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やる気を出す少年

いつも読んでいただいて、ありがとうございます。

ブックマーク、いいね、とても励みになります!

 

 嵐は三日三晩続いた。

 その間中、ずっと薄暗い小屋の中に閉じ込められて、やることもなくボーッとしていた。

 いつもは憂鬱なほど、嫌いだった時間。

 ローレルはずっと本を読んでいた。同じ居間にいるのに、二人の間には会話はない。

 窓や扉の軋む音。雨水が落ちる音。時折強く吹きすさぶ風が通り過ぎ、四六時中壁を打ち付ける雨音が聴覚を支配する。

 ぼんやりした灯りに照らされた金髪の美少年が読書に勤しんでいる姿は、それ自体がまるで本の中の挿し絵のように現実味がない。

 まるで夢でも見ているみたいな、幻想的な光景だった。








 嵐が去ったあとの日常は、あの静かな時間の反動からか、かつてないくらいに慌しかった。

 ローレルはのんびりと畑の被害を確認する私を尻目に、小屋周りやため息をつきたくなるような惨状の資材庫の片付けを黙々としている。そして使えないものと使えるものを手際よく仕分けると、この廃材たちをいったいどこで集めてきたのかと尋ねてきた。


「一度きちんと資材を整理したい。あまりにも無駄なものが多い上に、この間の嵐でさらに使えないものが増えてしまった。あなたのやる気がまだあるうちに、さっさと片付けてしまいたい」

「また随分とやる気だね」


 まじまじと見つめると、向こうからもまじまじと見つめ返される。


「というより、こんな辺鄙な場所で一人暮らししているくせにまるで頓着しないあなたのほうが、あまりにもやる気がなさすぎると思うんだが……」


 そうか。ローレルからはそう見えるのか。

 私には生きる意欲というか、積極的な気持ちというようなものは、とっくの昔に失せていたから。なんとも答えようがなくて、ただ肩を竦めてみせる。


「いいよ。いつも行く廃材置き場があるんだ。今度ついて来てよ」

「わかった。なるべく近いうちに頼む」


 頼むと言われて変な気持ちになる。だけどそれを突っ込んでしまうとやぶ蛇になりそうな気がして、にこりと笑い返すだけにとどめておいた。








 そして、それから幾日か経って、片付けも大分落ち着いたころ。

 ほとんどの人間たちが寝静まったであろう、深夜。

 私はローレルと連れ立って、手押し車に目一杯使えそうにないガラクタを詰め込んで、廃材置き場へと足を運んでいた。

 ローレルが虫除けの香草から抽出液を作ってくれたので、それをしっかりとマントに染み込ませて羽織ってきた。食料庫に隠していたお酒がいつの間にかなくなっていたが、それをつつくとこれまたやぶ蛇になりそうなので、ハーブチンキを作るのに使ったのかどうかを追求するのはやめておくことにする。

 準備を調えると、例の朽ち果てた小屋から別の転送ポイントを伝って、目的地の転送ポイントへと向かう。着いたのは、とうの昔に朽ち果て、捨てられた水車小屋。

 辺りに人がいないのを慎重に探ってから、外へと出る。ここから手押し車を引っ張って廃材置き場へと向かう。……この道のりがまたしんどいんだよな。あまり人のいる近くに転送ポイントを設置しても、万が一出くわしてしまってはいけないから、結局歩かざるを得ない。

 だからこんな幽霊が出そうなおどろおどろしい場所なんかは、逆に転送ポイントにうってつけだったりする。――おそらく、この世界の幽霊の目撃談のうちのいくつかは、私や他の有魔族だったりするかもしれない。

 淡い月明かりが照らす小道を息を潜めながら、二人して急いで歩く。ローレルは意外にも、見た目に反してなかなか体力があった。

 そんなこんなでいつもの道のりを辿ったあと。

 やっと見えてきた廃材の山に、フゥと一息つく。ここは人間にとって、ある意味一種の粗大ゴミ置き場だった。

 おそらく誰かが要らなくなった資材をここに置き去りにしたのが始まりなのだろう。それからポツポツと色々な人がここにいらなくなった資材の余りや廃材、壊れた家具や武器などを置きにくるようになり、そのうちその中から使えそうなものを取っていく人間も集まってくるようになった。なにを隠そう、私もそのうちの一人だ。

 たまに夜中だろうと奇人変人と呼ばれる類の人間が居着いたりしていることもあるけど、今日はそういった変な人種がいる気配もない。ホっとしてローレルに合図を出し、さっそく廃材漁りを始めることにした。








 まあまあかな。私にしては上出来だろう。

 気づいたら、けっこうに時間が経っていた。

 いけない、そろそろ帰らないと。


「ローレル」


 別のゴミ山を漁っていたローレルに小声で呼びかけると、深くフードを被った顔がこっちに向く。月明かりの下ではその奥の表情までは見えなくて、なるほど、これはたしかに幽霊に見間違えるなと妙な納得が降りてきた。


「そろそろいいかな。もう帰らないと」


 それを合図に、ローレルは選り分けたものを手押し車に詰め込み始める。それを手伝おうと今いるゴミ山から降りようとして。

 手をついた拍子にグサリとなにかが刺さったようで、急に訪れた鋭い痛みに思わず飛び上がってしまった。


「いっ……!」

「どうした」


 顔を上げたローレルが、囁いてくる。


「あっうん、なんでもない」


 あー、またやってしまった。

 どうしても暗い中で作業するので、ここに来ると必ずといっていいほど傷を作ってしまう。今回は飛び出ていた釘に気づかず手をついてしまったらしい。あーあ、変なばい菌が入り込んでないといいけどな。錆びた釘とかで傷を作ると、たまに妙な熱が出たりするんだ。

 訝しげなローレルに首を振りながら、重さに軋む手押し車を二人がかりで一生懸命に動かし、転送ポイントまでよろよろと進む。

 ローレルはいつになく熱中していたようだった。比較的新しい木材を多数積んでいる。芳しい成果があったみたいだ。

 急ぎ足で転送ポイントを経由し、拠点の森まで帰ってくる。またここからが長い道のりだ。

 やっと家に辿り着いたころには、空は白々と明るくなりかけていた。

 フゥフゥと息を上げながらも、なんとか資材庫代わりの納屋に手押し車ごとぶち込む。思った以上に時間を食ってしまった。とりあえず、仕分けはまた後でにしよう。

 いつものことだけれど、ゴミの山に潜り込んでいたから、臭い匂いがプンプンと漂っている。

 自分の服の臭いを不快げに嗅いでいるローレルに先に水浴びを勧めると、後でいいと先に譲られた。

 それじゃあ遠慮なくと断って、マントを脱ぎ捨てる。ローレルが心得たようにそそくさと資材庫の中に入っていくのを確認して、水場へと急ぐ。備え付けていた石鹸をこれでもかと泡立てて、手早く水浴びを済ませた。








 私のあとにローレルが水浴びしている間に、この前の買い物のおかげで若干グレードアップした豆スープを作る。相変わらず豆スープばっかり出す私に、ローレルはいつも辟易した顔をするけど、だって豆には栄養あるしね。

 あとはいつも通り朝食、片付け、洗濯とこなしていって、それから畑の手入れをしながら、資材庫の前で新しい資材を前に奮闘しているローレルをぼんやりと眺めていた。

 拾ったあの日から比べると、大分健康的になってきたと思う。

 あいにくと豪華な食事は出せないから、まだまだ痩せてはいるけれど。でもこうしてみると、うん、ほんとに絶世の美少年だな、ローレルは。

 異世界に転生した第二の人生が、厭世しながらの絶世の美少年エルフとの二人暮らし、かぁ。

 人生、なにがあるかわかったもんじゃないな。これから先、ここで一生一人きりで過ごすものだと思っていたけれど、妙な巡り合わせもあるものだ。

 これで私がローレルの奴隷印を持っていなければ、彼との関係はもっと良好になってたのかな。――仮にもしそうだとしたら、ローレルはとっくにここを去ってるだろうことは一旦おいておくことにする。悲しくなるから。

 つらつらとそんなどうでもいいことを考えながら、ぼんやりと畑の隅に座り込む。なんとなく体が重だるくて熱っぽい。畑仕事に精を出す気にもなれず、ただただ揺れる草葉を眺めていた。

 そんな私の様子を見兼ねて、いつもは近寄ってこないローレルが渋い顔でやってきた。


「様子がおかしい」


 それだけを言われ、上から見下ろされる。


「休んだほうがいいんじゃないか」


 なんでこの子は、自分の奴隷印も返してくれないような奴の体調なんか、気にかけてくるんだろうな。私が弱れば、その隙をついて奪い返したりできるとかって思わないのかな。

 そんな散らかった思考を追い払って、無理に笑顔を作って浮かべた。


「君は? 夜中からずっと働きっぱなしだけど、大丈夫?」

「私のことを心配している場合か。休んだらどうだ」

「でも、畑の水やりもまだだし……」


 この間の嵐で作物がやられてしまった。荒れた畑の手入れがまだ追いついてない。だけど、今は重い腰が上がらない。


「それくらいしておく」


 奪うように桶を取られ、部屋の中へと促される。仕方なくのろのろと立ち上がって、手足を洗おうと水場へと向かう。

 釘をひっかけた傷口がズキズキする。これはもしかしたら、熱が出るかもしれない。そこまでひどくならずに、明日の朝までには良くなるといいんだけど。


「ありがと」


 お言葉に甘えて今日は早めに休むことにする。いつもよりもさらに緩慢な動作で小屋へと戻る私を、ローレルは妙にしおらしい顔で最後まで見送っていた。








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