宝物
タス様から受け取った残りのビーズとチャームを大事そうに握りしめているイーサンに声を掛けてみる。
「それ、使ってもいいですか? 大丈夫、失くしたりしませんから」
「どうするの?」
イーサンはかなり不安そうだ。そうよね、せっかく一部だけでも返って来たのだし。
本当は最後にじゃーんって驚かせるつもりだったけど、少しだけネタバラシしちゃおう。
「見た目は変わりますけど、もう一度身につけられるものに作り直そうと思います」
私の言葉にぱっと目を輝かせたイーサンだったが、それも一瞬だった。またすぐに表情が陰る。
「嬉しいけど……もしまた捨てられたりしたら、僕はもう今度は立ち直れそうにないよ」
「うふふ、そこのところもちゃんと考えてますわ」
そう。対策はあるはず。
きっと手紙にもあったように、イーサンが実際に身に着けていたから公爵夫人の目に入ったのだわ。だったら、みつからないようにしちゃえばいいんじゃない? というのが私の考え。
「本当? アメリアにお願いしてもいいかな?」
そう言って、イーサンは握りしめていたビーズとチャームを私に渡した。
「はい。ではしばらく待っていてください。剣も取り上げられてしまったんですよね? でもここでは禁止じゃないです。フェリクスと中庭で思い切り体を動かされたら、気分も晴れるのでは無いですか?」
打ち込み練習用の木偶でも斬りつけたらいいわ。実際に斬れない相手を思い浮かべてやると結構気分がスッキリするのよ。流石にお母様の顔を思い浮かべて斬れとは言わないけどね。
「それいいですね。流石は侯爵令嬢。わかってらっしゃる」
「にいさま、僕がおしえてあげます! いっしょに練習しましょう」
タス様とフェリクスはノリノリだ。イーサンもまんざらでも無さそう。だけどフェリクス、一番おチビが教えるって……まあ確かに一番上手いけど。
「じゃあ、アメリアを待ってる間にフェリクス先生に教わるかな」
「俺は疲れたので横で見ておりますけどね」
そんな男子達を尻目に、私は材料を調達すべくエリナの元に向かった。
「エリナ、裁縫箱の糸をもらってもいいかしら?」
「構いませんけど、何にお使いになるんです?」
公爵夫人のことはぼかして、イーサンが私があげたブレスレットが壊れて落ち込んでいることをほぼ正直に話した。そして、私が残ったビーズを見て思いついたことも。
「あらあら、それは……公子様はお気の毒でしたね。でもお嬢様、それはいい考えです。ぜひお手伝いさせてくださいまし」
「手伝ってくれるの? 嬉しい!」
自慢じゃないが私は大変不器用だ。前世でも公爵家の嫁になるに当たって刺繍なども練習したけど、普通に花を刺繍しているつもりでも、斬新な蝶だねと言われるくらいの腕前だった。その上、今世は花嫁修業など放り出して剣術に精を出しているお子様の今など言わずもがなだ。思いついたはいいけれど、一人では作れそうにないとエリナも思ったのだろう。
そんなわけで製作開始。
「まずは私の方のブレスレットもバラしちゃうでしょ。残ったビーズと合わせて……」
「糸はこの色がいいかもしれませんね。束ねて編むと丈夫になります。何色か組み合わせても豪華ですよ」
「じゃあ、ビーズの色に似てる二色以外にこの色とこの色を合わせたらどうかな?」
「素敵ですね。では編み方を……」
「うーん、上手く編めない。でも頑張るわ」
不器用ながらもエリナとあれこれ話しながらやっているうちに楽しくなって来た。
三十分ほど経っただろうか。エリナが手伝ってくれたこともあって、思ったより早く完成した。
イーサンのブレスレットの残りの私色のビーズと、私が持っていたイーサン色のビーズ。薄い緑と青をちりばめ、これも緑と青の糸、更に銀色と亜麻色……つまり私達の髪の色も混ぜて編んだ紐に通した同じ物が二本。それぞれチャームもつけて、結んで着けるタイプのブレスレットの出来上がり。
「綺麗に仕上がったじゃないですか、お嬢様」
紐に通したビーズが抜けないように細工してくれたり、不細工な編み目をそっとやり直してくれたりと、体裁を整えたのはほぼエリナなんだけどね……。
「こんなので喜んでくれるかな?」
「絶対にお喜びになられますよ」
ならいいんだけど。これを見たイーサンの顔を想像して胸がドキドキする。
あの青い綺麗な目を細めて、花のように笑うかしら。どんな声で喜んでくれるかしら。
と、そこで私はふと気が付いた。
……ちょっと待って? 私、なぜ憎いはずのイーサンのためにこんなに一生懸命になってるのかしら。喜ばせてどうするのよ。お揃いの物をわざわざ作って。しかも今度は瞳の色だけでなく髪の色まで混ぜて。互いの色を常に身に着けようと必死になってるのよ。
今度は好きになっちゃいけないのに。皆の幸せを守らなきゃいけないのに。
だけど……落ち込んでいるイーサンを見たくない。悲しい顔をしないで欲しい。寂しい思いをしないで欲しい。笑っていて欲しい。
あんなふうになった原因がわかったんだもの。少しでも取り除いてあげられたら……。
「お嬢様?」
つい考え込んでしまい、エリナが心配そうな顔で見ていた。
「公子様は庭でフェリクスやタス様と一緒だと思うの。呼んで来てくれない?」
私が居間に行くと、暑い季節にひとしきり体を動かして汗をかいたからか、イーサンとフェリクスは着替えの最中だった。慌てて引っ込んでエリナとお茶とお菓子を用意しながら待つ。
……まあ私は中身が大人なので、お子様の裸など見ても正直どうってこと無いんだけど、本人達は恥ずかしいだろうからね。
仕切り直して再び居間に戻ると、身支度を終えたイーサンはここへ来た時よりも随分と明るい表情に戻っていた。剣を振ってスッキリしたのかな。
「ええと……イーサン様、左手を出して少し目を閉じてください。」
別に目を閉じる必要は無いのだけど、なんとなく。
イーサンは疑うことも無く素直に私の言う通りに従う。ちらっと視界の端に同じように目を閉じたタス様とフェリクスが見えて、少し笑えた。
白くて細い手首に、ブレスレットを巻き付けて結わえると、思った以上によく似合った。
「目を開けていいですよ」
「わぁ……!」
そう声を上げたのは誰だっただろう。
私も同じく身に着けた手首を見せながらイーサンに言う。
「ほら、これでまたお揃いです。すごく遅くなった上、貧相な物になりましたけど、改めてお誕生日のプレゼントとして贈らせてください」
……ゴメンね、誕生日プレゼントはついでなんだけどね。
「今度はお母様に見つからないように、手首だけじゃ無くアンクレットにもなるよう長めに作りました。親だってズボンを捲って足首まで見ないでしょう? いざという時は身に着けたまま隠せます」
本当はチョーカーにしたかったのだけど、首は他人からよく見える。学園でも制服から覗くと厄介だ。女性はともかく、余程ことが無い限り男性の足首はそうそう見ない。何よりアンクレットもお洒落だと思うから。
イーサンは俯き加減にぼうっと手首のブレスレットを眺めている。その表情は笑うでも怒るでもなく、ただ何かを堪えているような微妙な表情で。
……あれ? 気に入ってくれなかったのかな。
「随分変わってしまったので、お気に召しませんでしたか?」
心配になって声を掛けると、イーサンはハッとしたように顔を上げて、激しく首を振った。
「そんなことない! そうじゃなくて……」
イーサンは言葉の代わりに、勢いよく私を抱きしめた。
あらあら、と聞こえたのはエリナだろうな。ひゅう、って言ったのはタス様?
……そんなことでも考えないと、恥ずかしかったからつい気を逸らせたけど。
私を抱きしめたままのイーサンの腕が微かに震えているのがわかって、また胸がきゅっとなった。
「どうしよう、僕、今度は嬉しすぎて泣きそうだよ。こんな顔カッコ悪くてアメリアに見せられなくて」
「恰好悪くなんかないです」
知ってるもの。泣きそうな顔も素敵だってこと。
喜んでくれたんだね。言葉も出ないほどに嬉しかったんだ。良かった。
「もう一度宝物をありがとう。やっぱりアメリアが大好きだ。本当に愛しい」
ああ、困ったな。
本当に愛しいって言われちゃった。
そして私も気が付いてしまったわ。今度もこの人を愛しいと思っていることに。




