馬と剣
「本日は我がドレストル家の長男フェリクスが無事六歳を迎えられたことをぜひ共に祝って欲しい」
お父様の乾杯の合図で、フェリクスの誕生パーティが始まった。
「六歳おめでとう!」
本当の内輪だけの少人数なのもあって、とても穏やかで優しい雰囲気に包まれた素敵な会になった。
近くに住む私達の叔父と叔母であるお父様の弟夫妻、母方の祖父であるイーデン伯爵、騎士団からは副団長といつもお世話になっているコーデラ男爵家のケビン様、その弟で家庭教師のクリス様、そして義兄になるかもしれないイーサンだけ。
それでも一度もこうして家族以外に正式に誕生日を祝ってもらったことが無かったフェリクスにとっては、とても緊張する場だったようだ。
「み、皆しゃま、本日はおこしいただき、ありがとうごじゃいますっ!」
緊張しすぎて挨拶が噛み噛みだよ、フェリクス。様がしゃまになっちゃったし、ございがごじゃいに……まあ可愛いから皆ほっこりしたけどね。
髪も目も亡きお母様によく似たフェリクスを見て、一際感慨深げなのはイーデン伯……お爺様だ。私は巻き戻ってから初めてお会いした。前世でも滅多に会う機会が無かったけれど、こんなに弱々しい感じの方だったかしら。
お母様には兄姉もおいでになる。それでも一番末っ子の娘が可愛くて仕方の無かったお爺様は、お母様が亡くなった時に酷く悲しまれて、長く寝込まれた程だったと聞く。
「アリシアの幼い頃に生き写し……時が巻き戻ったかのようだ」
お爺様の言葉にドキッとした。
ここに本当に時が巻き戻った人間がおりますので。
ああ、でももし前世と同じように、フェリクスまで亡くなったりしたら。お母様にそっくりなだけに、お爺様も正気でいられまい。ひょっとしたら会うことが無かったのはそのせいかも。
ここにも守らなくてはいけない人がいた。
今回は絶対にフェリクスを死なせない。そう決意を新たにする。
「おじ……」
「イーデン伯爵、お久しぶりです」
私より先にお爺様に声を掛けたのはイーサンだった。もう亡くなったがお爺様の妻……私やフェリクスの祖母に当たる方は、アレオン公爵家の先代の妹。イーサンにとっても近い親戚になる。
「これはこれはイーサン公子様。ご機嫌麗しゅう。孫娘との婚約発表以来でございますね」
……ゴメン、お爺様も来てたのか。私が覚えて無かっただけで直近で会ってたのね。
声を掛けそこねたので、イーサンとお爺様の話を横で聞くことに。
「フェリクスは本当に可愛くていい子ですね。アメリアと僕が結婚したら、あんな素敵な弟が出来ると思うと嬉しい。亡くなったのは残念だったけど、命をかけてこの世にドレストル家の素晴らしい姉弟を産んで下さった伯爵の娘さんを本当に尊敬するし感謝します。そしてその親である伯爵にも感謝しかないです」
うわぁ、イーサン。十一歳の子が言う事なの、それ……。
でもお爺様にとっては、本当に嬉しい言葉だったのだろう。齢の刻む皺も目立つ顔の、細い目に涙が浮かんだ。
フェリクスの誕生日はお母様の命日。親を殺して生まれて来た子だなどと心無い事を言う人がいるのも事実。お爺様もそんな思いもあってか、フェリクスをやや遠巻きにしている節もあった。そんな中、娘を尊敬するし感謝するなんて言われたら、ものすごく報われるだろう。一番聞きたかった言葉だと思う。きっとお爺様はこの先フェリクスを憎むことなく可愛いと思ってくれるはず。
本心から言った言葉だとすれば、私はイーサンを尊敬するよ。先を知っているだけに、その辺り疑ってしまうのがちょっと自分でも悲しいけど。
「アメリア、お父上やフェリクスのところに行こうよ」
「は、はい」
イーサンに手を引かれて、お父様と一緒にいるフェリクスの元へ向かう。
そう、なぜ私がイーサンとお爺様の会話を横で聞いていたかと言えば、イーサンが今日来てからずっと私の傍を離れないから。彼は招かれた側というより招く側のように動いている。子供同士で無かったら、夫婦みたい?
この前も言っていたけど、お父様は私とイーサンの婚約に関して内心面白く無いらしい。
案の定、手を繋いで来た私達を見て、お父様の顔が少々険しくなった。
「帝国第一騎士団長アルバン・ゾル・ドレストル侯爵閣下にご挨拶申し上げます。ご子息の誕生祝いの席にお招き下さり感謝申し上げます」
やっと私の手を離したイーサンが、完璧な仕草でお父様の前でお辞儀する。お子様のくせによく噛まずにスラスラと堅苦しく言えるものだと感心するしかない。
それにお父様も胸に手を当ててお辞儀しながら、これまた堅苦しく応える。
「輝かしいアレオン公爵家のご子息イーサン公子様にそのように畏まってご挨拶いただくとは勿体無い。こ度はお越しいただき光栄にございます」
……イーサンもお父様も、絶対わざとだよね。
まだちょっと早いと思うんだけどな。もうまるっきり娘を嫁にやる父と貰いに来た婿の空気だよね。
横でフェリクスがきょとんとしているのでそーっとそちらに移動。
「フェリクス、もう少ししたらケーキが来るから、蝋燭をふーってするのよ。出来る?」
「うん。できるよ! エリナと練習したもの。ねえさまにも見せてあげる」
練習したんだ。ふふ、可愛いなぁ。横でわざと私と手を繋いで親に見せちゃう男の子と、子供相手に大人げない父もいる中、ホント癒しの天使ちゃんだわ。
そうこうするうちに、エリナがワゴンに乗せて運んできたのは、とっても大きなケーキ。
「すごいわ。料理長、頑張ったわね」
予定より大きかったのでこっそりエリナに聞くと、これまたこっそり答えてくれる。
「……実はアレオン公爵家から届きましたの」
おぅ。公子様の仕業だったのか。
「すごーい! こんなに大きいケーキ、僕、はじめて!」
無邪気なフェリクスの喜びの声に、皆にっこり笑顔になりました。しかし、地味にグサッと来ちゃった人もおいでだったようです。お父様、少々耳が痛かったかな……今まで祝ってやっていなかったのと、ウチの財力ではなかなかここまで大きくて豪華な物は用意できませんからね。
練習の成果もあって、無事年の数の蝋燭を一度で吹き消したフェリクスに皆の拍手が集まった。
さて、お待ちかねのプレゼントの時間。
まずはお父様から。
「父からは、これを贈ろう」
お父様が執事に手で合図をして持って来させたのは、包装すらしていない長細いもの。
それ、馬に使う鞭?
ワクワクしていたフェリクスの顔があからさまにガッカリに変わった。うん、鞭をもらってもね。
だが、実はそれだけでは無かった。
「さすがにこの屋敷には入れられなかったから、馬小屋に繋いであるが、そろそろ乗馬をはじめてもいいかと思ってな。フェリクス専用の馬を用意した」
「な……」
馬ですって? 前世、フェリクスは乗馬会の途中で死んだ―――。
「僕のお馬さん?」
がっかりから、ぱぁっと花が咲いたように明るい顔になったフェリクス。
「そうだよ。後で会いに行こう。仲良くなれるといいな」
「うれしい! お父さまありがとう!」
フェリクスは大喜びでお父様に抱き着いた。周りからも大きな拍手が贈られている。
そうだ、前もこのくらいの歳にフェリクスはお父様に馬を贈られて乗馬を始めたんだった。だから騎乗はとても得意だったはずなのに―――。
今はまだ大丈夫。馬や乗馬をすること自体に問題があるわけでは無いのだから。そう心に言い聞かせて、次は私の番だ。
「フェリクス、これはお姉様からのプレゼントよ」
リボンを掛けた長い木箱を目の前に置くと、フェリクスはまたワクワクした顔になった。
「なんだろう? 開けていい?」
頷くと、蓋を開けるなりフェリクスは目を見開く。
「すごい! カッコいい!」
手を伸ばしたものの、まだ少し小さな子供には重すぎたようで持ち上げることは出来なかった。それでもフェリクスは剣を大事そうに抱えて離さない。
「大きすぎて今すぐは使えないけど、フェリクスが大きくなって、この剣で皆を守れる騎士になれますようにって願いをこめて」
「はい! 僕、頑張って強くなります。」
良かった。気合が入ったみたいね。きっとまた明日から必死になって鍛錬するわ。
もう数年もしたら、きっとフェリクスはこの剣を使いこなせるくらいに強くなる。体も丈夫だ。前世とは明らかに違うのだから、乗馬の途中で落馬するなんてことは無いと信じたい。
そしてお爺様や叔父さん夫婦など次々とプレゼントが贈られる中、最後に名乗り出たのはイーサンだった。
「僕からの贈り物も受け取ってくれるかな?」
あれ? ケーキで終わりじゃ無かったんだ。
イーサンは一体何を贈るのかな?




