競争
デートは続くよ。
手を繋いで歩く私達を、待ち行く人達がちらちらと見る。視線は概ね好意的なものみたいで「素敵ね」「可愛いお二人ね」そんな声が聞こえる。特に女性の視線はほぼイーサンに向いていて、まだ子供なのにすでに女性を惹きつける魅力があるんだなと感心した。
横を見ると、日差しにキラキラ輝く絹糸のような髪、空を切り取ったみたいな青い瞳、すっと通った鼻筋の綺麗な横顔がある。思ってたより背が高いのね……まあ、今私はおチビさんだし、彼の方が二歳も上だけど。
ホント素敵。あと数年もしたら、それこそ目も眩むような美青年に育つのを知っているだけに、実に残念だ。この美しい器の中に、あの嫉妬深くて危険な魂が息を潜めて入っているのだと思うと―――。
だけど、先程イーサンが言っていた言葉がちょっぴりわかる。自分の婚約者はこんなに素敵なんだよ、見て見てって自慢したくなるっていうの。
見て見て、街の人。私、貧乏貴族の娘なのに、こんなに素敵な公子様と手を繋いで歩けるのよって。
知らず知らずのうちに、見つめてしまっていたのか、イーサンが私の方を見て目を細めた。
「僕を見てくれてたの?」
「……べ、別に……」
多分私、今赤くなってると思う。頬が熱いもの。
「嬉しいよね。お似合いだって言われてたのが聞こえたんだ。僕はアメリアとお似合いに見えるんだと思うと嬉しくて仕方が無い」
お似合い……なのかな? 多分私はイーサンに比べて見劣りするだろうに。まあ、このドレスで着飾っているぶん、いつもよりはマシだとは思うのだけど。
ちょっと恥ずかしくなったので、意識を街の方へ移すと、通りの先に大きな広場が見えて来た。すごく高い所でキラキラ輝いているのは水? 噴水があるのかな。ウチの屋敷の庭園にもあるけれど、小さくて今の私の背と同じくらいだから、とっても気になる。
「あれをもっと近くで見たいです」
指さすと、イーサンがちょっぴり悪戯っ子のように笑った。
「じゃあ見に行こうよ。よし、競争だ」
ぱっ、と私の手を離したかと思うと、イーサンが駈け出した。
わあ速い! イーサンには走るというイメージがまったく無かったのに!
「あっ、ずるいです。待って!」
すぐに私も駈け出して、そう間は開かなかったけれど、なかなか追い越しはできない。着いて行けるのは私もここのところ剣の稽古で体を動かしているからだけど、これ、相当なものだよ?
「ちょ、公子様!」
後ろで荷物を持たされていたタス様の焦った声がする。大事な公子様を見失わないように必死だと思う。
なぜか周囲の人に「頑張れ、お嬢ちゃん!」と声を掛けられつつ、走っているとなんだか楽しくなってきた。ふふ、負けないんだから。
わざとかもしれないけれど、途中から少し勢いの落ちたイーサンに私が追いつき、ほぼ同時に噴水に辿り着いた。
「ざ、残念。先に着いてアメリアを受け止めようと思ってたのに」
はあはあ息を切らしながら、イーサンが苦笑いする。へぇ。そんな計画だったんだね。残念だったね、ロマンチックな結末にならなくて。なんかゴメン。
はぁ、息が切れた。それによくこんなドレスにお洒落な靴で走ったわね、私……。
「イーサン様、速いですね」
「アメリアこそすごいね。追いつかれると思わなかった」
走って熱くなった体に、冷たい飛沫が降り注いで心地いい。二人で見上げると、噴水は青い空に宝石のような輝く粒を巻きながら、水のカーテンを高く垂らしている。
近くで見るとすごく大きくて立派な噴水。周囲の彫刻や凝った意匠が美しい。
「もう。お二人とも……公子様と侯爵令嬢が市井の子供みたいに駆けっこなんて……」
ひぃひぃ言いながら、タス様が到着。その苦言に、イーサンと顔を合わせてふきだした。
「みたいにじゃなくて、僕達子供だから」
貴族だったって、十二と十はまだ子供だよ、タス様。
でも新鮮な体験だったわ。イーサンと駆けっこで競争するなんてね。前世ではこんなこと一度も経験しなかった。タス様じゃないけど、公子様と侯爵家の令嬢がまさか街で駆けっこなど考えもできなかったもの。
「よし。アメリアに負けないように僕ももっと体を動かして剣の鍛錬をしよう」
イーサンは何やら気合が入ったようだ。
それはいいかもしれない。健全な精神は健康な体に宿ると、昔の人も言ったらしいし。
どちらかというとイーサンは籠りがちで体を動かすことが少なかったから、今回はしっかり体を鍛えて動けば、危ない気持ちも発散できるんじゃないかな。
今のイーサンは妙にすっきりした顔をしている。疲れたけど楽しかったね。
ところで、噴水の下にはコインが沢山沈んでいるのに気が付いた。なぜだろうとイーサンと首を傾げていたところ、この噴水にコインを投げ入れて願い事をすると、水の精霊が叶えてくれるという噂ですよ、とタス様が教えてくれた。
「へぇ。面白い」
「願い事は他の人に明かしては駄目なんだそうです」
というわけで、私とイーサンも小銭をひとつづつ投げ入れて、願い事を祈る。
イーサンは精霊に何を願ったのだろう。
私は……この先が前と同じになりませんように、そう願った。
露店の食欲をそそるいい匂いに惹かれつつも、さすがに買い食いまでは許してもらえなかったのでイーサンは少し不服そうだったものの、その後も少し街を歩いた。
いつも彼が行くような高級な宝石店では無い、庶民の安っぽいアクセサリー屋で足を止める。
とりどりの色ガラスのビーズを繋いだブレスレットが酷く気になり目が離せない。
これ……前世で見たことがある。どこでだったかしら。
思い出せなくてじっと見ていたら、欲しそうに見えたのだろうか。
「可愛いお嬢さん、それがお気に召しました? 手作りガラスでね、色は選べますよ」
お店の人に聞かれた時には、すっと横から手が伸びて来ていた。
「色違いで二つくれる?」
イーサンが店主に言うのを慌てて制した。
「あ、いえ。これは私が。今日は色々とお世話になったので」
私のお小遣いでも十分買える値段だったので、ここは私が払いたい。
「いいじゃない。僕が買うよ」
「わ、私も! 私もイーサン様にプレゼントをしてみたいんですっ!」
勢いで言って、自分でも少々引いた。何を意地になってるんだろう、私。
イーサンが驚いたように固まったので、その隙にお金を払って商品を受け取る。
「お二人の瞳の色に合わせておきますね」
店主のおばさんはにっこりと笑った。
アクセサリーの店から少し離れて、薄い緑の方のブレスレットをイーサンに渡す。
「こんな安物、身に着けることは無いでしょうけど、受け取ってもらえますか?」
「もちろんだよ! 今、僕がどんなに嬉しいかわかる? 宝物にするから!」
めちゃくちゃ喜んでおいでで良かったです。って、早速着けていらっしゃいますね!
私の手首にもイーサンが着けてくれた。青い透き通った色は白いドレスに映えるかもしれない。
「お揃いで、互いの瞳の色を持つなんて素敵すぎない? ほら、これ君の瞳と同じ色だよ。会えない時も寂しくないかも」
無邪気に言ったイーサンの言葉に、忌まわしい記憶がよみがえった。
『心配しないで。その瞳と全く同じ色の極上のガラスを嵌めてあげるね』
ああ―――やっぱり、プレゼントするのはやめた方が良かったかな




