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呆れた少年

 

 それからは取り立てて特筆するようなこともなく、日々はゆっくりと過ぎていった。

 相変わらず彼は寡黙で遠慮がちで、私たちは一線を引いた微妙な距離感のままで、それでも時間は無情にも過ぎ去っていく。

 変わらない日常は変わらないまま、そんな日々を過ごしていたときのことだった。







 ある晴れた日の朝。


「嵐がくる」


 木々の間に張った麻のロープに洗濯物を干していると、資材庫から出てきたローレルが空を見上げながら、突然そんなことを言い出した。


「えっ?」


 空は晴れている。むしろ、いつもよりも澄んでいるほどに晴れている。


「そうなの? 洗濯しちゃったよ……」


 干したばかりの洗濯物を慌てて取り込みなおす私を、ローレルはまたあの奇妙なものを見る目つきで見下ろしてきた。


「随分と素直に信用するんだな」

「うん?」


 ローレルって、いつもはあんまり口を開かないんだけど、ときどき変なことを言ってくる。


「嘘なの?」

「嘘ではないが……」

「じゃあ早く片付けして、備えなきゃ」

「少し安易に信じすぎやしないか?」


 その言葉に不意をつかれて、ローレルを見返す。


「だって、君が私にそんな嘘をついて、なんのメリットがあるの?」

「いや……たしかにそうだが」


 ローレルは「もういい」と一人ごちると、外に出しっぱなしの物品を片付けるべく動き出した。


「資材庫の扉はどこだ?」

「そんなものはないよ」


 ローレルは舌打ちしながら顔を顰めた。


「だったら、嵐のときはいつもどうしてたんだ」

「うーん、どうしてたかな……多分どうもしてなかった」


 ローレルは珍妙な顔をした。呆れているような、驚いているような、かわいそうなものを見る顔。


「だって、私にはわからないもの。嵐が来る前兆も、雪が積もる前兆も、そんなものはわからないから、いつもなるようにしかならなかったよ」

「だからって、次に備えて準備ぐらいはするだろう」

「うーん、面倒くさいから……」


 首を傾げると、呆れたようにローレルは項垂れた。








 一生懸命に今ある廃材をかき集めて資材庫の入口を防ごうとしたところで、間に合うはずもない。扉や窓の補強も間に合わないうちから雨がポツポツと降り始め、段々と雨足が強くなってくる。


「クソッ……だからあなたは資材庫をほったらかしにしたままだったんだな!」

「そういうわけじゃないけど、単に面倒くさかったから……」

「どっちにしろたちが悪い!」


 一生懸命に片付けてくれたのであろう、大分整理整頓されきていた資材庫の中にも斜めに雨が降り注いできている。強風にガタガタとものが揺れ、軽くて小さいものなんかはもうすでに吹き飛ばされて、コロコロと不安定に転がって吹き飛ばされている。


「小屋に戻ろう」


 ローレルは思わずといったように、私の手を引っ張ってきた。


「この様子じゃ、あっちも扉や窓がもつか……」


 片腕で頭上を覆いながら、もう片方の手で私の手を掴んで、ローレルは小屋のほうに走り出す。弾丸みたいな強烈な雨は、少し外に出ただけであっという間に私たちをびしょ濡れにしてきた。

 小屋について扉を潜ったときには、二人ともボタボタと雨水を滴らせて、髪もまるでわかめみたいにピタリと張り付いて、そんな悲惨な状況だった。

 そんな状態でローレルが恨めしそうな顔をして突っ立っているものだから、思わず笑ってしまう。


「……なにがおかしい」


 途端、しらーっとした目が私に向けられてくる。


「ごめん、ごめんって」


 慌てて開いた手をローレルに翳す。ぶわりと巻き上がった温風が、彼の全身に襲いかかる。ローレルはぎょっと目を見開いて仰け反ったけど、みるみるうちに乾いていく髪や服に、すぐに全身から力を抜いた。


「いつもは憂鬱なだけの嵐も、君がいるだけでちょっと楽しいなぁなんて、不謹慎すぎたね」


 なんともいえない顔をして立ち尽くしてしまったローレルに、またクスクスと笑ってしまうと、我に返ったように背を向けられてしまう。

 簡単にローレルの体を乾かし終わると、室内をざっと見回す。開けっ放しの窓から吹き込む強風と雨に、天井からはいくつもの雨漏り。室内に置きっぱなしにしていた色々なものは、無惨にもあちこちめちゃくちゃに飛ばされている。まるで強盗にでも遭ったみたいだ。

 ローレルはため息をつきながら、木窓を閉じ始めた。両開きの木窓を閉めると、ただでさえ薄暗い室内がもっと薄暗くなる。そばにあったランプに手を翳して、ぽわりと灯りが灯した。

 この家にある唯一の魔導具が、このランプだ。通常魔導具を使うには魔石が必要だが、私たち有魔族は魔石がなくても魔導具を使うことができる。魔導具に関してはあまりいい感情を持っていないが、このランプだけは燃料がなくてもいざというときに使えるので重宝していた。

 家にあるいくつかのランプを灯していくと、ローレルのほうもちょうど全部の窓を閉め終えたところだった。

 閉めた先から窓はガタガタと鳴り響き、玄関の扉は今にも外れそうに揺れている。

 ローレルはランプを一つ手にとって、今度は室内を点検し始めた。そして桶はないかと聞いてきた。言われるがままに木桶を渡すと、彼は雨漏りの雫が落ちてくるところにそれを置いていく。それが終われば今度はボロ布を集めてきて、床を拭きながら片付けをし始めた。

 初日にあんなに反抗的な宣言をしておきながら、その(じつ)ローレルはとっても真面目だった。今もテキパキと先導して、片付けやら室内の点検やらに精を出している。

 ……いい加減唯一の同居人の私がまったく当てにならないことも身に沁みているだろうし、自分が住むところは自分がどうにかするしかないとでも思っているのだろう。

 ある程度片付けを終えたころには、大分時間も経っていた。

 それから洗濯物を一つずつ魔力を使って乾かしていると、ふとローレルから話しかけられた。


「こんなとき、今までどうしてたんだ」


 肩を竦めることで返すと、ローレルの眉間の皺がぐっと深くなる。


「それだけ自在に魔力を操られるのなら、もう少しこの惨状をどうにかできるだろう」

「できるだけ魔力は使わないって決めてるんだ」


 暗い小屋の中でランプの光を受けて、ローレルの目が淡く輝いている。


「疲れるし、魔力を使うと魔力残渣がでるから。それにあんまり一度に使いすぎると、しばらく動けなくなるよ」


 ローレルはしばらく黙って、私を見下ろしていた。


「……そういうことは、あまり軽々しく口にしないほうがいい」

「どうして?」

「それを悪用して私が逃げたらどうする」


 思わず笑ってしまった私に、ローレルはじっと視線を注いでくる。


「ほかでもない本人にそんなことを言われるなんて、なんだか変な気分」

「茶化していないで、真剣に考えたらどうだ」


 この人、この期に及んで私に説教でもする気なんだろうか。


「そんなふうにふわふわと生きているから、私を成り行きで引き取る羽目になってしまったんだろう」

「えっと、そういうわけでもないけど……」


 あまり過去のことは話す気にはならなくて、頭をかきながら言葉を濁す。


「……とにかく、嵐が去ったらさっさと外の片付けをして、それから資材の調達に行こう。今の資材庫には無駄な資材が多すぎる」

「アハハ……」


 なんでもかんでも雑に突っ込んでいたからな。


「扉と窓の補強に屋根の修理、資材庫の扉を作って、一通り片が付いたら今度は室内の収納棚作りか……あまりにもやることが多すぎる、この家は」


 ローレルは、少しはここで生きていくことに前向きになってくれたのだろうか。

 そんなことを彼の奴隷印を持っている私が願うのもおこがましいけど、せめて少しでも彼が居心地よく思ってくれたらと、そう思ってしまった自分に自嘲を漏らした。








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