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噂を聞く少女

 

 そんなこんなで、新しい同居人との生活がスタートして、早幾日。

 初日にローレルから刺々しく釘を刺されてはいたものの、思っていたよりも彼は穏やかで、あれからなにを言ってくることもなく、以降はうまく折り合いをつけながら暮らしていっている、と思う。

 まぁ、関わってきてほしくはないという雰囲気をぷんぷん醸し出されているものだから、それこそ距離を置きながら、ではあるけれど。

 それでもなんとか、同じ毎日を共有しながら生きていけば、なるようにはなるものだ。








 朝起きたら簡単な朝食――例のまずい豆スープだ――を作る。そうこうしているとローレルが起きてくるので、二人テーブルについて黙って朝ごはんをいただく。それが終われば私は皿洗い、ローレルは掃除をして、それからそれぞれに思い思いの役割をこなす。

 私は畑の手入れや木の実やキノコの採集。ローレルには家の修繕を頼んでいたが、同時に資材庫の管理も丸投げしている。

 今日はいつものその流れではなく、皿洗いが終わったあと、その辺にいるだろうローレルを探しに行った。


「ローレル」


 ローレルは資材庫の中でなにやらごぞごそと廃材をかき分けていた。そこは便宜上資材庫と呼んでいるが、その実ただ廃材置き場からかっぱらってきた木材やら廃棄された家具やらをやたら詰め込んだだけの納屋だ。

 呼びかけられたローレルは、訝しげに振り向いた。


「明日、買い物に行ってくるね」


 ローレルは驚いたように顔を上げ、今度は体ごと振り向いてきた。


「いい加減、豆スープばかりじゃね。君の栄養状態を改善するためにも、もっと肉とか魚とか食べなきゃ」


 ローレルはしばらく返事もせずに、私の顔を眺めていた。


「ということで、明日は早朝から出かけるから、起きたらいないと思うので、あとのことはよろしくお願いします」


 結局、ローレルはうんともすんとも言わなかったので、それだけ伝えおいて背を向けて立ち去った。








 さて、気が重いけど、行かないわけにはいかないからね。

 早朝、まだ陽も昇らずに肌寒い時間に、私はローレルを起こさないようにそっと小屋をあとにする。

 髪と瞳を魔力で茶色に染め上げ、古びたマントを羽織る。

 わたしが今住んでいるこの場所は、名前もついていないような森の中の奥深く、外からは到底辿り着けないような所だ。周りには獣道しかなく、人間族が一歩森の中に踏み込んでしまえば、たちまち自分がどこにいるかわからなくなるだろう。

 そんな森の中のわずかな獣道を辿って、わたしは直近の転送ポイントを目指して歩いていた。

 転送ポイントとは、魔力を使って移動できる、有魔族特有の道みたいなものだ。魔力の道標のようなものなので、これがあれば次の転送ポイントまで少ない魔力で飛んでいける。

 家の近くの転送ポイントである朽ちた小屋へと辿り着くと、次の転送ポイントまで飛ぶ。それを何度か繰り返して、今回の目的地への転送ポイントへと辿り着く。

 あの小屋にローレルを一人でおいてきてしまったけど、きっと彼は逃げない……と信じたい。

 ――もしもローレルが本気で私の元から逃げ出すのであれば、そのときは私はこの隠れ家を捨て、また新たな隠遁地を探さなければならない。お願いだから、そんな七面倒臭いことは起こりませんようにと、心の中に思い浮かべたローレルに拝み倒しておいた。








 やっと陽が昇りきったころに、目的地の港街へと到着した。

 ズラリと並んでいる商人や、ほかの街からやって来ていた客たちに混じって街に入る。まずは朝市のほうに寄って、普段食べられない肉や果物などを物色する。

 小屋の近くには川があるから、獲ろうと思えば魚も獲れる。だけど、そういえば今までそんな手間をかけてまで食生活を豊かにしようという気にはならなかった。

 朝市が終われば粉屋や雑貨屋を見て回り、必要なものを買い揃えていく。

 この街はどこかあの港町と雰囲気が似ている。あの街よりもはるかに人の出入りが多く、余所者にほとんど頓着することがない。買い出しに行く際に選ぶ街のうちの一つだ。

 それに、街や村によっては異種族の出入りを認めないところもあるそうだが、この港街では比較的異種族に対しても寛容だ。

 その証拠に、街には人間のほかにも獣人族の姿もよく見かける。人間に迫害されるわたしたちとは違って、獣人は早くから人間と従属関係を築いてきたから、彼らは比較的人間社会に馴染みが深い。

 人間を蔑みながらも従う者、人間の元で甘い汁を吸い、彼らとともに横暴に振る舞う者、一方で誠実な人間と信頼関係を築き、情を通わす者や、迫害を辞め手を取り合って生きるべきだと主張する者もいる。彼らの立場は、わたしたちとは違って複雑だ。

 そんな人間や獣人たちが闊歩する雑多な人混みの中、実はエルフの姿もたまーに見かけたりすることもある。彼らも希少種であることに違いないが、わたしたち有魔族よりかは、まだ圧倒的に数は多い。

 彼らエルフの容姿端麗さは人間にとても好まれるから、わたしたちのように命を奪われるようなことは滅多にない。ローレルのように逃げ出してしまったら話は別だけど。……どちらにしろ、人間族は他種族の尊厳を踏みにじっていることは間違いない。

 人間にとってエルフを従えて歩くことは、一種のステータスらしい。美麗であればあるほどいい。だから、本来だったらローレルはあんな酷い扱いを受けることはなかったはずだ。大人しく従っておけば、彼ほどの美貌ならおそらくかなり大切に扱われていた。

 それだけ、あれだけ酷な環境に置かれてさえ、ローレルは自分を不当に使役する人間には従わなかった。屈しなかったということなのだろうか。








 港街には、物資に加えて各地から様々な情報も入ってくる。買い物中に耳をすませているだけで色々と小耳に挟めるくらいには、この街は活気のある所だった。


「そういえば、聞いたか? ハイレイン傭兵団の奴ら」


 隣の店主と客の会話に、思わずピクリと肩を竦ませる。

 あれからも、ハイレイン傭兵団の噂はときどき耳にしていた。

 何年前だったか、ステイのお父さんである前団長は、依頼中に亡くなられたこと。今はその跡をステイが引き継いで、彼が傭兵団長になったこと。彼のその傭兵としての腕前はこの港町にも届いてくるほど評判がいい。そして彼同様すぐ下の妹も勇猛果敢で、ちょっとやそっとの男どもじゃ相手にもならないらしい、などなど……。


「奴ら、とうとうあの魔力探査機を奪い取っちまったんだってよ!」

「そりゃあまた、たいそうなことで。あれって噂じゃすっごいお高い魔導具だってんだろ?」

「なにせ、世界で一台しかないらしいからねぇ」

「おいそれと作れるもんじゃねぇってな」

「まぁ、あの魔導具もあちこちで恨みを買ってたらしいじゃねぇか。これでまた魔石の価値が沸騰するな」

「困るよなぁ。ただでさえ年々産出量が減ってるってのに」

「今となっちゃあユートピアだけだねぇ。じゃぶじゃぶ魔石のエネルギーを使わせてくれるのは」

「あそこはとんでもないエネルギー量を保有してるっていうからなぁ。だけど、街にはおいそれと入れないんだろう」

「おうよ。あそこは今や上級国民様だけの楽園になっちまったのよ」


 ふと聞こえてきた噂話に、頭の中がぐちゃぐちゃになってなにも手につかなくなる。

 動揺に震える手を落ち着かせようと一旦店を離れ、港へと続く大通りをあてもなく彷徨い歩く。

 ――ハイレイン傭兵団が、魔力探査機を奪取した。

 ステイたちはそれを誰からの依頼でこなしたのだろう。誰が、どんな理由で魔力探査機を欲した? 魔力探査機には地中に埋まっている魔石の探知、それから私たち有魔族の特定ぐらいにしか使う用途がない。誰がが新たな鉱脈を見つける目的で使うのならまだいい。でも、もしもまだ見つからない有魔族をふるい出すために誰かが欲したとしたら? もしかしたら、こうしている今も魔力探査機を稼働させて、私を見つけようと躍起になっている人がいる?

 沸き起こる衝動的な不安をこらえようと、大通りの坂道を駆け上がり、そこから遠目に見える海へと視線を遣る。たくさんの船が浮かんでいるそこに、あの日のハイレイン傭兵団の船影が見えるようだった。


『リナリア!』


 そう呼ばれた気がして振り返るけど、もちろん誰かがいるはずもない。

 ステイ。ステイはまだ、私の味方でいてくれているのだろうか。








 暗い表情で買い物から帰ってきた私に、資材庫に籠もっていたローレルが珍しく顔を出してきた。その姿が見えたことに心底ホッとする。ただでさえ情緒不安定なのに、これでローレルまで逃げ出していたら、収集がつかなくなるところだった。


「どうしたの?」


 どうやら私の帰りを待っていたらしいローレルは、随分と妙な表情をしていた。まるでキツネにつままれたような、理解できないと戸惑っているような顔だ。


「なぜ私をおいていった?」

「え? だって、人間の街なんか行きたくないかなって。もしかして、なにか買いたいものでもあった? でも君、その顔面じゃいくら耳を隠したって、すぐにエルフだってバレちゃうよ。次に行ったときに代わりに買ってきてあげるから……」

「そうじゃない」


 強い口調で遮られた。


「私が逃げ出すとは思わなかったのか?」

「……それこそ、だって」


 私はローレルの奴隷印を持っている。対応する奴隷印を刻まれた者はその印の所有者には逆らえないし、危害を加えることもできない。人一人をまさに玩具のように扱うことだってできる、危険な代物。


「あなたが不在の間に、私がここを出て誰かに知らせに行くとは思わなかったのか」

「そのときは、まぁ……仕方がないから、ここを捨てるしかないかなって」


 音もなく、ローレルが息を呑む。


「それに、君はこの奴隷印がある限り、私から逃げたりしないよ」

「っ……」

「って、そうしてくれたらいいなって願望かな」

「ハッ……」


 ローレルが表情を歪めた。


「随分と楽観的なものだ」

「そう?」


 伊達に何十年もここで無意味に生き延びてはいない。良いことも悪いことも、すべては努力をしたところで、結局なるようにしかならなかった。


「でも実際、君はここに居てくれたじゃない」

「それは、あなたが奴隷印を持っているから……」

「だよね。ほら、私の言ったとおり」


 ローレルは疲れたようにため息をつくと、くるりと背を向けて部屋の中へと入っていった。同時に買ってきた食品を彼が運んでくれているのに気づく。


「ありがと! 奥の食材庫にお願いするね」


 その後ろ姿に声をかけると、私も彼を追って家の中へと入った。








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