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誕生祝い


 ディミトリ家のお茶会……結局参加はしなかったけど……から数週間。

 本格的に夏の暑さが厳しくなってきた赤月も半ば。フェリクスは誕生日を迎えて六歳になった。

 すごく成長する時期だし、毎日の剣の鍛錬でよく動いてよく食べるからだろうか。私が十年巻き戻ってまだ四か月ちょっとなのに、その間だけでもフェリクスは随分大きく逞しくなってきたように思う。

「おにいさまも来てくれるかな?」

 数日遅れになった上ささやかに内輪だけではあるものの、明日我が侯爵家で誕生パーティをすることになり、主役のフェリクスはソワソワしている。

 実は前世では一度もフェリクスの誕生日を祝うことが無かった。

 フェリクスの誕生日はすなわち母の命日だからだ。

 もちろん家族からプレゼントを用意したり言葉はかけても、私の誕生日のように皆で祝うことが無かったのだ。人は集まるが、教会に行ってお祈りし、母のお墓に花を添えて終わり。それをずっと可哀想だなとは思っていたけれど、愛妻家だった父を思うと、どうしようもできないままだった。せっかくやり直せる機会ができたのだから、これも今回は変えていきたい。

 表には出さない優しい子だったけれど、多感な時期に差し掛かったころ、一度フェリクスが「僕が生まれなかったら母上は死ななかったんだよね」そう言っていたことがあったのを思い出した。そして違うと否定の言葉も掛けられないまま死んでしまったから。

 今回は何があっても死なせはしない。それと共に、心の中にそんなに重い物を抱いたまま育ってはいけないと思うのだ。

 というわけで数日前。

「お父様、もう物心もつかぬ幼児ではありません。ずっとこのままではいけないと思います。お母様が亡くなったのは自分のせいだとフェリクスが考えるようになってからでは遅いのです。あの子に罪は無いのに。ちゃんと生まれて来たことを祝福してやらないと」

 今年から誕生日を祝ってやろうとお父様に進言したのは私だった。

 まだ自分も子供のアメリアに言われるとは……と少し驚いた様子のお父様は、それでもちゃんと話を聞いてくれた。

 丁度この国では六歳が一つの区切りで、貴族の子なら本格的に高度な読み書きや行儀作法をを習い始めたり、庶民の子なら家の仕事を手伝い始めたり職人に弟子入りする時期だから。

 これは、乳幼児の生存率の高くない今、六歳まで生き延びられたら大人になれることが多いからだと聞いた。ちなみに、あと数年したらもう少し国の衛生面や医療の改革が進み、子供の生存率も高くなるのを私は知っている。巻き戻った十年とはそのくらい長いのだ。

 それはさておき。お父様もやはり気にはなっていたようで。

「そうだな。アメリアの言うとおりだ。フェリクスも大事な我が子。それに家門の跡取りの男児だ。生まれて来てくれたことを祝福してやらないと。アリシアにも叱られそうだ」

 キリのいい六歳ということもあって、話はトントン拍子に進んだ。

 急遽なので、招くとすれば近しい親戚と騎士団の方々くらいだけど―――。

「さすがにアレオン公爵家の方々は……ねぇ」

「うむ。だが、義兄になるかもしれん公子様を呼ばないわけには……」

 イーサンの扱いに悩む私とお父様。

 公子様にはもれなくご両親もついてきそうで怖い。フェリクスは今のところ次期侯爵家当主。その誕生日を祝うとあらば、家ごと動くのが習わしだもの。

 招かなかったことを後で知ったら絶対に怒りそうだし。かといって予算もあってそう豪華にはいかないのが現実。公爵家のご当主夫妻までお招きしようと思ったら、それ相応の準備も必要になって来るもの。

 ここのところ暑くなってきて、領地では日照りが心配になって来たこともあるし、お父様は騎士団長と領主の二足の草鞋でものすごく忙しい。何より貧乏なのよね、ウチ……。

「まだ幼いし、今年は内輪だけで祝うということで。代表に公子様だけに来てもらうように招待状を出しましょう。フェリクスもイーサン様にはとても懐いてるし」

「そうだな」

 というわけで、イーサンに招待状を書いて届けてもらう。

『可愛い義弟のお祝い。必ず行くよ』

 速攻折り返しで返事が届きましたとも。

 あのデートの後、何度か手紙のやり取りはしたものの本人には会っていない。実はちょっぴり会いたかったりする。

 せっかく良い方に変化の兆しが見えて来たのだから、闇落ちする前にそのまま素直に育っていただきたい。できれば近くでそれを見届けたいから。

 フェリクスと一緒に食事をしていて、ふと一緒に朝食を食べた時のイーサンが思い出された。

「まだ、一人で寂しく食事しているのかしら……」

 

 フェリクスへの誕生日のプレゼントはもう考えてある。それを買いに、剣の先生であるケビン様と一緒に街にやって来た。

「僕もっ! 僕も行くの!」

 フェリクスが珍しく駄々をこねていたけれど、エリナと二人で宥めすかして何とか置いて来た。先日イーサンが買ってくれたケーキまでは無理だけど、何かお土産を買って帰ってやらないとね。

 お金は心配ない。お父様が私達のために積み立ててくれていたのを持たせてくれた。それに私のお小遣いも結構溜まっていたから。

「この店がお勧めです」

 ケビン様が案内してくれたのは、騎士団の人も出入りする武器店。

 そう、おチビながら天才的な素質を持ったフェリクスに、本物の剣を贈ろうと思ったのだ。

「今すぐ使えなくていいの。大人用の剣がいいのよ。大きくなったらこれを振るう騎士になるんだと目標があったら、もっと頑張れるかなと思って」

「いい考えですよ、アメリアお嬢様。きっと坊ちゃんもお喜びになりますよ」

 初めて入る本格的な武器のお店にドキドキする。

「わぁ……」

 店内には色々な長剣や短剣が並んでいた。他にも弓や、手斧まで様々。

 武器は恐ろしい。恐ろしいけど美しくもある。

 職人の手によって極限にまで研ぎ澄まされた剣の刃は、芸術品には無い刹那の美を湛えていると思う。使い方次第で命を絶てる物であり、命を守るものでもあるのだ。

 色々と見て回って、一本の剣が目にとまった。

 少し細身の刀身、長すぎず短すぎず、意匠も華美では無く粗野でもない。一見普通の剣なのに、なぜかとても惹かれた。

「これ、いい感じじゃない?」

「おや、お目が高いですね。とても使い勝手の良さそうな剣ですよ」

 ケビン様も頷いてくれたので、手に取ろうとしたその時。

「おっ、これいいじゃない」

 すっと、横から手が伸びて来て、ひょいと目的の剣を棚から取った。

 ええー? ちょっと! 割り込むなんて酷いじゃない。

「それ、私が先に……」

 文句を言おうとして踏みとどまった。まだ値段も聞いていないし、買うと決めていなかったのに言えないじゃない。

 せめてどんな人が割り込んできたのか確かめてやろうと、睨む勢いで顔を見て驚いた。その人は知っている人物だったから。

 それは相手も同じだったようだ。

「あれ? 侯爵家のご令嬢ではありませんか!」

 イーサンの従者のタス様だった。ということは……。

「どう? 何かあった?」

 店のドア付近で聞こえた声は、やっぱり知ってる声で。

「え? アメリア?」

 わぁ。まさかこんな所でイーサンに会うとは。


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