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歪み


「まめに手紙を送るから。返事を書いてね」

 そう言い残し、イーサンが学園近くの屋敷へ発ったのは、ちらちらと雪の舞う日だった。

 二十歳で死んだ私が十歳に戻ったのが早春の白月だったから、もう早くも一年近くになるのか。

 休みには必ず戻るとも言っていたのに、手紙も書いてくれるのね。

 前は手紙のやりとりってほとんど無かった。イーサンは手紙が嫌いだったから。直接会って目を見て話さないと嫌だって言っていたもの。そのあたりも変わったことなのかな?

 それに前はもう少し発つのは後だったはずだ。準備のためとはいえ、前よりも一月早くに行ってしまった。これも前とは少し違う。

 丸二年と少し。私も同じ学園に入るまでイーサンと離れられる。まあ、休み毎に帰って来るのだろうけど、それでも三月もしばらくほぼ毎日一緒にいたことを思えば、かなり長い時間会わないでいい。

 会わないでいい……か。

 絶対に許さない、もう彼を好きにならない、そう思っていたのに。

 長い間声が聞けない、顔が見られない、そう思うとものすごく寂しい。前世でエリナやフェリクスを死なせて、私だって……そんな相手なのに?

 一緒に剣の稽古をして汗をかいて、同じテーブルで食事をして。避ける気でいたはずが、考えてみたら前よりも数十倍も傍にいる。それでも嫌じゃなかったし、一緒にいると憎しみも忘れている。

 未来を変えるために色々とやって、彼もかなり変わったからだろうか。前は自分も子供だったから気が付かなかった色んな彼の表情を見ることが出来たからだろうか。恵まれているのに内面に孤独を抱えていることも。

 困ったな……好きになっちゃいけないのに。好きになられちゃいけないのに。

 前はイーサンを送り出した後の二年間って、どうだったっけ、やっぱり寂しかったのかな……そう考えて、私はハッとした。何も思い出せないのだ。あれ? 自分の事なのに。多分、前の方がもっと私は彼の事を盲目的に好きだったと思うのだけど。

 長期休みにイーサンが公爵家でなくウチに帰って来たことくらいは覚えている。でもその他のことは全く記憶が無いのだ。

 今とは違った十歳の誕生日から後のこと、そして私が学園に入ってからのことはかなり詳細に覚えている。そのどれもに、幼いながらも好きで好きでたまらなくて、イーサンに嫌われたくなくて、会う時は無理をしてでも自分をよく見せようとしていた。今から考えたら度を越した嫉妬ですら、愛されている証拠だと自分に言い聞かせて……そんな記憶はちゃんとあるのに、イーサンを送り出した後の二年間の記憶だけがほとんど無いなんて。巻き戻った時に忘れてしまったのかな?

 私はどんな思いで二年間を過ごしていたのだろう―――。

 深みにはまりそうなので、気持ちを振り切るように私は窓の外を見た。

 夕闇の迫る青い外はまだ雪が舞っている。明日の朝はかなり積もっているだろう。暖かな室内とは対照的に、外は見るだけでも冷たそう。

 イーサンを乗せた馬車は無事着いたかしら。遠いけれど同じ帝国内。馬車で三時間ほどで着く。寒くて風邪をひかないかしら。ちゃんと食事を摂るかしら。別れ際に、エリナがタス様にこっそりパンを持たせたのを見たから大丈夫……。

 ああ、またイーサンのことを考えてた。

 それよりも気になることがあるじゃない。

 お父様は何とか遠征を終えて帰って来られたけれど、一月だったところが二月かかった。思った以上に魔獣が多かったのと、帰路の悪天候で土砂崩れに遭い、長く足止めされたのが原因だった。前とは全然違う。

 前は笑顔で帰って来られたお父様にフェリクスと抱きついた覚えがあるのに、今回は疲弊しきって難しい顔のお父様に掛ける言葉も出てこなかったくらいだ。

死者こそ出ていないけれど、隊列が土砂崩れに巻き込まれたことにより、騎士団員にも少なからず被害が出て、師匠のケビン様も足に怪我を負われた。騎士団に復帰出来るかは微妙なところだそうだ。

 皇帝は自然災害ゆえ仕方が無いと労いの言葉を掛けて下さったらしいが、一部貴族の間では騎士団長であるお父様の責任を追及する動きもあるらしい。またお父様も若い団員に怪我をさせた事に責任を感じておいでだ。

 今まで色々と前回とは違うことばかり。敢えて変えようと必死になっている。その変化は私やフェリクス、イーサンにはほとんど良い方への変化ばかりだったけれど、それだけではないみたいだ。

 私が巻き戻って、時の流れに歪みが生じてしまったのだろうか。

 そして流れが変わってしまったしわ寄せが、他のところに出ているのかもしれないと思うと、罪悪感すら抱く。

「ねえさま」

 気が付くと、横にフェリクスが立っていた。何、その心配そうな顔。

「泣かないで」

「え? 泣いてないわよ」

 窓の外を見て考え事をしていた私が泣いているように見えたのだろうか。

「おにいさまともう練習できなくてさびしいね」

 フェリクスも前とは違ってイーサンに随分懐いていたものね。もう本当の兄弟みたいだったもの。今度はきっとイーサンもフェリクスに手をかけたりしないと思うの。何より、六歳ですでに天才剣士の素質を見せてる子だから、十五になったらフェリクスはとんでもなく強くなってるはず。物理的にも無理だわ。

「きっと、イーサン様も寂しいって思ってるわよ」

「ねえさまは? さびしい?」

 寂しくないと言ったら嘘になる。だから黙って頷いておいた。

「また休みには会えるわ。そうだ、次に会う時までうんと剣の練習をして、お勉強もいっぱいして、びっくりさせてあげましょうよ」

 そう言うと、フェリクスはにっこり天使の可愛らしい笑顔を見せた。

「僕がんばるよ。びっくりさせてあげるの! ねえさまもね」

 やる気になってくれたのはいいけど、私もですか……うん、頑張ろう。ここまで変えて来たのだから、いっそ学園に入らないっていうのもありかも? 私も騎士を目指すとか。うん、ありかもしれない。

 ……ああ、でもお父様のこともあるから、あまり変えてしまうとまたどこかで歪みが生じてしまったら困るし……。

 とにかくまだ二年ある。自分でやれるだけの努力をしてから将来のことを考えればいい。

 せっかく巻き戻ったのだから、記憶の無い二年間を有意義に過ごさなきゃ。



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