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旅立ち


 季節は廻り、もうすぐ巻き戻ってから三回目の春が来る。

 あと数日で私は十三歳になる、そんなまだ肌寒い朝。

「姉さま、本当に行っちゃうの?」

 八歳になり、随分体が大きくなってもフェリクスは甘えん坊だ。前はここまでじゃなかったはず。きっと今回は私が構いすぎたから。

「お休みには帰って来るわよ。それに手紙も書くわ。フェリクスも手紙をくれるでしょ?」

「うん……だけど、やっぱり寂しくて泣いちゃいそう」

 そう言って縋りついて来た天使ちゃんを抱きしめると、その髪の柔らかい感触を忘れないように何度も撫でる。

 私だって可愛い可愛い弟と離れるのは辛い。

 だけど明日からは寮生活。

 結局、前世同様、私もイーサンと同じ学園に行くことになった。

 本当はいっそ学園には入らず、今世では本気で騎士を目指そうと思っていた。でもお父様とイーサンに猛烈に反対された。何より、騎士団見習いの試験は十四にならないと受けられない上、現在女子は受験すらさせてもらえない事がわかったのだ。

 おかしいなぁ……数年前まで普通に女子も受けられたはず。女性の騎士も沢山いる。お父様の第一騎士団にも数人いるくらいだ。皇后様をはじめ、女性の貴人の身辺警護など、男性で無く女性の方が適した場もあり、そこそこの身分の生まれで腕の立つ女性騎士が必要とされるからだ。

 未だ男尊女卑が根強く、女に生まれた地点で夢など持てない他国に比べて、この帝国の女性にはまあまあ自由がある。学問も武術も商売も、完全に平等とは言えなくとも女性にも門戸は開かれており、努力次第で大勢の男性の上に立つことだって出来るのだ。これは先々代の皇后様が女性の地位向上にご尽力された賜物であり、この国の生まれである事を誇れることだった。

 ……但し貴族か裕福な家の生まれの女だったらだけどね。庶民の女性はこの国でもその限りでは無いのは他国と同じ。幸いなことに、貧乏とは言え私も由緒ある侯爵家の娘に生まれたわけだし。

 なのに試験すら受けられないなんて―――。

「ちょっと前にやらかした奴がいましてね。規律を破って入ったばかりの同僚の女性騎士見習いを妊娠させてしまったとか。またそれが名門貴族のお嬢様だったらしくて……それを耳に挟まれた皇帝陛下から、若い男性の多い場に新しく女性を入れるなとのお達しが出まして」

 とは、ケビン様がこっそり教えてくれた情報だ。私だけでなく、女性で剣を極めようと志した者にとっては思わぬとばっちりである。

「団長はこれ幸いと喜んでおいででしたが」

「もう、お父さまったら酷いわ」

 お達しの理由がアレなので、お父様の気持ちはわからなくも無いけども。

「正直なところ自分も良かったと思いますよ。確かにアメリアお嬢様の剣の才能は惜しいですけど、正式に騎士になれたとて、武家でない公爵家にお嫁入りされたらそこで終わりじゃないですか」

 はぁ。ケビン様のいう事にも一理あるのが余計に悔しい。そうよね、もう公爵家との婚約の事実があるわけだし。

 そんなこんなで、前世同様、学園の入学試験を受けたのだ。

これ以上流れに逆らうことで歪みが生じる心配があったのも事実だし、それに……イーサンとまた頻繁に会えるのはやはり嬉しい。

 この二年、休みの度に真っ先に会いに来てくれたし、手紙のやりとりも頻繁にしていたとはいえ、やっぱり寂しかった。

 すっぽり過去の自分の思いを忘れていたのは、きっと寂しくて恋しくて泣いてばかりだったからだとわかった。早く同じ学園に入れる歳になりますようにと祈っていたのだと。

 まあ、今世では泣くほど恋しがりはしなかったけどね。前世では無かった手紙も返事を書くのが面倒なほどあったし、帰って来る頻度も倍くらいあったから。それでも寂しかったのが、同じ学園に通えるようになるのは、私だって嬉しくはある。

 だけど、学園に行くにあたって、一つだけ譲らなかったことがある。

 数年前に新設された剣術科に入ること。

 前世は、ほぼ全ての貴族の子女が入る普通学科に当たり前のように入った。イーサンもここ。他にも医学科や歴史科もあるけれど、専攻以外の基本的な学術はどの科であっても同じ。二年からは普通学科でもコースが分かれ、イーサンは政治経済を、私は一般教養をとった。これが貴族の子女のごくごく一般的な流れで、多分に漏れず私もそうだった。

 医学科と剣術科のみ平民からも生徒を受け入れていて、特に剣術科は学園の中ではかなり異質な存在だった。武家に限らず貴族の子息は多かったし平民の女子も数名いたけれど、貴族の令嬢など一人もいなかった覚えがある。

「僕としてはアメリアには普通学科に入ってもらいたいな」

 剣術科に行きたいと打ち明けた時、イーサンはやんわりと反対した。学年が違っても同じ学科だったら会える機会も多くなるものね。それでも私は折れない。

「剣術科でも語学や数術は同じように学べます。学舎も同じですわ」

「だけど、あそこは平民や荒っぽい男子が多いからね。大事なアメリアに何かあったら嫌だ」

 ―――イーサンはウチが武家だという事を忘れてはいないだろうか。

「大丈夫ですよ。お父様が第一騎士団の団長だって知ったら誰も私に意地悪なんてしませんわ。特に剣術科だったら。それに私、この三年でかなり上達しましたから」

 虎の威を借る……みたいでちょっと嫌だけど、これは有効だと思うのよね。

「それはそうだけど。ドレストル侯爵の名前を聞いてそのご令嬢に意地悪するような奴はいないよ。君が強いのも知ってる。でも剣術科は男がほとんどだろ? 剣術が得意なうえ、こんなに可愛くて優しいなんて、絶対に皆が君のことを好きになっちゃう。それが僕は心配なんだよ」

 ものすごくイーサンらしい心配をありがとう。こんなに地味で中身が歳いってる公子様の婚約者を好きになっちゃうような人はいないと思うけれど、そんな奇特な殿方がいるとすれば私は違う意味で心配になっちゃうよ。命は大事にねって。

「正直に申しますと、逆に裕福な貴族の子女ばかりの普通科のほうが、私には居づらいです。素敵なイーサン様に想いを寄せるご令嬢も沢山おいででしょうし、今でもアレオン家の公子様の婚約者という位置を狙っておられる方もいらっしゃいます。そういう方の嫉妬も買いますし、侯爵家とはいえウチは武家ですから見下す方も多いのが事実です。私のことが面白く無い方もいらっしゃいますわ」

 ディミトリ公爵家のリリアーナ嬢とかね。前世は虐められたなぁ……まあ現在はまだ経験していないはずの未来のことなので細かくは言わないけど、イーサンは今一つ女の陰湿さをわかっておいででは無さそうなので、それなりに正直に言っておく。

「家門に惹かれることはあっても、僕なんかに想いを寄せるご令嬢はいないと思うけど……そうか、普通学科の方がアメリアが虐められるかもしれないとは思いもよらなかったよ。そうだね、言われてみればお茶会の時のリリアーナみたいなのもいるしね」

 名指しは伏せたのにぃ。それより自分が家門をさておいてもおモテになる美貌の持ち主だとは自覚が無いのがねぇ。それこそ思いもよらなかったわ。

 二年で驚くほど背も伸び、大人びたイーサンは段々と記憶の中の怖いイーサンに近づいて来た。悔しいほどにカッコいいのよね。

 その後もやんわり説得を続け、やっとイーサンも納得してくれたのだ。


「お父さま、行ってまいります」

「頑張りなさい、アメリア」

 お父様は固い口調で言うけど、目がちょっとうるうるしてる。夜、お母様の肖像画に向かって語り掛けながら泣いてたの知ってるわよ。

「エリナ、お父様とフェリクスをお願いね」

「お任せください。お体に気をつけてくださいね、お嬢様」

 こうして私は早春の日、居心地のよい実家を後にしたのだった。


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