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変化


「はあぁ。美味しいぃ」

「アメリアは本当に美味しそうな顔で食べるんだね」

 只今、最高級のお茶とともに、街で流行りのお菓子をいただいている。

 結局ディミトリ家のお茶会に参加しなかったので、すぐに家に帰ってはエリナやフェリクスが何事かと心配する。

 というわけで、イーサンが時間を潰そうと、街に寄り道することを提案したのだ。

 まずはお茶でも……と、立ち寄ったのがこのお店。従者もいるとはいえ、子供二人なのに、貴族でも予約がなかなか取れないという人気の高級菓子店のテラス席を貸切れるあたり、やはりアレオン公爵家のご威光はすごいのね。

 実はこの店は初めてでは無い。前世でもイーサンは私をここに何度か連れて来た。とはいえ、今の十歳の私にとっては初めて。

 それにしてもこのふわふわのクリームに宝石のように美しく果物をあしらったケーキの美味しいこと。

 前の人生でもイーサンには色々と美味しいものを食べさせてもらったと思うけど、頭では覚えていても、この子供の舌には新鮮。絶対にニヤけているだろうから、思わず頬に手を当ててしまう。

「そんなに幸せそうな顔、僕だけにしか見せちゃ駄目だよ。そんな顔を見たら皆アメリアのことが好きになってしまうから」

 イーサンは聞き慣れた不穏なセリフを吐いておいでですが、聞かなかったことにしておいて。

「美味しい物を食べたら幸せな気分になりますもの。顔に出ますわ」

「ディミトリ家のお茶会ならもっといいものも出ただろうけどね」

「いえ、周りの視線を気にして緊張したり、嫌いな人達と一緒だときっとどんなお菓子もお茶も美味しくは無いと思うんですよね。だから絶対今の方が嬉しいです」

 ネチネチ嫌がらせをされるとわかっているお茶会から解放された安心感からか、思わず嫌いな人とか正直に言ってしまった。イーサンは告げ口なんかしないからいいよね。

 でも、イーサンは全く違う方向に受け取っていたみたいだ。

「今の方が? それは僕と一緒だと嬉しいし、僕は嫌いな人じゃないってことだよね?」

 うっ!

 ものすごーくいいお顔で笑っておいでですわよ?

 もう一度自分の言ったことを思い返してみると……うん、そう言ってるわね!

「そ、それは。だって婚約者ですし」

 苦し紛れの私の言葉などイーサンは聞いていない模様。なぜ胸に手を当てて天を仰いでおいでなのかな? 今までそんなに感極まったような表情を見せたことがあったかしら?

「嬉しいよ。アメリアに好きだって言われたら、胸が苦しいくらい嬉しい」

 いや、好きとは言って無いわよ?

 嫌いじゃない、ってことは好き、なのかな?

 さっき自分が嫌いな人と一緒だったら美味しくないと思うって言ったけど……現にそんな経験はいっぱいしてきた……でもイーサンと一緒だと、お茶も美味しいし、このケーキだって最高に美味しいと感じる。ということはやっぱり好きなんだろうね。

 先のことを考えたら、好きになっちゃいけないのに―――。

 ふと横に目をやると、イーサンの従者、ええと……タス様だったかしら……は真顔のまま立っているようだが、必死に笑いをこらえているのか赤くなって微妙に肩が震えている。彼から見たら、十と十二のお子様二人のやりとりは微笑ましいんだろうな。

 

 フェリクスにも食べさせてやりたいと、イーサンはお土産にいくつかケーキを買ってくれた。

 ……すみません、今日は何から何までお世話になって。

「せっかくだからもう少し街を歩こうよ」

 お店を出てもイーサンはご機嫌だ。

 タス様もいるし、隠れて護衛も数人いるだろうとはいえ、皇族に継ぐ最高位公爵家のお坊ちゃまがホイホイと庶民の街を歩いていてもいいのかと心配ではあるものの、私は彼の思いがけない言葉で思うところが出来て賛同した。

 イーサンは言った。

「いつも素敵だけど、今日のアメリアは最高に可愛いじゃない。他の奴に見せるのはもったいないと思う。でも、僕の婚約者はこんなに素敵なんだよ、見て見てって自慢したい気持ちもあってさ」

 ―――正直、自慢されても困る。しかし、これは前世で知っているイーサンなら絶対に言わなかったことだ。

 他の奴に見せるのは……で終わっていたのが彼だった。大事な物には鍵を掛けてしまいこみ、私も鳥籠に入れられた小鳥のようにしか生きられなかった。私が他の人に視線を向けても、他の男性に声を掛けられても許せない人だった。

 だから、こんな小さな変化も喜ばしい。

 もうすでに片鱗は覗かせているものの、まだイーサンの狂気は完全に目覚めていない。今から少しずつでも他の人と触れ合って普通に育っていってくれたら。私以外の人達にも目を向けられる人になってくれたら。多少の嫉妬や執着は構わないから、徹底的に排除するような極端なことさえしなければ、フェリクスやお父様、エリナ……愛する人達の命を守れる。

「私もこんなに素敵なドレスをせっかく着たんですもの。ちょっぴり自慢したいです」

 合わせてそう言うと、イーサンは更にご機嫌が良くなった。

 タス様は困った顔をしておいでだけど、文句は言えないだろう。

 というわけで、イーサンと街でデートと相成りました。

「わぁ……人がいっぱい」

 整備された石畳の道、両脇には商店や家が連なり、仕事をする人達、買い物する人でとても賑やか。緑の葉も涼し気な街路樹は、景観だけでなく火事の延焼を防ぐためでもあるんだよとイーサンは教えてくれた。

 前の人生では、私はあまり街に出無かった。正確に言うと、街の中を歩くことが無かったのだ。私が人目に触れるのをイーサンが嫌ったのが原因だった。だから目的の仕立て屋や店に直接馬車で乗り付けることはあっても、こうして目的も無く歩くなんて新鮮。

「はぐれないように、手を繋いでね」

「は、はい」

 私の手もまだ小さいけれど、イーサンの手もそう大きくはない。まだ十二歳と十歳だものね。

「思ったよりアメリアの手は固いね」

 あ、それは……。

「剣の鍛錬をしているからでしょうか。最初はマメができました」

「いくら父上が騎士団長とはいっても、女の子なのにどうして剣を?」

 うふふ。よくぞ聞いてくれました。

「大事な婚約者様をお守りするためですわ。私、結構才能があるそうですよ」

 ……いや、本当はちょっと違うんだけど。主にあなたから自分の身を守るために始めたんですけどね。

 少し驚いたような表情を見せた後、イーサンはにっこり笑った。

「それは頼もしいね」

「公子……イーサン様は強い女は嫌いですか?」

「ううん。嫌いじゃない。好きだよ。でも僕を守ってくれなくていいから、アメリアは自分の身を守れる強さを身に着けて欲しいな。そしたら僕も学園に行ってしばらく会えなくても安心できるからね」

「あっ……!」

 ああ、そうだった。イーサンは私より二年先に学園の寮に入るんだ。

 休みにはイーサンは公爵家よりも先に私に会いに来た。会えない間、ひょっとして心配ばかりしていたのだろうか。帰ってくる度に執着が激しくなっていったもの。

 ちょっと思っていたのとは違うけど、やはり私が強くなれば軌道修正が上手く行く?

「じゃあ、もっともっとイーサン様を安心させられるように鍛錬しますね」

「がんばって。でも、今日はそのドレス姿に似合うお淑やかなレディでいて欲しいかな」

 ―――お父様と同じことを言うのね、イーサン。


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