入寮
創始者であるこの国の二代目皇帝の名を冠した、国立ヴァンデ・レチアーノ・カムテン・エストラ学園は、二百年以上の歴史を持つ学びの場である。長くて舌を噛みそうなのと、他に同じような場が無いため、普段は学園としか呼ばれない。
主に皇族や貴族の子女で、難しい入学試験を突破した十三歳から十七歳までの少年少女が、四年間親元を離れて寮生活を送りながら、教養やマナーを身に着ける……というと聞こえは良いが、皇族や爵位の高い家門の子、裕福な家ならいかにお馬鹿さんでも寄付金だけでフリーパスで入れる。ウチは寄付金は無理なので試験を受けましたわよ。流石に二回目だけあってほぼ満点で合格しましたけどね。
困ったことに、首席合格だと新入生代表で挨拶をしないといけないそうで、先に合格発表にクリス先生と訪れた際に学長が直々に出て来られて告げられすごく焦った。
しまった、張り切って勉強しすぎた……適当に手を抜いて前回同様ギリ合格くらいにしとけば良かったと後悔したものだ。クリス先生は鼻高々だったけど。
入学早々目立つと、また某公爵令嬢やその取り巻きあたりに目を着けられて虐められる先しか見えない。そこで丁度第二皇子がお入りになる事をダシに、学長を説得して辞退させてもらった。
スミマセン、第二皇子。前回は同じ普通学科のクラスメイトでしたが、今回は恐らくそうそうお会いする事も無いでしょうに。代表の挨拶をお願いしますね。
入学式はまだ三日後。本当は式当日でもいいのだけど、入寮はもう始まっていて私は遅い方だ。せめて荷物の搬入くらいは済ませたいし、ルームメイトがどんな子か知りたい。
合格通知と、入寮許可証を持って学園に着くと、門の所に見慣れた人影が。
「アメリアー!」
イーサンだ! 待っててくれたんだね。
「お荷物、届いておりましたよ。寮までお運びしますね」
従者のタス様も一緒だ。イーサンも背が伸びたけど、十七のタス様はすごく大人っぽくなられて頼もしい。私の入寮の荷物一式を両手に軽々下げてくれてる。
人員ギリギリの我が家は一緒に来てくれる侍女や使用人もいないので、荷物は先に学園に近いアレオン公爵家の別宅に送らせてもらったのだ。トランク二つと剣一本だけだけど。
「寮、二人部屋だと聞いているけど……大丈夫?」
私は前も二人部屋だったけどね。流石に公子様は入学当初から個室だし、イーサンが心配しているのは剣術科は男子がほとんどだからだろう。
「ちゃんと女の子と同室です。大丈夫ですよ」
そう。今年は剣術科に私以外に三人も女子がいるそうで珍しい年だと学長も言っておられた。四人だから丁度同じ科で二部屋に分けられたみたい。
そう説明していると、突然イーサンが私の顔を両手で挟んで顔を寄せて来た。あまりに自然すぎ逃げる暇さえない。
「久しぶりのアメリアの顔をよく見せてよ」
イーサン、めっちゃ近いよぅ。そんな目も眩むような美貌が近いと動悸が……いや、それより。
「……まだ最後に会ってから五日も経ってませんよ?」
そう。在校生であるイーサンは只今進級前の長期休暇中。勿論数日間我が家においででしたわよ。だから私はあまり久しぶり感が無かったのに。
あ、照れたみたいに離れちゃった。それはそれでちょっと寂しいなんて、私もどうかしてる。
「さっさと荷物を置きに行って僕の家に行こう。一緒に食事もしたいし、街を歩きたい」
いいわね。途中馬車の窓から見えた学園近くの街の景色は、前に見た時のままだった。前回はイーサンの監視もあって、他のご令嬢達のように友達と授業の後や休みに街へ行くことも無かった。話だけ聞いて行きたかったお店とかも、今度は行けるかな。
寮も記憶にあるままの建物で、前は玄関ホールの大階段を上がって右側の普通学科の生徒用の棟だった。今回は左側の剣術科と医学科の平民も入る棟だ。とはいえ建物の造りは左右対称で同じ。ただ右側の貴族の子女、特に皇族や爵位の高い貴族の部屋は内装が豪華なだけ。
わぁ、この階段の手摺や廊下、懐かしいな。
「どんな子と一緒の部屋かな?」
平民の子だといいな。貧乏貴族としては多分その方が気が楽。苦痛だったもの、前回……。
ウチより爵位の低い男爵家のご令嬢と一緒だったわ。悪意は無かったけれどおしゃべりで、家の自慢話ばかり聞かされたのが厳しかったわ。
そんなことを思い出しつつ、指定された部屋へまっすぐ向かう私に、イーサンが少し不思議そうに聞く。
「初めてなのに、すごく慣れてるみたいに迷わず歩くね」
ドキッ。そうだ、十三歳の私はここは今日が初めてなんだった。
「えっと……入学の説明の時にお話を聞いていたので」
少し苦しい言い訳を、イーサンは素直に信じたみたい。
部屋に着くと誰もいなかった。荷物も置いて無いので、まだ入寮していないのだろう。とりあえずネームプレートで、ミチェラ・バルという子が同室なのだとはわかった。夜には会えるかな?
荷物を置いて、イーサンの申し出通り、お出かけすることにした。
「ふふ、アメリアとデートだね」
イーサンはとっても嬉しそうだ。
あ、そうだ。デートで思い出したわ。
「これ、着けてますよ」
袖を捲ってお揃いのブレスレットを見せると、イーサンは何ともいいようの無い笑顔を見せた。
「もちろん僕も」
そう言って彼も足首を見せた。アンクレットにしてるんだね。ふふ、今度は二年もお母様に見つからなかったものね。
大事な物を捨てられて自己を否定される経験や、孤独を減らしてあげたことで、少しでも執着心を抑えられたような気がする。今のところ、イーサンは前世に比べて随分落ち着いているもの。
「お二人、本当に仲がよろしいことで」
タス様がちょっと呆れたように言うのに、イーサンが憎まれ口を叩く。
「羨ましかったら、タスもアメリアみたいないい娘をみつければいい」
「それはまた難しい事を。なかなかお嬢様みたいな方はおいでになりませんよ。第一、公子様の従者を卒業しないと無理でしょう?」
いやぁ、私程度の娘などいっぱいいるよ? ってか、私まだ十三だし。
それより切実じゃん。確かに従者だと無理だよ? 彼女が出来ても主を放ってデートも出来ないし。お家柄も顔も性格もいいし、かなりモテると思うんだけどな。まあ浮世離れした美少年の主が横にいると皆の目がそっちに行っちゃうだろうしね。
「秋には成人だし、もうすぐだろ?」
あ、そうか。今十七だったら誕生日が来たら十八じゃない。
この国では男は十八で、女は十七で成人として認められる。皇子や公子のような高貴な身分の従者の多くは、主と年が近く家柄の良い貴族の跡継ぎで無い次男以降の子息。そしてほとんどが成人すればその役目を終えて独り立ちする。危険な事や気苦労も多い反面、運が良ければ仕えた方の姉や妹君の婿に迎えられることも稀にあり、学園に通えなかったり家門を継げなくても、箔がつくからと競争率は高い存在だ。
なるほど、過去の記憶の中でタス様が途中からいなくなったのは、成人して従者を卒業なさったからだったのか。
良かった……イーサンに消された一人じゃなくて。
「俺のことなどどうでもいいので、今日はお二人が楽しく過ごしていただければ。入学式はまだですが、アメリアお嬢様の学園入学をお祝いしませんと」
「そうだね。お祝いしよう」
……嬉しいですけど、ドレストル家でも合格がわかった時に一緒にお祝いしてくれましたよね。
まあいいや。楽しければなんでも。
タス様が先に馬車を回しに走られた後、ゆっくりとご機嫌で門から出ようとした私達の前に、一台の馬車が止まった。また誰か新入生が到着したみたい。
それにしても、なんて豪華な馬車だろう。それにこの家紋って……。
「皇室の馬車だ」
イーサンが私より先に言って、道を開けるように僅かに横に退けた。
そうだわ、皇室の家門だ。皇室の方で今年入学といえば―――第二皇子。
ドアが開くと、従者らしき人が先に降りて恭しく手を差し出した。その手を掴んで降りて来たのはやはりその人だった。
前回は入学前に皇子に会うことは無かった。同級生ではあったけれど、言葉を交わしたのはイーサンが卒業した後。それも挨拶程度だった。私が他の男子生徒を見ることもイーサンが嫌がり、じっくりと見たこともなかったから十三歳の皇子は初めてかも。
金髪の多い皇室の方々の中では珍しく、皇妃様に似た黒髪と、意思の強そうな金色の目が印象的なのは変わらない。結構背の高いキリっとした面立ちの姿しか記憶には無いけれど、今はまだちょっと小柄で可愛い感じ。
第二皇子は門の所で控えている私達の方を確かめると、満面の笑みを湛えて歩み寄って来た。
「イーサン公子! 久しぶりですね」
「帝国の小さな太陽、ユーグ・ヴォナ・エストラ第二皇子に、イーサン・デラ・アレオンがご挨拶申し上げます。この度はご入学おめでとうございます」
胸に手を当てて優雅に腰を折ったイーサンに、皇子がちょっと苦笑いで言う。
「そんなに畏まってお辞儀しないでください。校門を潜ったら皇族も身分も関係ないはず。イーサン公子は先輩じゃないですか。こちらがご挨拶しないといけないのに」
……皇子、まだ幼いのに人間が出来てらっしゃる。この学園、おもいきり武家だの平民だのを見下す貴族の子女の巣窟なんですけども……。
一言二言、イーサンと言葉を交わした皇子が、私の存在に気が付かれた模様。
「そちらのご令嬢はもしかして……」
「僕の婚約者ですよ」
あ、挨拶しないと!
「帝国の小さな太陽、第二皇子にご挨拶申し上げます。ドレストル侯爵家が長女、アメリア・ソル・ドレストルと申します」
いや、だからお辞儀はいいって……と皇子は申しておいででも、ここはちゃんとご挨拶しておきませんと。イーサンほど優雅にはいきませんが。
私の名前を聞いて、皇子はとても嬉しそうに仰る。
「あのドレストル侯爵の! 第一騎士団のドレストル団長は憧れの人なんだ!」
「ありがたいお言葉ありがとうございます。父が聞いたら喜びますわ」
お父様、皇子の憧れの人なんだって。良かったね。私も嬉しいよ。
「あの剣豪の娘さんがこんなに可愛らしい人だなんて。公子が羨ましいよ」
「羨ましいでしょう? 彼女は皇子と同級生ですが、僕のですから絶対にとらないでくださいね」
イーサン……あなたらしいといえばそうなんだけど、もう少し言いようは無いのだろうか。そして皇子も素直にこくこく頷かない。
「それでは、入学式にお会いしましょう」
イーサンは早々に切り上げたいみたい。それでも私が他の男と喋ったのによく我慢してたと思う。流石に皇子が相手だからか、それとも前回と違って執着心が薄れたのかはわからないけど。
皇子は誇らしげに言う。
「公子、令嬢、新入生代表の挨拶、聞いてくださいね」
「それは素晴らしい。ぜひ楽しみにしておりますよ」
イーサンに微笑まれて、皇子はさらに嬉しそうだ。
……私の代わりに、新入生代表挨拶をお願いしますね、皇子。




