大丈夫
そう言えば、家族と離れるのは寂しくないかと聞いた時に、一緒の方が……って言いかけたことがあった。寂しいと言うより、そんな過度の干渉が不快だったのだろうか。
掛ける言葉がみつからなくて私は何も言えなかったけれど、今まで誰にも打ち明けなかった不満を吐き出したからか、イーサンは随分落ち着いたみたいだ。
「ごめんね。アメリアにみっともない所を見せて」
「いえ、そんなこと……」
綺麗な形の鼻先と睫毛の長い青い瞳の目尻が、ほんの少し赤くなってるのを見て胸がきゅっとなった。ここに来るまで一人で泣いてたのかな。
しっかりしてるし、時々私が知ってる大人になった時の彼を彷彿とさせる危うさをすでに見せるときはあるけど、まだ十三になったばかり。そんな子供が一人で泣いてるのを想像したら悲しくなる。
一人で……って、今気が付いたわ。従者のタス様はどうしたんだろう。
「お一人で来られたのですか?」
「うん。タスは後から来ると思うよ」
タス様、置き去りですか……馬車はイーサンが使って来ただろうし、どうやって来るんだろうなどと、下世話なことを考えてみたけど、考えてみたら従者とはいえ彼もウチよりは裕福な貴族のご子息だった。何とかするだろうな。
話は戻って、公爵夫人の問題だ。
「あの、差し出がましいですが、確かに大事な物を捨てたり制約ばかりだと辛いと思いますわ。だけどお母様もきっと良かれと思ってやっておいでのことだと思います。一度話し合ってみられては?」
「話し合いにはならないだろうね。母上は微塵も間違ったことはしていないと思っているから。母上がお嫁に来た時に、お婆様やお爺様にされたこと、教えられたことをそのままやってるんだって言ってた。これが公爵家の人間として正しいことなんだって。お父様に言っても、母上の気持ちもわかってやれとしか言われなかったしね」
……根が深いな。そして嫁の立場を経験したことがあるからか、夫人の気持ちもわかる気がするのが余計に痛い。私はイーサンという檻に入れられていたので、公爵夫人から直接そんな『教育』を受けることは無かったけれど、きっと普通の嫁だったならお姑様に何もかも捨てられていたんだろうな。
でもやっぱり子供には絶対に辛い。歪んじゃうわよ、精神的に。
いや、待って? 考えてみたら、十年後のイーサンも同じことをしてたわよ? 嫉妬はともかく、今日誰と話をしたかと問われて答えれば、君に相応しくないと二度と会わせてもらえなかったり、ドレスを選べばもっと上等なのをって仕立て屋を呼んだり。愛してるというわりに制約だらけだったわ。
文句を言いながらもしっかり受け継いでるじゃない。公爵家の教え……まあ、前世のことだけど。
前世ではブレスレットを贈らなかったこともあるけど、こんな風にイーサンが泣きついて来ることは無かった。制約や過度の干渉が耐え難いと彼がわかったなら、イーサンには気の毒だけどこの度のことは私にとってはある意味この先の希望になるかもしれない。
反面教師としては公爵夫人に微妙に感謝しないと?
二人で黙って俯いていると、居間のドアが静かに開いた。
ノックをしてと文句を言いかけた時に、ふわふわの金髪が覗いた。可愛い顔も。
「ねえさま、にいさま来られたの? 遊ぶ?」
フェリクスぅ。殺伐とした空気に癒しの天使ちゃん降臨。
とはいえ、今の落ち込んでいるイーサンはここに他の人間がいるのを嫌がるかもしれない。
「イーサン様はちょっと嫌なことがあって悲しいの。後で遊ぼうね」
「そうなんだ……」
それで出ていくのかと思ったら、フェリクスは逆にちょこちょこと走り寄って来て、勢いよくイーサンに抱きついた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
呪文のようにそう言いながら、イーサンを抱きしめたまま背中をとんとんと小さな手で軽く叩いたフェリクス。とはいえ小さくて腕も短いからくっついているだけにも見える。何をやってるのかな?
「それは?」
「えっとね、嫌なことや悲しいとき、父さまやエリナがこうしてくれるとちょっと元気になるの。だいじょうぶのおまじない」
励ましてるつもりなんだわ!
くぅうっ。我が弟ながらなんていい子なんだろう。可愛すぎる!
きょとんとしてフェリクスに抱きしめられていたイーサンも、思わず吹き出してしまったみたい。
「本当だね。元気が出たよ。ありがとうフェリクス」
今度は逆に小さなフェリクスを抱きしめたイーサンの妖精みたいな美しい顔に笑みが浮かぶ。
理由を聞いてどう慰めていいのかわからなかった私に対して、訳も知らないフェリクスのストレートな励まし。そうか、子供だものこういうのでいいのよね。
場が少し和んで、出て行きかけたフェリクスを引き留めたイーサンは少しご機嫌が戻ったみたい。
ほらほら、イーサンもこの天使ちゃんにもっと癒されていいのよ? そしたらもうこんな可愛い子に手を掛けようなんて思わないでしょ? などと本題を忘れて美しい二人をうっとり見る私。
そうこうしているうちに来訪者二人目が賑やかにやって来た。
「公子様、置いてけぼりなんて酷いですね!」
あ、タス様だ。
思ったより早く追いかけて来た公子様の従者は怒っているというより、お疲れのご様子。何でも早馬で追いかけていらっしゃったらしい。歳はタス様の方が二つも上だが、主従の誓いを立てた以上は離れてはいけないのが鉄則なのだ。
「これをお渡ししたくて探し回っているうちに、公子様が一人で出て行かれましたから」
そう言って、タス様が手のひらに取り出した物は……。
「あっ! これは」
私の誕生日に贈ってくれたのと同じ形の宝石のチャーム。色は違って薄い緑。そして同じ色の小さなガラスのビーズ。ほんの数粒だけど、これは確かにあのブレスレットの一部。
「バラバラにされたときに散った物をなんとか拾ったんですが、結局これだけしか……後は捨てられてしまっていて」
聞くと、部屋の隅や家具の下に落ちていないか一生懸命探して下さったらしい。
これにはイーサンも大喜びだ。捨てられたと思っていたものが、一部とはいえ戻って来たのだから!
「すごいです。タス様!」
「本当にありがとう!」
私とイーサンが感動の声を上げると、ややドヤ顔になったタス様。遅くなったのも馬を走らせて来たのも報われたというお顔だ。
その後、少し目を細めて静かに彼は言った。
「街でこれを買われた時に俺もいたでしょう? あの時公子様がどんなに喜ばれたか、令嬢にもらったんだ、宝物にするんだって何度も俺にも見せておいでで……それを知ってますから……」
ううっ、めっちゃいい人だこの人!
せっかくタス様が拾い集めてくれた残ったビーズとチャーム。そして私の手首のブレスレットを見比べて私は思った。
何とかしたい。イーサンの大事なものを残したい。
……あ。
「私、いい事を思いついたかもしれません」




