
「途中で休んだ五番、十二番、十四番は残って素振りを後五十回。それ以外は休憩だ」
……やっぱ厳しいかも。
呼ばれた番号は案の定、貴族のお坊ちゃん達だ。内二人は渋々素振りを始めたが、一人がふんぞり返って先生に言い返した。
「横暴だ。武家や平民の卑しい者を休ませるくせに、この僕が追加だなんて。お父様に言いつけてやる!」
わぁ……典型的なダメお貴族様ぶりに引くぅ。横暴なのは君だよ? なんだかもう、見ててこっちが恥ずかしくなるわ。
先生はこういう手合いに慣れているのか、平然としておられる。
「言いつけて構わんよ。君は男爵家の坊ちゃんだったかな? もっと高貴な身分の皇子や歴史ある侯爵家のご令嬢がおいでの中、お父上は言いつけられても困るだろうがなぁ」
やや意地悪に先生が言うのに、失笑する他の生徒達。ミチェラはお腹を抱えて笑ってるし、皇子も困った顔で肩を竦めておいでだ。
男爵家のお坊ちゃまが、顔を真っ赤にして素振りを始めたのは言うまでもない。
そんなわけで追加組が素振りを終えるまで、私達は休憩。
「ドレストル侯爵令嬢、昨日君の言った通りだったね」
皇子がちょこちょこと寄って来て、横に座られた。昨日の貴族の実態を覚えておいでだったんだね。リリアーナ嬢に続き今日も目の当たりにされたものね。
「彼等は親を見てそういう風に育って来たから仕方が無いのでしょうね。それより皇子、とても綺麗に剣を振っておいででしたね。ずっと鍛錬してらしたのでしょう?」
ちょっと偉そうかなと思いつつも、そう言うと横でミチェラもうんうん頷いていた。
「他の人に比べたらまだまだ鍛錬が足りないと実感したよ。そう言う侯爵令嬢とそちらのお嬢さんもすごいよ。二人とも先生に素晴らしいって褒められてたじゃない」
「あ、アタシはミチェラっていいます、皇子。よろしく」
おお、ちゃっかりミチェラが自己紹介している。皇子のこと好きなタイプだって言ってたもんね。私も侯爵令嬢とずっと呼ばれるのもむず痒い。
「私のことはアメリアと呼んで下さい。学園内では身分は関係ございませんので」
「じゃあ、私のことも皇子じゃなく普通にユーグと呼んで仲良くしてくれると嬉しい」
……いや、それは無理です。さすがに皇子様相手に名前呼びはちょっと……周囲の目が怖いですから。主にイーサンあたりが。学友として仲良くはしますがね。
お昼は学園内の食堂へ。ビュッフェ形式で、内容も豪華。
私は一度体験して来ているので実は慣れているのだけど、一年生、しかも平民の多い剣術科の生徒には貴族の子女が犇めく普通学科と一緒の場はなかなか厳しいみたいで、遠慮がちにやっと食べ物を取って隅っこの方で小さく固まっている。
ミチェラとどこに座ろうかと、食事を乗せたトレイを持ってウロウロしていると、奥の方で一際輝くような麗姿が立ち上がるのが見えた。
「アメリア、こっちこっち!」
おぅ。イーサンが手招きしている。
「婚約者様の所に行ってきなよ。アタシはユーグ皇子と食べるから。ねー?」
「ねー」
……あれ? 皇子はいつの間に一緒に?
私も一瞬で仲良くなれたように、皇子も早速人当たりのいいミチェラに懐いてしまわれた。傍から見れば同級生と言うよりお姉ちゃんと弟みたいな感じに見えるよ。
まあいいや。仲が良いのはいい事だ。傍から何か言われてもミチェラは気にしないだろうし、皇子も黙って無いだろう。
お言葉に甘えて、イーサンの元に向かう。途中、ヒソヒソ言う声も聞こえたが気にしない。
「ここ空いてるから。座って」
えっとぉ、イーサン? 今しがた一緒のテーブルにいた金髪の人をしっしって追い払ったのが見えてましたけども、第一皇子だったとお見受けしましたが? そして皇子も文句も言わずにトレイを抱えて普通に退かれましたよね。いいんでしょうか? 見なかったことにしておきましょう……。
お言葉に甘えて、イーサンと向かい合って座る。
昨日以来だね。イーサンの銀の絹糸みたいな髪と、蒼い瞳を確かめて胸がほんわり温かくなった。巻き戻る寸前に、絶対許さないと憎んでいた相手なのに、その顔を見てホッとする日が来ようとは。
「ああ、やっとアメリアに会えた。初日の授業はどう?」
「面白いですよ、剣術科。実技は疲れましたけど」
一緒に食事をしながら、昨日の事や今日の午前中の事を話していると、イーサンが遠くの席を見て目を細めた。視線の先を追うと、ミチェラが第二皇子と楽しそうに話していた。剣を握るような仕草をしているので、きっと皇子にコツを教えているのだろう。微笑ましい眺めだ。
「第二皇子はあの女の子と仲良くなったみたいだね。君のルームメイトの娘だったっけ?」
「ミチェラは素敵な子ですよ。明るくて、剣術がとても得意で頭もいいです」
私がそう普通に答えたのに、イーサンが予想外の方向に持って行った。
「ふふ。剣術が得意で頭のいい、世界で一番素敵な女の子は僕の目の前にいるけどね」
ぐはぁ。
ふふ、って! な、何か心臓に刺さったっ! こう、熱―いのが何かっ! 落ち着け、相手はまだ十五の少年だよ? 私、十三歳だけど中身は大人なんだからね?
「せ、世界でって……」
「僕の知っている世界はまだ狭いけど、断言出来るよ。沢山の女の子がいても、僕の目に輝いて映るのは君だけだって」
「も、もういいですぅ……」
どうやったらそんなに息をするように甘い言葉が吐けるのかな。そんなに蕩けるように微笑みながら。この公子様は、やっぱり色々危険だわ。
今、絶対私赤くなってる。恥ずかしくてイーサンの顔が見られず、俯くしかない私に代わって声を上げたのは、隣の席に追いやられた方だった。
「……聞いてる方が恥ずかしいぞ、イーサン。見ろ、アメリアちゃんもちょっと引いてる」
「おや、盗み聞きとはお人が悪いですね、第一皇子」
「嫌でも耳に入って来るわっ」
近いですからね。聞こえますよね。そして周囲もこっちを見てヒソヒソ言っているあたり、違う席の人にも聞こえていたんでしょうね。
「僕は婚約者に本当の愛の気持ちを伝えているだけです。何が恥ずかしいのでしょうか?」
イーサンは至って真面目に言っているようだ。うん、知ってる。恥ずかしいとかきっと思ってない。あなたはね。
はぁ、と溜息を点いて、皇子が私の肩にぽんと手を置いた。
「アメリアちゃん、愛されすぎてちょっと同情する。コイツ、ちょっとヤバイから」
……最後のところ、激しく同意いたしますわ、皇子……愛されすぎると色々ヤバイんです。




