原因
早いもので気が付けば巻き戻って一年が経ち、私は十一歳になった。
十歳の誕生日は婚約発表も兼ねて公爵家が豪華にやってくれたけれど、今年はフェリクス同様家族だけでささやかにお祝いしてもらった。
本当はどうしても来たかったのに、授業が始まって来られなかったイーサンは、長い長い手紙と共に、小さなチャームをプレゼントに贈ってくれた。小さいけど本物の宝石がついてるのよね……高価な物だわ。宝石の色は青。イーサンの瞳の色と同じ。
手紙には自分とお揃いだと書いてあった。イーサンは私の瞳の色と同じ薄緑の石のチャームを以前二人で街で買った色ガラスのブレスレットにつけて身に着けているという。私にも着けていて欲しいと。
……まあ着けてもいいんだけど。失くしたり壊したら嫌だから、普段は仕舞っておいて本人に会う時に着けるかな。それにしても、あの安物のブレスレットをそんなに気に入ってくれてたんだね。
そう言えばイーサンの誕生日に私は何も贈らなかった。丁度お父様がお帰りになってバタバタしていたのと、イーサンが学園近くの屋敷に発ったのが重なっていたあたりだったはず。気にはなっていたので手紙にはお祝いの言葉と後で贈り物をすると書いたけれど、前にブレスレットをもらったからいいと言われた。
そこでふと気が付いた。公爵家では嫡男なのにお祝いをしなかったのが不思議だ。前はそんなこと気にもしなかったし、今回は不在というのもあってわかるけど、前世でも一度もイーサンの誕生日のお祝いの場に招かれた覚えが無いのだ。
あれ? 考えてみたらおかしい。一人で食事をしていたのもだけれど、次期公爵である嫡男のイーサンの誕生日なんて大々的にやってもいいものなのに……それこそ一大行事だと思うのよね。
前は自分が子供だったから気が付かなかった、イーサンの様々な事実が見えて来たような気がする。公爵家におけるイーサンの立場って実際どうなのだろう。愛されているように見えるのは表向きだけで、本当は結構可哀想なのではないかしら。
その辺りにあの異常な執着と狂気の秘密があるのでは?
だからと言って本人に聞くのもどうかと思うし、公爵家に探りを入れるのも、今の子供の私では無理だ。
いつかイーサン本人が話してくれるだろうか。
気になっていても、どうすることも出来ないまま時間は流れる。
また春が過ぎ、夏本番を迎えた頃。
「アメリアお嬢様は一年と少しで本当に腕を上げましたね」
怪我も随分よくなり、リハビリも兼ねて私達姉弟の剣の稽古に付き合って下さっているケビン様が褒めてくれた。今日は実際に立ち合い稽古をして、ついにケビン様に勝つことが出来たのだ。
「師匠は片手だけだし、まだ足が本調子ではないじゃないですか。まだまだです」
「いやいや。それでも騎士団の見習い新人よりは余程上手ですよ。間合いの取り方と先を読む速さがよろしい。これで数年経ってもっと大きくなられたら、入団試験も通るんじゃないですか?」
成長期、少しくらいは背が高くなったとはいえまだまだ十一だ。それに最近は少し女であるゆえの体の変化も感じ始めた。こう、お尻が重いし胸もなんとなく出て来たような。
とはいえ、冗談でもなんだか嬉しい事を聞いた気がする。
「頑張れば入団試験に受かりますでしょうか?」
「受かるだけの才能はあると思いますよ。しかしお嬢様は学園をお受けになるでしょう? クリスが言っておりましたが、勉強も大変よくお出来になるそうじゃないですか。公子様も待っておいでですし」
―――まあねぇ。やっぱり行かなきゃいけないんだろうな。正直、リリアーナ嬢みたいな意地悪な貴族のご令嬢達や、ウチより低い爵位のくせにお金持ちというだけで威張っているご子息達ばかりの学園になど行きたいとは思えないのだけど。
イーサンの精神面も気になるし、皇子達のこともあるものね。
「大体、団長……お父上がお許しになられませんよ。公子様の婚約者なのにもう少しお淑やかなレディになってくれないと困る、剣を習う許可を出さなければよかったって、よく零しておいでですよ」
お父様ったら……ケビン様相手にどんな愚痴を言ってるのよ。
「でも、お父様はお母様が剣の名人だったから惚れたと言っておいででしたわ」
「おや。それは初耳ですねぇ。詳しく聞きたいものです」
ふふふ、今更愚痴を言っちゃうお返しに、お父様の馴れ初めをバラしちゃうんだから。
そんな感じで私はそれなりに楽しく過ごしていたある日のこと。
イーサンからまた手紙が届いた。
『明日から三週間の休暇に入る。すぐに会いたい』
珍しく短い手紙だった。いつもは今日はこんなことがあったとか、十三のお子様とは思えない……いや、逆に子供だから恥じらいも無く言える読む方が赤面するような愛の言葉とかがつらつらと流暢に書かれた手紙なのに、あまりにそっけない文面。
急いでたのかな? 確かにイーサンの文字だけど殴り書きしたような感じだし。
何だろう、胸がざわつく。
ついこの前来た手紙にも休みには会いに行くと書いてあったから、そろそろ帰って来るだろうなとは思っていたけど。
ん? 明日からということは、この手紙を出したのは少なくとも昨日よりは前。すぐにって……と思っていたら、エリナが走ってきて来客を告げた。
「公子様ですわ。でも少しご様子が……」
やっぱり? 手紙と本人がほぼ同時に着いちゃうって意味ないじゃないのよ! それは置いておいても、気になることを言うわね。様子が?
迎えに出て行きかけて、私がブレスレットをしていないのを見たらがっかりするかもと、慌てて宝箱から出して身に着けた。
玄関ホールに、銀の髪のほっそりした姿が俯き加減に立っていた。従者のタス様の姿も無い。
どうしたんだろう? ものすごく元気が無いように見える。
「イーサン様?」
声を掛けると、イーサンはすごい勢いで私に駆け寄って来て、そして抱きしめた。いや、抱きしめたというより縋りついて来たという方が正しいかもしれない。
「ちょっ……」
恥ずかしいから離れて欲しかったけれど、なんだか文句を言う雰囲気じゃない。
「……助けてよ、アメリア。僕……もう耐えられない」
腕が、声が震えてる。泣きだしそうな、今まで聞いたことも無いような悲しい声に、また先程手紙を見た時の胸のざわつきが戻って来た。
「どうしたんですか?」
静かに尋ねると、イーサンは少しだけ腕を緩めて絞り出すように言う。
「僕の大事な大事な宝物……アメリアがくれたお揃いのブレスレットまで捨てられたんだよ!」
「えっ? 誰がそんな酷いことを?」
「母上だよ!」
は? 公爵夫人が?
とりあえす、今現在絶賛取り乱し中のイーサンを落ち着かせなきゃ。
ゆっくり話を聞くからと、居間に通してエリナにお茶を出してもらうと、イーサンは堰を切ったように話始めた。
「いつもいつもそう。母上は僕が好きな物、選んだ物全てにケチをつける。今までだって、おもちゃも、本も、挙句に友達まで……そんな安物、公爵家の人間には相応しくないからって、勝手に捨てては違う物を用意するんだ。プレゼントされた物、流行っている物語の本……それぞれに大事な理由があるのにそんなことはお構いなし。少し仲良くなっても、家柄がどうとか付き合っては駄目とか言うから友達だって出来やしない。でも今までは何とか我慢できた。でももう限界だよ!」
……うわぁ。それは酷いな。
公爵夫人なりの気遣いのつもりだろうと、頭の中が二十歳過ぎの私には理解出来なくも無い。しかしやりすぎだわ。如何に子供でも価値観を押し付けるのは暴力に等しい。
そうか。イーサンに同世代の友達がいないのも、少々気にはなっていたけどそういうことだったのか。
「学園に入って離れられたから安心してたのに、向こうの屋敷や寮にまで来て、全てを検査したんだよ? 一緒に武器屋で買った剣も取り上げられたし、ブレスレットにまで文句をつけて! こんなガラス玉なんてって、バラバラにして……宝物だったのに……もう本当に耐えられない」
確かにあれはガラスの安物だものね。だけど、イーサンにとっては大事な宝物だったのだ。
一緒に街をデートして噴水まで競争した日は、私にとってもいい思い出だ。あのブレスレットを買って嵌めた瞬間のイーサンの屈託のない笑顔は本当に嬉しそうだったもの。
思い出を否定されて、大事な物を捨てられて―――それがイーサンの心にどれだけの傷を残しただろうか。それも一度や二度じゃなく、物心ついたころからずっとだったのだとしたら。
心が歪んでも仕方が無いわ。二度と他人に大事な物を奪われまいとする気持ちから、異様な執着は来ていたのかもしれない。
婚約者というのは親であろうと捨てようが無い。この先もこんなことが続くのなら、恐らく彼にとって私だけが唯一残された自分だけのもの。だから私にあそこまで執着して他に嫉妬して……。
今世では、随分とイーサンは普通に育って来たと安心していたのに、これは思った以上に根が深いかもしれないわ。原因が親にあったとは。




