籠の鳥
光沢のある布の掛けられた物をイーサンがフェリクスの目の前に運んで来た。
何かしら? わりと大きさのある物のようだ。イーサンのか細い腕でも軽々運んでいるところをみると、重さはそう無さそう。
叔父様やお爺様など他の人達も、アレオン公爵家のご子息は一体何を贈るのだろうと興味深々みたいだ。
フェリクスも布の下がとても気になるようで、わくわくしているのがわかる目だ。
ちょっと気になるのが、布の中から何となくカサカサと音が聞こえるような……嫌な予感がするのだけど。
「布をめくってごらん」
イーサンに言われて、なぜか確認するようにフェリクスは私の顔を見た。
私が頷くと、フェリクスは目を閉じて、えい、と小さな声を上げながら布を勢い良く引く。
その途端。
つぇりりりりりー!
よく響く高い声が室内に響き渡った。
鳥籠に入った小鳥?
「うわぁ! 鳥さん!」
「ちょっと変わった贈り物だけど。どう、とってもいい声で綺麗な色だろ? 懐いてくれるととても可愛いよ」
布を捲られて驚いたのか、小鳥はせわしなく右に左に首を傾げている。その仕草も黒い目も確かにとても可愛らしい。艶やかな緑の羽根の小鳥。この鳥、どこかで見たことが……。
その時、私の頭の中に鮮明に浮かんだ記憶。
この鳥―――!
あの時、イーサンの部屋の剥製の中にこの鳥がいたのを思い出して、背筋が冷たくなった。
いや、同じ種類なだけで、違う鳥なのだろうけど……それでも!
どうしよう。怖くて震えが止まらない。
「おにいさまありがとうございます! かわいいです! すごくすごくうれしい!!」
一方、フェリクスは大喜びだ。お父様が贈った馬はまだ見ていないのもあるけれど、自分より小さな生き物はまだ幼いフェリクスにとっても庇護すべき対象に映るのだろう。
少し落ち着いたので、イーサンに苦言を呈してみる。
「ま、まだちょっとフェリクスには生き物は早いのでは?」
「伯爵も馬を贈られたくらいだし、お世話は使用人がしてくれるだろ?」
イーサンはけろりと言って下さるけれど、馬はともかく我が家の必要最低限しかいない使用人は、人間と屋敷のお世話だけで精いっぱいだ。第一、自分で世話くらいしないと懐きもしないだろう。
ああ、でもこの先も鳥を見る度に思い出すのかと思うと非常に気が重い。
一応、フェリクスにダメもとで言ってみる。
「フェリクス、鳥さんは一日も欠かさずちゃんと愛情を持ってお世話してあげないと死んでしまうのよ? 飽きたで済まないの。出来る?」
「できるよ! ぜったい大事にかわいがる!」
やっぱりお世話は無理だからいらないとは言ってくれないよね……。
「アメリア、馬はともかく、自分より小さな生き物の世話をするのもフェリクスの情緒の成長にはとてもいいと思うぞ。責任感や愛情を掛けることを学ぶのには最適だ」
お父様まで。うん、確かにその通りだとは思う。
フェリクスはまだ外で他人と接する機会も無いし、私のように自分より幼い者が身近にいないから。小動物を飼うのは良いことだとは思う。わかってるんだけど……。
「とても良い物を贈ってくださった。公子様の思慮深さに感服いたしました」
「いえいえ。大事なアメリアの可愛い弟君のためですから」
……地味にお父様の中でイーサンの株が上がっている。そしてイーサンも地味に調子に乗っているように聞こえる。賭けてもいい。多分イーサンはそんな深い考えのもと鳥を選んだのでは無かっただろう。
私は複雑な思いだが、せっかく贈られたものを返すのも道義に反する。それに―――。
たとえ返したとしても、公爵家に持ち帰られたらいずれこの鳥がどうなるかわかっているだけにね。
そこで、イーサンも聞いていることを前提に私はフェリクスに語り掛ける。
「フェリクス。鳥さんはとても可愛いわね。ううん、鳥さんだけじゃなくて犬でも猫でもだけれど、小さな生き物は人と同じ時間生きないわ。どんなに大事にしてもいつかはお別れの時が来る。その時は悲しいのよ? その覚悟はあるかしら」
フェリクスは首を傾げてきょとんとしている。まだ意味がよくわかっていないのだろう。
私がこの歳にはすでにお母様を亡くしていたから知っているお別れを、フェリクスは経験していないから……それ以外にも、前世で身近な人達の死どころか自分の死まで知っている私がこの際おかしいんだけどね。
かなりの皮肉を込めた言葉だったけど、イーサンには少しでも響いたかしら?
「アメリア、そんな先の事を今から覚悟しなくてもいいのでは?」
まったく響いてはいなかったようです……。
ひょっとしなくてもイーサンも死を間近で経験していないのかな? ご両親も姉も健在だし。それにまだ子犬のレニすら飼っていない時期なのかもしれない。
お父様じゃないけど、情緒の成長というなら、イーサンこそもっと早くから責任を持って動物でも飼うべきだったと思うのよね。そうすれば命の大事さをもっと理解できたと思うの。
……まあ、彼が前世のままの中身なら、大事にする方向性を間違って理解しそうだけども。
とにかく、フェリクスは小鳥をとても気に入ったようだ。鳥と同時に小首を傾げる仕草がとても可愛らしい。綺麗な声で囀ると、同じように真似るのも。
「この子に名前をつけてあげてくれるかい?」
イーサンに優しく言われて、フェリクスは考えこんだ後、ひとつの名前を呟いた。
「うーんとね……ツェリ?」
ツェリ。あら、素敵だけど女の子みたいな名前。これだけ良い声で鳴いて色も綺麗だと恐らくオスだと思うのだけど。前世、学園で習ったわ。人間と反対で、ほとんどの鳥はオスの方が綺麗だと。
「どうしてツェリ?」
「鳴き声がつぇりりって聞こえるから」
……まあ、六歳児だとそんなところかな。
「素敵な名前をつけてあげたね」
イーサンに撫でられてフェリクスはご満悦だ。そんな様子を見て皆も小さく拍手している。
「ツェリ。仲良くしようね」
フェリクスの言葉に応えるように、ツェリはりりり、と高い声で鳴いた。
ずっと鳥籠で人に飼われて生きて来た鳥は、自由を求めて籠から出て、外に飛び立っても餌の捕り方も野生で生きる術も知らない。そして籠に閉じ込めて飼う人間が、生きるも死ぬも鳥の命運を全て握っているの。
振り返れば自分も籠の鳥と同じだった前世を思い出して複雑な思いを抱く。
深すぎる愛情と言う名の鳥籠に入れられ、主以外の者と接することを許されなかった人生。それだけじゃない。籠に触れた他人を不幸にする呪われた鳥だった私。
今回は最初から籠の外で生きられる強さを手に入れて、自分の命運は自分で決められる鳥になりたい。籠に閉じ込める主がいなければ、触れた者も不幸にならない。
ごめんね、ツェリ。あなたはもう鳥籠から出してあげられないけれど、あなたを見る度に私は、恐ろしい記憶だけでなく、自分の未来を変えることを思い出すわ。




