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入学式


 イーサンと一緒に食事をしたり街に行ったりして楽しかった一日は、思い出に刻んだのとまた次の約束をしたので詳細は割愛して。

 夕方送ってもらって寮に帰ると、同室のミチェラ・バルが到着していた。

 爵位は無いが、お父様が騎士の称号を持っておいでなので平民とも呼べない、そんな家の娘さんだ。サバサバした喋り方と、大柄で可愛いというよりカッコいい感じの見た目のミチェラ嬢とは、すぐに打ち解けられた。

 他の貴族と違い、ウチが武家だと聞いて喜んでくれた。

「貴族のご令嬢と同室だって聞いて、正直どうしようと思ってたけど、置いてある荷物も少ないし、ものすごく使い込んだ感のある剣を見て、これは大丈夫だって思った。しかもあの憧れの第一騎士団の団長の娘さんだなんて。侯爵令嬢、よろしくね」

 ここにもお父様に憧れる方がいらっしゃったわ。今更だけどお父様ってすごかったんだ。

「アメリアって呼んでね。私こそあなたのような素敵な方と同室で良かったわ」

「じゃあアタシのことはミチェラって呼んで」

 初日から女友達ゲットだよ。今回は寮生活も苦痛じゃ無さそうで安心かも。


 そして入学式の日。

 朝からミチェラと制服に着替え、互いに髪のセットをして会場の大広間へ。

「うわ、貴族ばっかり。緊張するぅ」

 私の隣の席に着いたミチェラは落ち着かないみたい。私も一応貴族なんだけどね。

 少し遅れて上級生達がザワザワと囁き合いながら入って来る。緊張した面持ちでお行儀よく座って式が始まるのを待っている新入生達を値踏みしながら。

 一度経験しているから私は緊張はしていないし、上級生達の囁き合う内容も知ってるわ。あの子は某大臣の娘だから良くしておいて損は無い、あれは傾きかけた男爵家の分家の三男だから付き合う価値は無い……十代前半の子供達でも、すでに社交界の縮図。

「制服がよく似合うね、アメリア」

 イーサンが私の横を通るときに足を止めて、それはそれは美しく微笑んだ。途端に周囲の視線が集まるのを感じる。

「あ、ありがとうございます」

 もう、アレオン公爵家のご子息は、皆の憧れで超目立つんだから! またこの瞬間に何人ものご令嬢を敵に回しちゃったわよ。これ、前と同じだし。

 その上、もう一人足を止めてイーサンの肩越しに私を覗き込む人が。

「へぇー。この娘かぁ、イーサン自慢の婚約者のアメリアちゃん。めっちゃ可愛いじゃん」

 この長身で金髪の綺麗な顔立ちなのに、どこか軽い感じのお方は……第一皇子っ!

 これは前回無かったわ。立ってご挨拶すべき? いやいや、これ以上目立ちたくないし……とか思っていると、イーサンが無言のまま絶対零度の視線で皇子を睨みつけた。

「んな、怖い顔すんなよぉ。盗らないから。じゃあね、アメリアちゃん。入学おめでとー」

 ひらひら私に手を振りながら、ちょっと難あり皇子はイーサンに引きずって行かれた。力関係がどうなっているのかは謎だが、お二人、わりと仲がいいとみた。同い年の従弟だから? そういや前世でも第一皇子は生き残って皇太子になられたのよね。

 突然の嵐が去ったみたいにホッとした私だったが、周囲の目は冷ややかだ。

「アメリア、今のって……あんたの人脈、どうなってるの?」

 横でミチェラが激しく引いている。他の新入生もだ。

 うん、今のってこの国の皇子と皇室の次に権威ある公爵家の公子様だね。そして私は公子様の婚約者。人脈と呼べるかは謎だけど、確かにヤバイかもしれない。

 目立ちたく無くて代表挨拶を辞退したのに、こう来たか。まあ皇子のおかげで、少なくとも同じ新入生で私を虐めようなんて人はいなくなるかも? でも誰とは言わないけど上級生の某ご令嬢はキーッってなってるんだろうな。あー、後が憂鬱……。

 長―い学長の挨拶も、各教師の説明も、新入生を歓迎する生徒会長の挨拶も、ほぼ記憶の中にある通りだった。

 そして第二皇子による新入生代表の挨拶も聞いたことがある。前回は緊張していたのと周囲の視線が痛すぎてずっと俯いていたから気が付かなかっただけだったんだわ。

「……今日の良き日に、歴史と権威あるこの学園の一員になれたことを誇りに思い、卒業までの四年間、学友たちと切磋琢磨し、高みを目指すことをここに誓います。新入生代表、ユーグ・ヴォナ・エストラ」

 小さくて可愛らしい皇子の堂々とした挨拶に、割れんばかりの拍手が贈られる。私も今回は手を叩いて称えたわ。流石は首席の皇子という言葉もチラホラ聞こえる。

 ……良かった。あの挨拶に立ったのが私じゃなくて。拍手するのがイーサンと数人しかいないとか、ありそうだもの。うわ、考えたら悲しすぎる……。


 つつがなく入学式が終わり、今日はまだ新入生は授業が無いので、ミチェラと一旦寮に帰ってから食事に行こうと大広間を出た時だった。

 廊下で後ろから私を呼び止める声が。

「ドレストル侯爵令嬢!」

 振り返ると、そこにいたのは黒髪の小さな人影。第二皇子だ。

「皇子、堂々として素晴らしいご挨拶でした」

 昨日、聞いてって言ってらしたものね。感想を言っておかないと。

 だが皇子は何やら難しい顔をしておいでだ。

「令嬢に少し話がある。いいかな?」

 先のイーサンや第一皇子の件もあったからか、ミチェラは先に寮に帰って待ってるねとだけ言い残し行ってしまった。

 とりあえず二人で廊下の隅に寄ってみる。

 これ、前回は丁度イーサンがここで声を掛けてきたんだったわね。同級生の男子に声を掛けられてただろうって理不尽な事を言われて……と思い出してみる。

 なぜか今回は第二皇子? しかも皇子も不機嫌そうでちょっと怖い。

「あの……お話とは?」

「学長から聞いたけど、本当は首席の君が代表挨拶をするはずだったそうだね? 皇族だからと譲られても嬉しくは無かったよ。どうして昨日言ってくれなかった?」

 皇子は軽くご立腹の模様。首席だと思ってあんなに誇らしげにイーサンに代表挨拶を聞いてって言っていたのに、実は私の代役だったと知ってショックだったのだろう。もう、学長ったらなぜ試験の成績まで言っちゃったんですか。

 ここはちゃんと弁明しておかねば。

「不快な思いをさせてしまい申し訳ございません。正直に言いますと目立ちたく無かったので、学長にお願いして代えていただいたんです。我が家は裕福でも無いし武家ですから、私などが代表挨拶をすると他の貴族の方々が面白く無いでしょうし、私は剣術科に進みますので、普通学科の方々から苦情が出そうで……」

 すみません。皇族だからも確かにありました。それ以外は本当に正直に言いましたけどね。

 でも皇子は納得のいかないお顔だ。

「武家だからどうだと言うの? 由緒正しい侯爵家のご令嬢が自分の家門を下げるようなことは言わない方がいい。それに首席が剣術科だと、普通学科から苦情が来るの? 聞くところによると、君はあの難しい試験をほぼ満点で合格したそうじゃないか。それほど優秀なのに、なぜ誇らしく思わない? それが私には理解できない」

 え、ええっと……そんな一度に沢山言われても返答に困るわ。

 難しい試験か。そうだよね、まだ十三歳だ。受けた時なんて十二だもの。私なんて前回は頑張ってもギリ合格だった。だけど前回も皇子が代表挨拶をされていたということは、私がいなければ今回も皇子が首席だったはず。

 皇族の方に貴族の偏見や、女のドロドロした僻みなど理解出来ないだろうし、お父様に憧れてると言ってらしたくらいだから、武家に対する見方も違うのだろう。どこから説明したものかと考えているうちに、俄かに周囲が賑やかになった。

 あ、廊下の向こうから何だかキラキラした一団が。

 うわー、来たわよ。一つ先輩のリリアーナ嬢とその取り巻きのご令嬢達。

「あらやだ。ご覧になって、侯爵令嬢が身の程もわきまえずに皇子に声を掛けておいでよ」

「公子様だけでなく第一皇子にまで声を掛けていただいて、調子に乗ってらっしゃるのかしら」

「しかも卑しい者達と同じ剣術科だそうよ。女なのに流石は武家だわ。婚約者のアレオン公子様も恥ずかしくていらっしゃるでしょうね」

 ご令嬢方、聞こえてますわよ。第一皇子の件は違うものの、前世でもあったから私はそんなに気にはしない。だけど私に聞こえるんだもの、第二皇子にも聞こえてるって思わないのかしら。これ、お茶会の時もだったよね? イーサンに脅されたのにホント懲りないなぁ。

 案の定、皇子が厳しい顔でリリアーナ嬢達に向きなおられた。前世でも第二皇子は虐めとか悪口が大嫌いな真っすぐな性格の方だった。

「ドレストル侯爵令嬢にはこちらから声を掛けたのです。ディミトリ家の公女ともあろう方が、そのようにあからさまな侮蔑を陰から言う方がはしたないと思いますが?」

 おおっ。流石は皇子、十三歳とは思えない威厳たっぷりのお言葉。そしてさり気に先輩には丁寧な言葉遣いという気遣い。素晴らしいです。

「し、失礼いたします」

 一礼だけ残し、慌てて立ち去るリリアーナ嬢の背中に向けて皇子はトドメを刺す。

「なるほど、イーサン公子がドレストル侯爵令嬢を選ぶわけだね」

 皇子っ! それ、リリアーナ嬢にはクリティカルですよ。禁句です!

 言ってくれてスッキリはしましたけど。

 ああ、でもこれもまた歪んだ形の噂話で広められて、私だけがもっと悪者にされちゃう気がする。皇子に悪意は無いのはわかるものの、余計なお世話というか……まあいいけど。

 明らかに政略的とはいえ、あなたこの後あのリリアーナ嬢とご婚約されますのよ?

 皇子は現実を見て軽くショックを受けておられる様子。 

「……先程君の言ったことが少し理解出来た気がする」

「まあ私は慣れておりますので気にしませんわ。皇子もお気になさいませんよう」

「随分大人っぽい……というか、達観しているんだね、君は」

 私は中身が大人なんで。達観なんて言っちゃう十三歳の方が大人みたいですよ?

「ディミトリ公女達はいつもああなの?」

「いえ、あの方達だけでなく、帝国の貴族全般ですかね。血税で贅沢をしているのに平民を蔑み、剣を振るう武家はいかに爵位があってもなぜか野蛮だと下に見る風潮がありまして。父は騎士団の仕事や領地経営で身を粉にしているというのに報われないというか……」

 あ、別に皇帝の施政を皮肉ったわけでは無いのですよ? 難しい顔で、これは父上に報告しないと……とか呟かないでくださいませ。怖くて冷や汗が出ます。

「それより、私も剣術科なのだが。平民もいるというだけで、剣術科はそんなに卑下されているものなのだろうか」

「はい?」

 私の聞き間違いかな? 今、皇子も剣術科だって聞こえた気が……。

「私はどうやらまだまだ世間知らずのようだ。ドレストル侯爵令嬢、これから同じ科で学ぶ仲間として、色々教えてくれると嬉しい。よろしく頼むね」

 ええ? 皇子も剣術科なの? やっぱりクラスメイトだけど、前と全然違うじゃない!


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